第32話 試験を受ける

 明けて翌日。


 コウトの街の宿の部屋で目覚めた俺は、ベッドから出て立ち上がり窓のカーテンを開ける。外は今まさに日が昇り始めた時間で窓から差し込む朝日がとても眩しい。


 宿の窓から見えるコウトの街並みはとても美しく、朝日を浴びた屋根がその光を反射してきらきらと輝いている。古く歴史のある街並みはどことなく荘厳で、人々の日々の生活がその荘厳な街に暖かみのあるアクセントを与えているようだ。


 朝の陽光が部屋の中に差し込み部屋が明るくなったので、ベッドの横で体を寄せ合い寝そべりながら眠っていたコルとマナも目を覚ましたようだ。


 瞼が重そうで少し寝ぼけ気味の二匹は同時に欠伸をしながら大きく伸びをしている。パッと見てこの二匹が強い魔獣かと問われると、多くの人がその場で考え込んでしまうくらいにそれほど怖さを感じないだろうな。


『わうぅぅ』『わぁぅ』


 ハハ、二匹とも呑気なもんだ。


 身支度を整えて皆との待ち合わせ場所の宿のロビーに向かっていく。

 今日は自治部隊の募集を受け付けているこの街の駐屯所跡に行く予定だ。


 ロビーに着くと既にラモンさんとミリアムさんが椅子に座って待っていた。


「おはよう」

『『わうわう』』


「おはようございますエリオ殿」

「おはようございますエリオさん、コルちゃんマナちゃん」


「二人とも早いですね」


「いえいえ、私とミリアムも今来たところです」


 俺が二人と話していると、後ろの方からガヤガヤと喋りながら近づいてくる人の気配がした。あの声はベルマンさんとバルミロさんだな。


「ガッハッハ、俺様の方がバルミロより強い」

「フッ、この俺の方が貴様より強いに決まってる」


「何を言う! 力も強さも俺の方が貴様より強い」

「図体がデカいだけの貴様など俺にかかれば一捻りだ!」


 あちゃー、全くこの二人ときたら妙に対抗意識が強くて何かのきっかけがあると二人で張り合ってるんだよな。それでいて決して仲が悪い訳でなくむしろ仲が良い。二人ともからっとした性格なので結構馬が合っているという良くわからない関係だ。


「二人とも朝から大きな声で言い合いは止めてくださいよ」


「うむ、すまんエリオ」

「確かにそうだ。エリオ許せ」


 良かった。二人ともあっさりと矛を収めてくれたよ。やれやれと肩を撫で下ろしていると、視界の片隅にリタさんとロドリゴ君の姉弟がこちらに向かって来る姿が見えた。これで全員ロビーに集まったようだな。


「エリオさん、おはようっす」

「エリオおはよう。それよりさ、遠くにいてもその二人の大声が聞こえてきたよ」


「リタさん、ロドリゴ君おはよう」


「あのさ、エリオ。その他人行儀な呼び方はやめようよ。あたしの事はリタって呼び捨てで呼んでよ。じゃないと口を聞いてあげないよ」


「僕からもお願いするっす。たぶん姉貴はエリオさんに、自分の女を呼ぶ時のように気安く「リタ」と呼び捨てにされたいんっすよ。姉貴は勝ち気に見えますがそういうところに拘りというか女としての幸せを感じる人っすからね。あっ、僕もロドリゴと呼び捨てにしてくれても構わないっすよ」


「ロドリゴはうるさいっての! あたしの心の内を勝手に代弁するんじゃないよ!」


「エリオさん。なら私の事もミリアムと呼び捨てで呼んでください!」


 何だかなぁ。朝っぱらから面倒臭いぞ。仕方ない、ここは要求を受け入れておこう。


「わかったよ。リタ、ミリアム。これからは呼び捨てで名前を呼ぶよ。あっ、ロドリゴもね」


「皆さん、朝の挨拶は済みましたかな? 皆揃いましのでそろそろ出かけましょう」


「はい、行きましょう」


 ラモンさんが何事もなかったように冷静に仕切ってるのを見て、本当の切れ者とはこういう人なんだろうなと密かに感心してる俺だった。


 宿を出て俺達は駐屯所跡に向かう。街の中心からはちょっと外れた場所にあるらしい。道順を確かめながら歩いていくと、練兵場を併設した大きな石造りの建物が見えてきた。おそらくこれが駐屯所跡で間違いないだろう。


 正面の門は開かれていて脇に門番らしき人が立っている。門番に用向きを伝えてギルド長から貰った推薦状を見せると、門番は敷地内の建物を指差してこう言ってきた。


「受付の後に説明を受けて了承すれば面接を行いますのであの建物に向かってください。中に担当の者がおりますので、後はその者が対応する事になります。どうか皆様にご武運を」


 言われた通りにその建物に行ってみると、俺よりも歳上っぽくていかにも仕事が出来そうな綺麗な女性が俺達を出迎えてくれた。


「コウト自治部隊駐屯所へようこそ。私は受付のエステルと申します。部隊への応募目的で来られたのでしょうか?」


「そうです。ここにいる七名がそうなんですが、詳しい話を聞きたいと思いまして伺わせてもらいました。ここに七名分の推薦状もあります」


「承りました。コウトの街では新たに部隊を結成して不測の事態に備える事になりました。身分を問わずに我こそはと思う方々の応募を広くお待ちしております。流れとしてはまず最初に面接をいたしまして、その後に実技試験をさせて頂きます。その結果をもって後日採用か不採用かをこちらで決めさせて頂きます」


「なるほど、集まってきた応募者達の実力を見定める為に面接と実技試験をするのですね」


「その通りでございます。あと、食事付きの官舎もありますし、給金などはこの表に書かれている額が毎月支給され、年二回に分けて賞与などが支給される制度もあります」


 皆の顔を見ると表に書かれた金額にも納得したようで頷いている。


「わかりました。受けさせて頂きます」


「それではどうぞこちらの控室でお待ち下さい」


 言われた通りに控室に案内される。そこには椅子が置いてあって三十人程の先客が座っていた。あの人達もこの面接を受けに来た人達だな。俺達も各々用意された椅子に座り面接の順番を待つ。俺の足元に座るコルとマナは暇なので欠伸をしていた。


 俺達より先にきていた人達が順番に呼ばれた後、俺達の中でまず最初にベルマンさんの名前が呼ばれ面接の部屋へ消えていく。次々に名前が呼ばれて面接部屋へと消えていき、残るのは俺だけになった。


 俺が最後か……俺だけ落ちたらどうしよう。なんて考えていたら、とうとう俺の順番が来て名前が呼ばれたぞ。面接の部屋で待っていたのは初老の人物が二人に中年のおっさん一人の三人だった。もしかしたらこの人達がこの街の有力者なのかな? 進行役は中年のおっさんみたいだな。


「えーと、名前はエリオット・ガウディさんでいいのかな?」


「はい、エリオと呼んでください」


「それで、ギルド発行の推薦状を見たのだが、大勢で徒党を組んだ賊徒討伐に多大な功績があり、リーダーとして統率力に優れ賊徒の首領を倒すなど一番の功労者だと書かれているが本当かね?」


「はい、聞いていて自分でも恥ずかしくなるような事が書かれていますが、書かれている事はそのまま事実です」


 恥ずかしさに顔から火が出そうだ。


「なるほど。素晴らしい人材が来てくれたようだ。後は一応実技試験を受けてもらうけど、君は従魔使いなのかね?」


「剣士と従魔使いを兼ねているようなものですかね。自分ではあまり意識をしてませんが」


「それは実技を見ればわかるだろう。それでは更衣室を用意しているので、そこで準備が出来たら練兵場へ来てください。実技担当の者が待っていますので」


 更衣室に案内され、備え付けの木剣を持ち準備を整えて練兵場に向かうと、そこには既に試験が終わった他の六人と、先に試験会場に来ていた人達が屋根付きのベンチに座って俺の登場する姿を眺めていた。


 俺の仲間は良い笑顔をしているから上手くいったのだろう。


 そして、練兵場を見ると装備を身に付けた男が三人立っていてこちらを見ていた。あの人達が試験官なのかな。そのうちの一人が俺に向かって話しかけてきた。


「我々が三人いる理由は応募者が武術タイプか魔術タイプかによって戦う方法を選べるようにしているからだ。私が武術担当、そして隣の者が魔術担当だ。魔術担当は希望に応じて攻撃や防御に回復。木人形を使って魔法の威力測定などの試験を選択出来る。そしてもう一人が戦闘には参加しない審判官で回復役も兼ねている。あくまでも大体の強さや能力を知るのが目的なので本気の勝負ではない。人によって得意なものは違うし、回復や付与に秀でた者はそれだけで価値があるからね。あと、限度を超えての我々への攻撃は逆に試験に落ちる要素になるので気をつけるように。君の希望はどれかな?」


 ああ、そういう事か。戦える人だけが必要な訳ではないしな。一応、俺は武術タイプだけど魔術に対しても防ぐ方法があるんだった。試してなかったから魔術タイプの攻撃魔法も受けてみたいな。


「魔術担当の方にも俺に攻撃をしてもらって二人同時に相手をしてもいいですか?」


「いや、構わないが君はそれで大丈夫なのかね?」


「ええ、俺にはこの二匹の従魔もいるし問題ないです」


「君が良いと言うのならいいだろう」


 審判役の合図と共に、武術系の試験官の一人がジリジリとこちらに向かってくる。後ろでは魔術系の試験官が手をこちらに翳して呪文を唱えているのが見える。おそらく武術系が攻め込むと見せて、魔法をその後ろの死角から俺に当てるつもりだろう。躱しても良いのだが、あれをちょっと試してみよう。


「ウインドアロー!」


 後ろの魔術系試験官が俺に向けて風魔法を放ってきたと同時に俺も魔法を発動する。


「聖盾!」


 俺が呪文を唱えると光り輝く盾が出現して、魔術系試験官が放った魔法を受け止め弾き散らした。


 おっ、上手く弾いたな。これって魔法を弾く効果があるんだよな。相手の魔法と相殺される形で俺の聖盾は魔法を弾いた。もう一度張っても良いのだが、初撃を防げるだけでも効果は充分だ。あの魔術系試験官はコルとマナに制圧させよう。


「コル、マナ、あの人を制圧しろ! でも、怪我をさせちゃ駄目だぞ」


 俺の指示を受けたコルとマナがその場から爆発的なスピードで駆け出していく。

 そしてその間に俺にスルスルと近づいてきた武術系試験官は木剣を振りかぶり、その木剣を俺に叩きつけてきた。


 でも、その動きは俺の感覚からすると手加減もあるのかもしれないが少々遅く見える。これならベルマンさんやバルミロさん、そしてロドリゴも勝てただろう。


 打ち込んでくる攻撃を体を軽く捻って躱し、相手の木剣を俺の木剣で受け止めて弾き返す。試験官は体勢を整えて何度も鋭く打ち込んでくるが、何度目かのその木剣の攻撃を体捌きで躱した後に、俺は自分の木剣を目にも止まらないような速さで上段から相手の木剣に叩きつけて打ち落とし、無防備になった試験官の首元に木剣を寸止めで当ててこの試験の勝負は俺の勝利となった。


 向こうを見るとコルとマナが、倒れ伏している魔術系試験官を前足で押さえて動けないようにしていた。


「それまで!」


 審判役の合図でこの試験は無事に終了だ。はてさて、俺は無事に合格出来るかな?

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