999人で組む有名なパーティの最後尾、その俺がパーティから抜けたら急に覚醒して……組んだ人数によって弱くなっていく。 ~今更戻ってきてくれと言われても、みんなで作ったパーティが気に入っているから断る~

杏里アル

序章 楽しいパーティを作ろう

第1話

「はああっ……」


 ため息1つ吐く男、その者は大した正義感もなく、『冒険者』としての自覚もなかった。


「はああ……んんっ」


 光が僅かに差す薄暗い森に囲まれ、長時間『998人』もの冒険者と一緒に歩いたせいか、今度は大きなあくびをした後、ぐっと気怠そうに伸びをする男。


 ふと上を見て、太陽の位置を確認すると夕暮れには程遠い事に気付く、男の態度は緊張感のなさと、やる気の無さを他の冒険者達に必要以上に見せつけてしまっていた。


(これじゃあダンジョンに着く頃には夜になってそうだな……。飯とかこのパーティは支給されるのか?)


 早く帰りたい、そんな気持ちが出てきた男は『いつもの飽き性が働き』、既にパーティを抜けたがっていた……そして前の方を見ると、唐突に複数人の奮起した大声があがる。


「「おおー!!」」


 気合いの入った声と剣をどこかにぶつけたのか弾いた音、そして魔法が飛び交っているのか時々照明のようにピカリと一瞬光る現象。


 間違いなく魔物と戦っている、そう思った男は自身も魔物と戦ってみたい、戦闘がしてみたいと望んだが、男の立っている場所は『最後尾』である。


 もちろん出番など訪れるはずもなく、このパーティ抜けたい大きな理由の1つとなっていた。


(せっかく寒い田舎から栄えてる国へと来たのに……)


 不満がブツブツと頭の中に溢れ、男の心は爆発手前だった、がっくしと下を向きながら歩くその男に、1人の男が振り返る。





「――おいアプロ! お前に言ってんだよ!!」


 話の前が聞こえなかったが、突然前の方から声をかけられた『アプロ』は目線を上に向け返事をする。


「ん?」

「んっ、じゃねえよ!! さっきから剣も魔法も構えないでダラダラ歩きやがってよ!!」


 不衛生極まりない髭を生やした中年男は、アプロの不真面目な態度が気に入らなかったのか、不快感丸出しの顔でギロリと睨みつけてくる。


「なんでそんなに怒ってるんだ?」


 何を言いたいのかよくわからないと言った顔でアプロは応えた、先ほどのあくび、そしてやる気のない態度が中年男の逆鱗に触れているのだが、全く気づいていない様子に問答無用で服の襟を掴み、説教を垂れながらアプロの顔面にベチャベチャとツバを飛ばす。


「さっきからため息ばーっか吐きやがってよ!! 見てるこっちがイライラするんだよ!! お前は冒険者の自覚はあんのかよ!!」

「めっちゃツバ飛んでくる」

「お前歳はいくつなんだ?」


 アプロが17歳と答えると、中年男はかーっと口の中でツバを溜め込んでから。


「ぺっ!!」


 とまたもやアプロの顔面に吐き出した。


「汚い」

「ぺっ! ぺっ!! ぺっ!! 最近のガキはなんでそんなやる気がねえんだよ!! 俺みたいに命を賭けた冒険をしろや!!」

「ただ歩くだけの冒険のどこに命を賭けたらいいんだ」

「ぺっ!!」

「きたねえ、アンタの言いたい事はわかったから、とりあえず俺の顔にツバを飛ばすな」


 アプロは男の怒りよりも度々ツバが飛んでくる事に不満を漏らす、そして怒りの収まらない男を見ながらひとまず考え始めた、そもそもこのパーティは『999人』という大人数で歩いており、当然最後尾にいるアプロとこの中年男が魔物と戦えるはずもない。


 いつまで経っても冒険者らしい事ができない、だからこうして不満をぶつけているのかなと誤解したアプロは、軽い同情を混ぜて話をする事にする。


「いつか戦える事を大人しく待てばいいんじゃないか?」

「いつかだあ!? 一緒にすんじゃねえよ!! お前はどうせ犬みたいに尻尾を振って楽しく歩いてるんだろうが、俺は違う!!」

「どう違うんだ」

「ギロギロしながら魔物を警戒し、いついかなる時でも剣を抜けるよう警戒してんだよガキが!!」

「それ、魔物が出てこなかったらただの目つきの悪いおじさんだな」

「はあ……っ、ぺっ!!」

「きたない」


 なぜか中年男は一生懸命口内に溜めたツバをアプロの顔面にビシャリと吐き捨てると、掴んでいた手を離してシッシッと追い払う塩対応に切り替える。





「お前は今すぐ消えろ! そういう志の低い奴がいても邪魔なんだよ、しっしっ!!」

「なんでリーダーでもないアンタに、そんな事を言われなきゃならないんだ?」


 さらなる不快感をアプロに与えるため、男はユラユラと左右に身体を揺らし始める。


「きっ、えっろ! きっ、えっろ!!」


 傍から見れば気をやっているのかと疑うほど、中年男はリズミカルにパン、パンと手を叩きアプロを追い出そうとする。


「さっさときっ、えっろ!! きっ、えっろ! きっ、えっろ!! さっさときっ、えっろ!!」

「うわあ……」


 その様子にアプロはかなり引きつった顔で数歩ほど後ずさりした、中年男の極めて不快なその踊りは続き、そろそろ1発殴ろうかなとアプロは考えていると。


「――いやいや、俺からしたらお前が消えてほしいけどな、ボルグ」


 1人の冒険者の言葉に、前を歩いていた者達が同調する。


「だよな、ただ暑苦しいし、ただうざいよ」

「きっ、えっろ! だってよ、こうか? こうやって踊るのか?」


 『ボルグ』と呼ばれた中年男の不快な踊りと無駄に高い意識に腹が立ったのか、周りの者達が煽り始め、標的を切り替えるようにギロリと鋭い眼でボルグは睨んだ。


「んだとお、じゃあテメェらも消えやがれ! どいつもこいつも意識が低いんだよ!! 俺みたいにギロギロしやがれ!!」


 アプロもボルグもみんな、一度も戦闘に参加出来ない事に行き場のない怒りが貯まっていたのだった……。


「おーおー、吠える吠える」

「ぎろぎろ、こうか?」

「怒ったのか? なあ、怒ったのか?」


 その煽り文句が引き金となり、自制の線が切れたボルグと周りの冒険者達は何故か一斉に上着を脱ぎ。


「「うおおおおおおおお!!」」


 ……上半身裸のまま、相撲のようにがっぷり四つと組み合いを始めてしまう。


「いや、どうしてこうなった」


 既にアプロは蚊帳の外へと出されてしまい、その様子を見て呆れながら一言呟く、そんな混沌とした状況を何とかしたいと、1人の女性が大声で叫んだ。


「あっ、あのー! 喧嘩は良くないですよーっ!!」


 フードを被り、顔を隠したままの女性はそのまま男達の身体に掴みかかり、争いを止めようとするが。


「邪魔だ!!」

「ふんぎゃ!!」


 男達の手によってあっさりと突き飛ばされてしまい踏みならした道から少し外れると、ガサガサと草木にぶつかりながら音を立て、勢いよくゴロゴロと転がり始める。


「あっ、おーい。大丈夫かーっ」


 ドンッという大きな音が1つすると、「ふえええええ!!」と聞こえていた声が消える、アプロがもう一度叫び、下っていった女の子を視認すると、どうやら複数植えられていた木の1本に激突してクラクラと頭を回していた。


「仕方ないな」


 助けようと思いアプロは滑るように坂を下る、女性に近寄ると衝撃のせいかフードはパサリと取れており、人間とは違う長い耳と、男性なら心惹かれる可愛らしい顔を晒していた。


 アプロのような人間とは違う種族、世間一般では彼女のような容姿を『エルフ』と呼び、人間と比べて魔法に長け、寿命も長く頭の良い種族である。


「あいたたた……ふええっ」


 ……はずだが、彼女は見るからにアホっぽい言動を繰り返していた。


「い、いたいい……ぶええええええ!!」


 木に激突した事によって腫れた後頭部を彼女は何度も手でさすっていると、その痛みに耐えきれなくなったのか、なんとも品のない声で泣き出してしまう。


「うおおおおおお!!」

「こんのおおおおおおおおお!!」


 やがて、ボルグを含めた男達も足を滑らせたのかゴロゴロと草木を押し退けながらこちらへと転がってくる、まだ戦いが終わっていないのか転がった勢いが収まり、立ち上がっても再度組み合い、叫び声をあげていた。


「うおおおおおおおおおおおお!!!」

「どりゃあああああああああああ!!!!」

「ぶええええええええん!!」


 アプロは耳を塞ぎたくなるほどこの場が非常にうるさいと感じる、争いを止めない半裸の男達数人と、目の前で泣き続けるエルフの女性。


「なんかもう、凄い事になったな」


 とりあえず泣き声がうるさいと思ったアプロは、泣き続ける女性をまず静かにさせる為に一緒に座り込んで声をかけた。


「なあその……ひとまず泣くことをやめてくれないか?」


 涙を拭くべく、すっと懐から1枚の布を取り出し女性の顔の前に持って行くアプロだったが。


「ぶえええええええ!!!」

「ツバが……」


 女性のツバでベチャベチャに顔面が汚れてしまったので、冷静にアプロはまず持っていた布で自身の顔をしっかりと拭ってから、女性を安心させるべくもう一度アプローチをしてみる。


「落ち着いてくれ」

「……ふえ?」


 よく見ると女性は全身を覆う白い布のローブを着込み、その中に露出された脇とボディーラインがハッキリとわかる全身シャツ、くわえて手首には宝石のチョーカーがつけられていた。


 それは立派な貴族の出身である事を表していたが、お金に頓着がないアプロは身につけている宝石の価値に全く気が付かず、なんでこんなキラキラした物を身につけているんだろうと不思議がる。


「わたし、わたしぃ……みんなが……。みんなが争わないで欲しくて……助けたくて……」

「ああそれは近くで見ててよく伝わった、まあ、これで涙を拭け」

「はいい……」


 少し落ち着いたのか、アプロから渡された布を受け取ってゴシゴシと涙を拭き取る女性、風が吹けば靡くほど、肩まで垂らした透き通った綠髪。


 加えて綺麗なエメラルドブルーの目をパチパチとさせると、女性は長い耳はピョコピョコと上下に動かしてアプロの名前を尋ねる。


「あ、あの貴方は……?」

「俺はアプロ、今日でこのパーティを抜けるからさ、まあなんだ……新しくパーティを2人で組まないか?」

「え? パーティを抜ける?」


 先ほどまで泣き顔だった女性は、急にポカンと呆けた顔で尋ねる。


「ああまあ、ここに思い入れあるならいいんだ、忘れてくれ」


 アプロは立ち上がり、その場を立ち去ろうとしたが。


「ま、待ってください!!」


 エルフの女性はとても可愛らしい声で、アプロを呼び止めた。


「どうした?」

「ど、どうして、ここを抜けるんですう!?」

「……やたらとうるさい奴がいるし、やってる事が楽しくないんだよ」

「楽しくないって?」


 アプロは振り返って言った。


「俺は楽しい事がしたい、冒険者ってもっとこう魔物と戦ったりさ、みんなで笑ったりとか色んな事を共有出来ると思ったから入ったんだ、それが見てみろ」


 未だにお互いを罵り合いながら、掴み合う醜い男達を指差すアプロ。


「うおおおおおおおおお俺が最強だあああああ!!!」

「俺が魔物と戦えば最前線へ行けるんだ!! それをこんなお前らが邪魔するからだな……!!」

「いやいや俺が戦闘に出れば、こんなゴミ共と一緒になんかいねえ!! だからさっさと抜けやがれ!!」

「お前が抜けろ!!」

「うるせえお前が抜けろ!!」


 一通りの罵声を聞き、アプロは再度女性の方へと向き直した。


「な? あんなにも仲間同士で喧嘩してるパーティなんか嫌だろ? だから抜けるんだ」

「で、でもここって、世界的に有名なパーティですよ! もらえるお金だって悪くないですし……」

「金なんか関係ないだろ、大切なのはそこにいて楽しめるかどうかだ、だから世界的に有名だろうが、魔王を倒せる実力があろうがここを抜ける」

「そ、そんなあ……」

「じゃあな、一応ギルドでも募集するだろうから、興味あったら入ってみてくれ」

「あ……あの!!」


 ばいばいと手を振ってその場から立ち去っていくアプロ……その後ろ姿を見て女性は考える。


(……この人の作るパーティっていったい、どんな感じなんでしょうか?)


 妙に心を動かされるほど、言葉に信念を持つ人だなあと女性は感じ、気が付けばアプロの作るパーティをもっと知りたいと思っていた。


(よし、決めました!!)


 頭で考えるより、行動を第一にする彼女は急いでアプロの後を追いかけ、服の袖をぎゅっと掴み。





「わ……私も入れてください! 貴方の作るパーティに!!」

「ああいいよ」


 あまりにも軽い了承に呆気を取られ、掴んでいた手を離してずるりと前に転ぶ女性、それを見てアプロはふっと鼻息1つ鳴らし、しゃがみ込んでは手を差し伸べる。


「君の名前は?」


 ……その手を掴み、女性は胸に手を置いて名乗った。


「わ、私はミスティア、ミスティアです! よ、よろしくお願いしますっ!」


 明るく元気な対応に好感を持ったアプロは、ニッコリと笑顔を作ってミスティアに向ける。


「よろしくな、ミスティア」


 ドキーーーンッ。

 その一言はミスティアの胸を強く叩き、心がグラグラと揺れると顔をポッと赤くする。


「あっ、たっ、たっ、楽しいパーティになるといいですねっ!」


 照れ隠しするように掴んだ手をぶんぶんと上下に振るミスティア。


「そうだな、あっ、カードを出してくれミスティア、パーティ登録をしよう」

「は、はい!!」

「な、なんでそんなに緊張してるんだ?」


 顔の火照りが止まらないミスティアは言葉を詰まらせながら返事をした、それが感情が『何故か』よくわからないアプロは、知らない人と話すのが苦手なんだと認識するだけである。


 しかしアプロは鈍感という訳ではない、どうしてミスティアの好意に気付かないのか?


 それは後々、嫌というほどにアプロとミスティア本人がわからされる事だった。


「き、ききき緊張なんてそんな!!」

「……まあいいか、パーティカードを出してくれ」


 アプロが提示を求める『パーティカード』とは、冒険者としてギルドに認められる唯一の方法である、これを持っていなければ街にあるギルドから仕事はもらえない。


「はい、えーっと、どこにあったっけ……」


 ゴソゴソと懐を漁り、ミスティアは姿勢を前のめりにすると、ギャグなのかと疑うほど重力によって白いフードがスッポリと頭にハマっては、おろおろと視界を探る。


「ふええっ!」


 すぐに手で払ってフード上にどかしたが、下を向いて探す以上、再度バサッとフードが被さり、その度にフードをどかす、下を向く、再度フードが被る。


「ふええええ!!」


 わざとやっているようには見えなかったので、しばし静観するアプロ、すると何度も繰り返しているうちにミスティアは1枚のカードを身につけていた服の隙間から落とした。


「いま落ちたやつじゃないか?」

「あ……そうです!!」


 うーん大分、いやかなり抜けているけど、これはこれで面白いパーティになるかもしれないと、アプロはミスティアの加入を歓迎していた。


「じゃあ今のパーティを抜けるか、解散申請っと……」


 アプロはカードに向かって指を上下スラスラと動かすと、『パーティ、円卓の騎士団を抜けました』という機械のような感情のない声が一度だけ聞こえ――。





 ドクンッ。

 パーティを抜けた瞬間に、体の内から激しく胸をドンッと叩かれるのをアプロは感じた。


(なんだ……?)


 気になって胸を触るが、特に痛みは感じない。


「どうしましたアプロさん?」


 その様子を心配するように見つめるミスティア。


「いや……なんでもない」


 そう、アプロは気付いていなかった、パーティを抜けて1人になればなるほど、誰にも負けない『最強』の力を得て、大切な何かを『失った』事に……。



 アプロは気付いていなかった。

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