第13話
「グレイシーさん、力を抜いて、そいつらに従ってくれ」
アプロの一言に、グレイシーは信じられないという顔をする。
「ホワッ!? どういう事だいそれは!?」
「無抵抗の俺がいま襲われてないって事は、こいつらは言われた通りの命令しか出来ないんだ」
「アタァッ?」
「早く!!」
言われたとおりグレイシーは手足の力を緩め全てを受け入れると、不思議な事が起こった、先ほどまでグレイシーに向けて剣を振り下ろそうとしていた男は、急に力を緩めその場に立ち止まっていたのだから。
「こ、これは一体?」
疑問だらけの出来事にグレイシーは困惑してアプロに尋ねた。
「邪魔させないとそいつらは何度も言ってたからさ、そういう命令を受けているだけなのかなって」
「さ、催眠という事かい?」
「多分な」
「な、なるほど……だからアプロくんは急に狙われなくなったのか!!」
納得したグレイシーは『彼らの邪魔をしない行動を取る』すぐさま倒れた仲間達に治療魔法唱え、苦しんでいた者達のケガは治り、ホッとした表情でグレイシーにお礼を言った。
「ありがとう……グレイシーさん」
「うっ……。ひょっとしてグレイシーさんが助けてくれたんですか!?」
「ホワッ、ホワッ!!」
答えにたどり着いたのは俺なんだが、と心の中でツッコミを入れるアプロ、そして全員の治療を行っているグレイシーを見て、ある不安がよぎった。
(もし、ミスティアがやられた時は……?)
アプロが飲んだ『孤独薬』のデメリット、それはシンプルに多くの仲間と組めないのと、もし大勢と組んでしまえば自身の力や魔法も弱くなってしまい、仲間を守る手段がないという事……。
長く旅を続ければ信頼が築かれていく、お互いの事を思えば思うほど助け合うようになってしまう。
その時救えなかったら……?
この力では守れない?
アプロは最悪の未来を想定してしまった。
(俺はこの力があれば自分を守れる……でも、ミスティアが目の前で倒れてしまったら……俺は誰かを守れるんだろうか?)
治癒魔法はパーティを組まなければ回復する対象が自分だけになってしまう、だけど組んでしまえば体力も魔力も弱体化する、アプロは『仲間と旅をする事』以外、パーティでの活動方法が無いかと模索していたその時、グレイシーが全員の治療を終えた。
「みんな! ここから先、どんな罠があるかわからない! ここは一度撤退してギルドに報告しよう!!」
「「おお!!」」
グレイシーの片腕上げと指示に合わせ、この場を立ち去っていく者達をアプロは引き留めようとする、『操られた人達の中にミスティアがいない』それじゃあこのパーティに着いてきた意味がない、とグレイシーに今ミスティアはどこにいるか冒険者カードで確認してもらおうとした時。
パチッ、パチッ。
どこからか、拍手の音が聞こえてきた。
「先ほどからあ、ずうっと見ていたけど……。ふふっ、私の人形達に随分と好き勝手してくれるじゃなぁい?」
女性の声に応じるように、操られた者達は声の方へとゾロゾロ集まっていく、「誰だ!!」とグレイシーが叫ぶと、木の陰からニヤつき顔の褐色肌のエルフの女性が現れた。
「私は……円卓の騎士の後衛組、その隊長を務めるへランダよお」
色気ある喋り方と大きな胸をボヨンと一度揺らした男子の心を揺さぶるボディースタイル、極めつけは谷間がハッキリと見えるほどV字に描かれた色気のある服だったが。
「円卓の騎士だって!? ……それも、幹部クラスの!!」
グレイシーは特に興味がなかった、アプロもまた同じでむっとした顔をする、それについて「なにかこう、興奮したくならない?」と尋ねたところ、2人は「いやもう全く全然」と首を横に振った。
「へ、へこむわ……」
「もしかして今回の事件は……」
頭を抱えて座り込んでいたヘランダだったが、グレイシーの質問に気を取り直して立ち上がる。
「ふふ、ギルドに報告なんてさせないわよ、1人も帰らせないわあ!!」
へランダはスッと2人の目の前に手を見せつけ、親指と中指でパチンと鳴らすと、地面から続々と魔方陣が展開されていく「しまった」、とアプロが言ってしまう前にミスティアと同じローブを身につけた者達が地面から生えてくるように現れた。
「くっ……!! グレイシーダッシュ――」
高速に突き出されるグレイシーDパンチ、その構えすらも間に合わず召喚されたへランダの部下達は次々と詠唱を始め、火、水、氷、雷、それぞれの魔法を準備完了させるとその場で待機して脅しをかけた。
「ねえ貴方たち、抵抗せずに大人しく着いてくるなら、ケガはさせないわよ?」
その場に全員が固まり膠着状態となる、黒幕は円卓の騎士団、それがわかると納得がいかなかったグレイシーは、握った拳を震わせながらヘランダに問い詰める。
「……どうしてだ、どうして君が冒険者を!?」
「んー……。そうね、私たちは方法を問わずにメンバーを揃えたかったのよ」
「な、なんだって!?」
「まあ、約1名だけは自我が強すぎたのか、かけたはずの洗脳が解けちゃったからダンジョンの奥で再度”教育”されてるんじゃないかしらあ?」
その1名が誰なのかなんとなくアプロは察しがつく、ミスティアに間違いないと想像した瞬間、アプロは守らなくてはいけないというリーダーとしての使命感に襲われる。
「洗脳!? 本人の意思に関係なくパーティに入れようとしているのか!?」
「ふふ……そうよお」
声を荒げたグレイシーはヘランダの答えに怒りが湧き、それが頭の中で爆発すると先ほどの脅し言葉すらも忘れるほどに感情だけで動き始める。
「キミ達は冒険者をなんだと思っているんだ、モノじゃないんだぞ!!」
「いいえ、この世はモノを使う側と使われる側に分かれるの……頭が悪い弱い者は強い者に付き従うか、自分で強くなるしかない、貴方だって先ほどそこのアフロとやらにイライラしていたじゃなあい?」
その一言がヘランダ達に攻撃するという弾丸を撃つきっかけとなった、撃鉄はとうの昔に下ろされヘランダに向かって策も無いまま跳び蹴りを放つグレイシー。
「ホワタァーーー!! グレイシーD.キック!!」
「待てグレイシーさん!!」
アプロの制止も聞き入れず、バッと手をあげたへランダが攻撃の合図をすると、指示通り部下達はグレイシーに向かって攻撃魔法を発射させる。
「ぐああああああっ!!」
グレイシーの蹴りが1発の弾丸だとすると、放たれた魔法はマシンガンのように何10発もの圧倒的な攻撃だった、穴が空くほどに複数回グレイシーの身体に命中すると、勢いで後ろへと吹っ飛ばされてしまった。
「ぐ、ああっ……!!」
そのままゴロゴロと地面を転がり、立ち上がれないほどのダメージを負ってしまい、ヘランダはケタケタと笑い声をあげる。
「バカね! こういう単純なバカほど見てて滑稽だわあ」
恐怖により悲鳴をあげたグレイシーの仲間達は頭を抱え、俺には攻撃しないでくれと降参の意志を次々と示した。
「こ……殺される!! みんなやられるぞ!!」
「うわああああああ!!」
座り込み、腰が抜けて震える人々の困惑の声と表情を堪能したヘランダはゾクゾクと肌を震わせ、自身が支配者である事に優越感を抑えきれなくなり恍惚の表情で話す。
「これよこれ、弱者が恐怖に怯える姿!! これこそが支配する側なのよ!!」
「た……助けてくれええ!!」
逃げようとした者にヘランダの部下は1発、魔法を浴びせるとその者は背中に直撃した後、ゴロゴロと転がって動かなくなってしまった、それを見て「ひいいい!!」とさらに恐怖の声をあげる者達……。
「おい」
それを見ていたアプロは意外にも冷静だった、しかし内には魂を燃やし尽くすほどの激しい怒りがこみ上げてくる。
「いい加減にしろよ、お前」
言葉1つ1つが鋭い槍のようだった、睨み付けるその目はアプロとは思えないほど、完全に怒っているのが窺える、そもそもアプロはグレイシーもその周りの者達を助ける義理と興味はない。
ただ、人を操ってパーティを増やすという、円卓の騎士団らしくないやり方が気に入らない、たったそれだけの理由でヘランダ達に向けてアプロは強気な言葉を吐いた。
「あら……弱者と言われて怒ったのかしらあ?」
ミスティアさえ助かれば他の者はどうなっても良い、だけど弱者に対して強者が何をやってもいいという考えは否定的だった。
さらに今ここでヘランダを問い詰めれば捕らわれているミスティアの元までたどり着く、そういった意味も含めてグレイシー達を助ける事にしたアプロは、誰も登る事は出来ない『最強』を見せる、本当の強者がするべき事を教えてやると、その為に準備を始めた――。
「今からお前に教えてやる」
文字通り、最強への準備を。
「グレイシーさん、パーティカードを借りるぞ」
苦しむグレイシーのポケットの懐を勝手に漁り、中からパーティカード1枚を取り出すアプロ、その行動を不思議に思い周りは疑問の声をあげた。
「な、何をする気だ青年!」
「戦うつもりならやめとけ! 相手は円卓の騎士団の幹部だぞ!!」
「お前みたいな弱い奴が立ち向かって何になるんだ!!」
アプロはそんな周りの声を無視し、そこに自身の名前と脱退のサインを書き始める。
「みんなは黙って見ててくれ」
ドクンッ。
太鼓のように強く鈍い音が一度胸に響くと、目を覚ました強大な力が身体上に浸透した、ベージュでもブルーでもグリーンでもレッドでも、ましてやゴールドでも勝つ事の出来ない無敵の力がアプロに宿る。
「――瞬きで終わらせる」
そしてアプロは特に何も構えず、ゆったりとした動作を繰り返しながら真っ直ぐヘランダに向かって一直線に歩き始めた。
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