第111話 黒でお揃い

 俺はギルドでたまたま出会った男に軍への紹介状を書いてあげた。


 見る人が見ればすぐに俺だとわかるけど、一応形式的にはお忍びの視察みたいなものなので自分から俺の身分は名乗らなかったが、もし彼が軍に採用されたら後で会うのが楽しみだ。


 その後、本来の目的である依頼の受注状況などを把握した俺はギルドの建物を後にした。職員に聞いたらギルド長は忙しそうだったのでよろしく伝えておいてねと伝言を頼んで会わずに出てきた。


 さて、次は商業関係のお店を見に行くか。その前に少し小腹が空いたので露店にでも寄って何か食べ物を買ってみようかな。このナダイの街には大きな壺のような形をした窯の内側にペタっと材料を貼り付けて焼く平べったいパンに、甘辛く味付けして焼いた肉を載せてくるくると巻いて食べるナンデマイタという料理が有名だ。歩いていたら丁度その食べ物を売っているお店があったので寄ってみよう。


「おっちゃん、ナンデマイタをひとつ頂戴」


「あいよ、ナンデマイタをひとつだね。今焼くから待っててね……って。あなたはエリオ様じゃないですかい! 従魔を連れて街の見回りですか?」


「ハハ、そんなところかな。街中を視察してるんだよ。自分の目で見て街の様子を確認したかったのでね。おっちゃんの目から見て最近のこの街はどう見える?」


「そうですねえ。街の住民達も避難先からほとんど戻ってきて活気が出てきましたね。それだけでなく、今まで見た事がなかった新しい住民もチラホラと見かけます。以前のナダイの街にはゴロツキが結構いたのですけど、青巾賊騒動のついでにエリオ様達の軍が不逞の輩を一掃してくれたので一気に治安が良くなりました。前は公的に必要な道路使用料の他に、ゴロツキ達にみかじめ料を払わないと嫌がらせをされるのが普通でしたが、今はそのゴロツキ達もいなくなって安心して店を出せるようになりました」


「そうなのか。これからもゴロツキの取り締まりを続けるように指示しておくから安心して商売を続けてくれ」


「ありがとうございます。あっ、ナンデマイタも丁度出来上がりましたよエリオ様」


 俺はおっちゃんから紙に包まれた焼き上がったばかりの熱々のナンデマイタを受け取ってその場を後にした。熱々のナンデマイタを頬張ると甘辛いタレで焼かれた肉の旨味が口の中で弾けていく。肉を巻いてある少し柔らかめの平たいパンも歯触りがいい。さすがナダイの露店名物料理なだけあって最高の旨さだ。


『コルとマナ。おまえらの食べ物はもうちょっと待ってくれ。後でおまえらの好物の果物をいっぱい買ってやるからな』


『主様、僕はリンゴが食べたいです』

『私にはブルーベリーを買ってください』


 以前にも説明したが、うちの従魔達は基本的に食事をしなくても平気な不思議な生き物だが、果物が好きなのでちょくちょく与えている。


『わかった。後でいっぱい買ってあげるからな』


 次は市場へ行く前にこのエルン地方の特産品である織物と革製品の店、それに鍛冶屋を見ていこう。エルン地方は昔から牧畜と馬の生産が盛んなので必然的に革製品の加工品が特産になっているのだ。鍛冶屋は腕の良い職人が何人かいるらしい。


 また。エルン地方は木綿の栽培が盛んで毎年多くの量の木綿が生産されている。織物もエルン地方の特産品であり、ここで作られた綿織物は周辺地域に売られていて大事な収入源になっている。


 青巾賊騒動で革製品も綿織物もガクッと生産量が落ちてしまったが、これらを元の水準に戻すだけでなく、それ以上の生産量にして発展させるのが当面の目標だ。元々エルン地方はゴドール地方と違って財政的には全く困ってなかった地域なので、地力を取り戻せばお金の面では気遣うことなくやっていけるはずだ。


 革製品を取り扱っている店が立ち並ぶ地区には十軒ほどの立派な革製品専門店が軒を連ねていた。そのうちの目についた一軒の店を訪問する。


「こんちは」


 店の中には多くの革製品が並べられている。

 革のコートやベスト、バッグにベルトなど品揃えも豊富だ。


「お客様ですか?」


 革のベストを着こなしたダンディな男が店の奥から顔を見せた。


「ああ、ちょっとベルトを買おうと思ってね」


「おや、その従魔は……もしかしてエリオ様ではないですか! 当店にお越しいただくとは誠に光栄です」


「ちょっとした私用でね。ゴツくて丈夫なベルトはあるかな?」


「ゴツくて丈夫なベルトですか。それではこちらなどはどうでしょう」


 店の主人が見せてくれたのは分厚い革でゴツい金属の金具がワイルドさを主張してる焦げ茶色のベルトだった。確かに見た目は俺の要望通りだ。


「試しに身につけてもいいかな?」


「どうぞ。よろしいですよ」


 店の主人に手渡されたベルトを腰に装着する。がっしりと腰をホールドしてくれて身が引き締まる感じがする。


『主様かっこいい!』

『ベルトの無骨さがエリオ様のスタイルの良さを引き立てますよ』


 コルとマナからの評判も良いみたいだな。


「これはいいね。一本買わせてもらうよ」


「ありがとうございます。エリオ様に買って頂くなんてこの店の自慢になります!」


 たかだかベルト一本の買い物だけど、店の主人に大いに感謝されてしまった。そして店の主人から丁寧な見送りを受けて店を後にした。


『コルとマナ。次は鍛冶屋に行っておまえらに頭に被るヘルムをお揃いで作ってやるつもりだ』


『主様本当ですか? 僕は主様と同じ黒いのが欲しいです』

『ありがとうございます。作ってくれるのならやはりエリオ様と同じように黒で揃えたいです』


『まだ作ってもらえるかわからないけど、おまえ達のヘルムを作る事が出来るというなら黒で揃えてみるか』


 ふふふ、俺と従魔が黒の装備で揃えたら目立つだろうな。鍛冶屋が何件か集まっている地区に行くと、いかにも老舗のような店構えの鍛冶屋が目についた。


「こんにちは。誰かいますか?」


「おう、ちょっと待ってな」


 鍛冶屋の中から聞こえたのは野太い男の声だ。何人かの職人が手を動かしているが、その場で待っているとすくっと立ち上がった中年のがっしりとした体つきの男が奥から歩いてやってきた。


「どうも。もしかしてあなたがこの鍛冶屋の親方ですか?」


「おう、そうだ。俺がこの鍛冶屋の親方のゴンザだ。何の用だ?」


「実はここにいる二匹の従魔用に頭に被るヘルムを作ってもらえないかなと思って来たんだ。それとヘルムに刃をつけられるかな?」


「この二匹の従魔用かい? ところであんたどこかで見たような。もしかしておまえさん……エリオ様でねえか! これはご無礼をいたしました!」


「ハハ、大声を出さないでもらえるとありがたい。一応お忍びみたいなもんでね。まあ、そうは言ってもこの二匹の従魔を連れている時点で街の者にはバレバレなんだけどさ。でも、気の利いた住民は俺だとわかっても気がつかないフリをしてくれているんだ」


「これは大変失礼しやした。まさかエリオ様がこの鍛冶屋に来るなるなんて思ってもいなかったので、嬉しくてつい大声を出してしまいやした。誠に申し訳ない」


「いいってば。ところで従魔用のヘルムなんだけどここで作ってくれるのかな。それと刃は付けられる?」


「はい、採寸さえ出来れば従魔用のヘルムも作れます。刃は縦に付けますか?」


 おっ、出来るらしいな。刃は簡単には欠けないように分厚くしてもらおう。


「ならばそれを黒色で作ってもらえるかな。刃はちょっとやそっとの衝撃じゃ欠けないように分厚くしてくれないか? それと納期はどれくらいになる?」


「採寸してみないとわかりませんが、この二匹分のヘルムならたぶん十日ほどで出来ると思います。職人に急がせましたらもっと早く出来ますよ」


「そんなに無理しなくてもいいよ。十日でも十分早いから」


「ありがとうございます。それでは通常通りに十日ほどで仕上げさせます。では早速従魔達の頭の採寸を始めましょう」


「よろしく頼む」


『コル、マナ。あの人におまえ達の頭の寸法を測ってもらうから大人しくしとけよ』


『はい、わかりました』

『エリオ様。この鍛冶屋さんはモフ分補給は必要でしょうか?』


 ハハ、マナはそこを気にしてるのか。よく覚えてるな。


『どうだろう? もしも要求されたら撫でさせてあげなさい』


『はい』


 暫くして無事に採寸が終わったが、親方のゴンザさんがチラチラとコルとマナを名残惜しそうに見ているぞ。もしかして…


「親方、コルとマナの毛並みは素晴らしいでしょ?」


「ああ、採寸しながら少し撫でてみたが最高級の毛並みだな。それでちょっと頼みがあるのだがもう少しだけ撫でさせてもらえないか。この通りだ!」


 ふふふ、やはりこの鍛冶屋の親方もコルとマナの毛並みの虜になってしまったようだ。仕方ない、モフ分補給をさせてあげよう。


『コル、マナ頼む』


『主様、準備は出来ています』

『わかりました』


「いいですよ、どうぞ」


 俺と従魔の許しを得た鍛冶屋のゴンザ親方はそのゴツい手でコルとマナを撫でて十分に満足したようだ。


「それじゃよろしく頼むよ」


「へい、お任せを!」


 そしてその後、従魔を連れてまた視察に戻った俺は綿織物を扱う商会や市場などを巡り、二匹との約束通りに可愛い従魔達へ果物をいっぱい買ってあげたのだった。付き合ってくれたコルとマナには領主館に帰ったらいっぱいモフってやらないとな。

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