第58話 部隊の練習場へ

 統括官室での会議の後、草案は正式な部隊規則になった。

 部隊員達にも正式な規則の内容が知らされたが表立って大きな不満の声は出ていないようだ。


 それから暫く経ったが、今のところは平穏な日々が続いている。このまま皆が規則を出来るだけ守ってくれると嬉しいね。


 今日は久しぶりに執務室を離れて部隊員が鍛錬目的に使う練習場を視察するつもりだ。最近はデスクワークが多くてあまり体を動かしていない。家でやる素振りや簡単な体術の練習くらいだからね。部隊員は当直や当番勤務以外に自分の時間が持てるので、練習場に訓練に来る者は結構多い。


『コル、マナ。俺は部隊の練習場に行くつもりだけどおまえたちも一緒に行くか?』


『はい、僕もお供させて頂きます主様』

『私も興味があるのでお付き合いさせて頂きますね』


 最近は俺の従魔も体を動かす機会がないから丁度良いかもな。今はどこにでも従魔を連れて行く訳でなく、臨機応変にその場の状況で使い分けている。


 そういう訳で部隊の専用施設内にある練習場に向かった。ここでは部隊員同士が武術の練習をしたり、一人で型や動き方の練習をする者など練習方法は人それぞれだ。隅っこの方でずっと座って静かに瞑想してる者もいるし、ぶつぶつと何かを呟きながらひたすらに同じ場所をぐるぐると歩いている者もいる。てか、君は何をやってるんだ?


 練習場内をぐるっと眺めてみると、ロドリゴとソルンが二人で槍の組手をしている姿が目に入ってきた。おー、二人とも頑張ってるな。ちょっと声をかけに行ってみるか。


「ロドリゴ、ソルン。二人とも練習に精が出るな」


「あっ、エリオさん。今日は姉貴がすぐそばにいる執務室の仕事じゃないんっすか?」

「隊長、お疲れ様です。練習に来たのでしょうか?」


「ハハ、ソルンはそんなに畏まらくていいよ。ロドリゴは無理に姉貴のリタを結びつけて強調しなくていいってば」


「うちの姉貴はちょこちょことエリオさんの家にお邪魔してるっすよね? いつもどんな感じっすか?」


 そう、リタとミリアムは俺から合鍵を受け取ってから俺の家によく来ているのだ。ちょこちょこというよりもほぼ毎日なんだけどな。料理だけでなく掃除や片付けもやっているし、庭の花壇の世話までやってくれている。徐々に俺の家にいる時間が日増しに増えてきて、まるで俺の妻のごとく振る舞っているように見えるのは気のせいではないはずだ。


「ああ、掃除とか料理とか洗濯とかしてもらって助かってるよ」


「なるほど、姉貴は計画的に着々と既成事実を積み重ねていってるっすね。ここまでくればほぼ成功したようなもんっすよ。さすが姉貴っすね」


 ロドリゴに言われるまでもなく、俺もそんな気がしてきている。でも、悪い事をしているどころか俺にとってはどれもありがたいので感謝の気持ちでいっぱいなんだよな。まるで蜘蛛の糸に絡め取られている小さな羽虫のような心境だ。


「ところでロドリゴよ。部隊員の様子はどうだ?」


「例の規則の反応っすね。表立って反対してる人や不満を口に出してる人はうちの部隊にはいないっすね。前から思ってたけど、うちの部隊ってエリオさんの影響なのか、エリオさんに気に入られようとして悪事を働こうとは思わないみたいっすよ」


「ソルンは何か不満はあるか?」


「いえ、これといってないです。官舎暮らしに不満はないですし、ただで飯も食えますからね。勤務以外も規則さえ守っていれば結構自由な時間もありますから。貰える給金の額も多くて不満はありません。でも、お金に糸目をつけずに派手に遊び回りたい人が中にはいるかもしれませんね」


「そうか、とりあえず暫くの間それとなく様子を見ていてくれ。二人とも頼む」


「了解っす」

「はい、わかりました」


「それじゃ二人とも俺と少し練習してみるか?」


「「お願いします!」」


 俺は二人相手に練習をして汗を流した。途中からコルとマナに交代してロドリゴとソルンの相手をさせてみたが、二人の攻撃は全然コルとマナに当たらなかった。二匹とも身のこなしが半端なく凄いんだよ。恐るべし俺の従魔。


「ハァハァ……エリオさんありがとうっす」

「隊長も従魔達も稽古をつけてくれてありがとうございます」


「こちらこそいい運動になったよ。ロドリゴ、ソルン、付き合ってくれてありがとうな。部隊長になってから練習する時間が減ったので勘が鈍ったかもしれなくてさ。こうしてたまには対人練習をするのも俺には必要なんだよ」


「エリオさん、何言ってるんすか。賊徒と戦ってた時のエリオさんは凄いオーラを出しながら半端ない強さだったっすよ。今だってとても僕なんかじゃ敵わないっすよ」

「そうですよ。隊長の強さはこの部隊の誰もが敵わないほど半端ないです。それだけでなく、隊長の従魔も反則的に強すぎなんですよ」


 ロドリゴはお世辞が上手いな。あと、ソルンの言うように俺の従魔は強いよな。俺もたまにコルとマナと本気で戦ってみたらどうなるのかなと考えるけど、勝てるかどうかわからないな。


『コル、マナ。俺と戦ってみる気はあるか?』


『何を言ってるんですか。僕が主様と戦うなんてとんでもないです』

『例え練習でもエリオ様を傷つける可能性が少しでもあるのなら私は嫌です』


 とまあ、こんな感じなんだよね。はあ、二匹とも可愛いなぁ。


 ロドリゴとソルンとはその場で別れ、他の隊員のところにも行って練習相手を務めてあげる。トリッキーな動きをしてくる者がいたりして結構面白い経験になった。


「さすが隊長ですね。カウン副隊長やゴウシ小隊長とも手合わせをしてもらいましたが、隊長はあの強すぎるお二人よりも更に上回る強さですもんね。今だから白状しますけど、最初に隊長の部隊に配属が決まった時は少し不安がありました。隊長の実力を少し疑ってたかもしれません。でも、賊徒と戦う隊長の姿を目の当たりにして俺の考えは間違っていたと気づきました。隊長の強さは本物で俺が知る誰よりも強いです。それと、隊長の姿を見ているとなぜだか自信と勇気が湧いてくるんです。今はエリオ隊長の部隊に配属されて良かったと思ってます」


「ありがとう。そう思ってもらって俺も嬉しいよ。君も頑張ってね」


 俺の相手をしてくれた隊員に本音を語ってもらうのもいいもんだ。

 それが称賛であれ不満であれ生の声だからな。底辺時代を経験したおかげでそれなりに耐性があると思ってるので多少の悪口くらいでは凹まない自信がある。


 残っている隊員達にも声をかけ練習場を後にする。

 練習場を出た俺は入る前よりもずっと清々しい気持ちになっていた。

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