第52話 試練の朝
次の日の朝が来た。
昨日は武器のメンテナンスを頼む為に鍛冶屋にお邪魔した。
鍛冶屋の親方にモフ分補給のお願いをされるというハプニングがあったが、親方は俺の武器のメンテナンスを快く引き受けてくれたっけ。店巡りもしたけど、残念ながらこれといった掘り出し物はなかった。
二階にある寝室でベッドから上半身を起こして部屋の中を眺めると、コルとマナも俺が寝ているベッドのすぐ脇で昨日買ってきた毛皮の敷物を早速自分達の寝床にしており、今は二匹とも目が覚めて俺を見上げているところだ。
『おまえ達、昨日買ったその毛皮の敷物の寝心地はどうだった?』
『主様、ぐっすり眠れました』
『ぽかぽかと暖かくて気持ちよく眠れました』
良かった。あの謳い文句は本当だったみたいだ。
さて、今日の夕方には武器のメンテナンスが終わるらしいが、それまでは時間がある。午前中は花壇を整備して花の種を蒔く予定だ。その後は夕方に鍛冶屋に行って武器を受け取り、夜は美味しそうな食事を出してくれそうな食堂でも探してみようかな。リタの情報だとこの街は結構美味しい料理を出す店がそこかしこにあるらしいから、歩きながら探してみるのもいいかも。
そんな風に今日の予定を考えていたら、一階の玄関ドアが叩かれる音が聞こえてきた。
こんな朝から家のドアが叩かれるなんて何事が起きたのかと思い、俺は取るものもとりあえず一階の玄関ドアに向かって駆け出していった。念の為に何かあったら俺を呼びに来ても構わないと、第二部隊のタインさんには伝えていたからな。こんな朝っぱらから悪い知らせじゃなきゃいいけど。
駆け出しながら寝間着のガウンが大きくはだけるのも気にせず、階段を駆け下りてドアの前に行き、鍵を開けて一気にドアをバーンと開ける。すると、そこには鍋を持ったリタとトレイにパンを載せたミリアムの二人が立っていた。
「えっ……」
「「………」」
二人とも勢いよくドアが開けられたのに驚いている。そして俺もリタとミリアムがそこにいたのに驚いている。つまり、両方で驚いているという状況だ。
「き、君達、こんな朝からどうしたの?」
「あ、あれだよ。これ、さっきうちで作ったんだけど作りすぎちゃって。だからエリオにお裾分けしようと思って持ってきたんだ。最初からわざと多めに作ってエリオのところに行く口実を作ったなんて事は決してないからね!」
「わ、私もたまたまパンを多く焼きすぎちゃって余ったから、エリオさんにお裾分けしようと持ってきたのです。私が家を出たら丁度リタさんも家を出てきたところで一緒になったんです。私もエリオさんに会う口実を作る為にわざと多めにパンを焼いたなんて事はありませんからね!」
何だか二人とも最後に本当の理由を白状しちゃってるようにも受け取れるんだけど。ここはあえて触れずにおいた方が良さそうな気がする。
「ああ、二人ともありがとう。とりあえず家の中に入って待っててよ。俺は二人の作った物を食べる前に着替えてくるからさ」
そう言った後、二人を見ると何やら二人の視線が下を向いている。何だろうと思って二人の視線の先を辿って見ると、俺の着ている寝間着のガウンが大きくはだけていて、下着は履いているけど朝の男には特有の現象によって大きく形が変化している下半身に二人の視線が釘付けになっていた。
「あっ、ごめん。今起きたばかりだったからさ。男だから仕方ないんだ」
俺は慌ててガウンの乱れを直して二階へ駆け上がっていく。後ろの方で大きな嬌声が聞こえてくるけどスルーしておこう。二階に上がった俺はコルとマナを横目に見ながら、寝間着を脱いで普段着に素早く着替える。
『主様。下の方から大きな声が聞こえたのですが何かあったのですか?』
『エリオ様。あの声はリタさんとミリアムさんですよね。何かに驚かれていたようですけど』
『いや、何でもないんだ。おまえ達は気にしなくていいから』
手櫛で髪を梳かして身支度を整えた俺はコルとマナを連れて一階に降りていった。一階ではテーブルの上にリタの作ったスープとミリアムの焼いたパンが皿に盛られていて、二人が左右の椅子に腰掛けて俺にこちらへ来いと手招きをしていた。
「二人がいきなり朝早く俺の家に来るから驚いたよ」
「エリオはいつも早起きだから今日もとっくに起きてると思ったんだよ」
「私も同じです。でも、エリオさんが朝食を食べる前に間に合って良かったです」
「今日は休みだからね。だからいつもより少し遅めに起きたんだ。まさか二人が朝に訪問して来るなんて思ってなかったからさ。ドアが叩かれた音を聞いて何か部隊で非常事態が起こったのかと勘違いして慌てて二階から降りて来たって訳さ」
「まあ、いいや。あたしはエリオを受け入れる覚悟は出来ているからいつでもどんと来いだよ」
「私もです。ちょっと吃驚したけど大体のイメージは掴めました」
二人とも何を言ってるのかよくわからん。
それはそうと、せっかく二人が作ってくれたんだ。
二人の持ってきたパンとスープを食べさせてもらおう。
まず、湯気が出ているスープから飲む。
おお、香りも良いし優しい味だ。口当たりが柔らかいので胃にスッと入っていって飲みやすい。
「このスープ旨いよ。リタはロドリゴが言うように本当に料理が上手くて家庭的なんだな」
「エリオも知ってる通り、あたしはこう見えても料理が得意なんだよ。後はあたしの料理を旨い旨いと言いながら食べてくれる飛び切りいい男が、あたしのこの熱い想いに応えてくれたら完璧なのにね」
「………」
リタの俺を見る目が怖い。
うん、次はパンを食べてみよう。
「おお、このパンも旨い。厚さが控えめだから噛むのが楽だし、味もほんのり甘みがある。ハーブが練り込んであるのか香りもいいね」
「エリオさん、そんなに褒めてくれてありがとうございます。私の気持ちや想いをこれでもかというぐらいに全力で込めて焼いたパンなので、そう言ってもらえるのがとても嬉しいです」
「………」
えーと、気持ち込めすぎじゃないですか。
それからは、二人にずっと見つめられながら何とか朝食を食べきった。
何にせよ、旨かったのは事実だ。二人に感謝しないとな。
「二人の作ってきたパンとスープ。どちらも凄く旨かったよ。もし、また君達が俺に料理を作ってくれる気があればいつでもどこでも喜んで食べさせてもらうよ」
「よし、エリオの言質取った!」
「これで堂々と来れますね」
「えっ?」
「エリオ、この家の鍵は一つだけじゃないよね? 何個か合鍵があるはずだから今すぐ出しな。ほら、早く出しなよ」
「エリオさんは私達が作った料理をいつでもどこでも喜んで食べてくれるんですよね? なら、この家で料理を作ってすぐに出せるようにいつでも家の中に入れる合鍵が必要です。今すぐ出してください」
「た、確かにいつでもどこでも喜んでと言ったけど…」
「「早く合鍵を出しなさい!」」
リタとミリアムに丸め込まれた俺は、理不尽だと思いながらも二人に合鍵を渡す羽目になったのだった。
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