無職で暇だったので、幽体離脱してみたらホラゲの世界だった話

フカ

第1話




 ※幽体離脱は自己責任です。なにが起こるかわかりません。元に戻れなくなったり、精神に異常をきたす可能性もあります。きちんと調べて、よく考えたうえでその後の行動をしてください。





 今からだいぶ前のはなし。

 当時はまだ未成年で、無職だった私は暇で、しかしお金もなく。だがしかし働きに行くのも嫌というクソみたいな人生を送っていました。

 当時は2ちゃんねるやニコニコ動画がとても盛り上がっており、ニートの私ももれなくあやかり、実家の家事手伝いを終えると日がな一日ネットサーフィンをしていました。

 怖い話やオカルトが好きでしたので、よくその辺りにいました。するとある日、リダンツ、名倉、ガイドさん、そして明晰夢、という単語を目にしました。


 明晰夢は有名ですのでそのとおり、めちゃめちゃリアルな夢が見られる方法のあれです。夢のなかで夢だと気づくと、夢をコントロールできるようになるという。毎日夢日記を書いたりするやつですね。

 その派生形として、幽体離脱のやり方が載っていました。

 なんでも、こちらはリアルなだけではなく時空や空間を超えたりできる(かもしれない)とか。これを読んで私はハッ…!としました。

『これで未来に行ってロト6の番号覚えてくれば完全に当てられるんじゃね…!?』

 当時は本気でそう思っていました。水見式で水が増えるタイプです。

 といわけで、その日から幽体離脱への挑戦(という一攫千金狙い)が始まりました。


 まず、幽体離脱ちゃんねるやスレッド記事を読み漁ります。幽体離脱とは、肉体からもう一つの体(とりあえずここからは幽体と呼びますね)という、精神というか、エクトプラズムというか、人体を構成するとされているものからその部分だけを分離させ、好きに動かすことだそうです。離脱で行ける所は、こちらの世界によく似ていますが、別の次元にある場所なんだとか。

 そのスレッドのなかではなんでも、幽体離脱をして行ける世界のことを、名倉。こちらの、普段私達が生活をしている世界を渡辺、と呼ぶそうです。名倉潤・渡辺満里奈夫妻から来ているそうな。ちなみに安価で決まったそうです。

 そして、離脱した世界のなかで鏡に向かってガイドさーん、と呼ぶと、名倉世界のツアーガイド、言うなれば守護霊のような存在を呼び出すことができるそうです。

 とりあえずガイドさんと呼びますが、ガイドさんは見た目も、性格も、なんなら種族も、個人個人により全く違うそうです。見る人により外見が変わるという、天使みたいな存在でしょうか。


 ここまで来るとだいぶ胡散臭いなあ…とたぶん信じないと思うんですが、私はスゲー!マジカ!はやく名倉に行きたい!と期待に胸が高鳴りました。特に、自分のガイドさんがどんな人なのか、ぜひとも会ってみたかったんですね。


 して、ここから実践編です。

 離脱にはまずざっくりと分けて2パターンの流れがあります。リラックス→変性意識状態(寝入りばなのうつらうつらしているような、意識が名倉と渡辺の境の曖昧なところにいる状態)→離脱、となる、意識を落としてゆくパターンと、夢の中から→離脱となる意識を持ち上げてゆくパターン。

 私は主に前者の方法を試みていたので、こちらで説明します。

 基本的な流れとしては、リラックスできる体勢になり、体の力を抜いて意識を落としてゆきます。ここで、変性意識へ入るために方法①を使います。すると、金縛りが起きたり、身体が揺れる感覚がしたり何か聞こえてきたりする〘前兆〙が起きます(この前兆は人それぞれです。なにも起きないままでいきなり抜けられる場合があったりします)。

 そこで方法②を使って離脱する、という感じです。


 この方法①も②も、とても色々なものがありました。地面引き込まれ法、うつぶせ地球法、天井近すぎ法などなど名前を読むだけで面白かったです。

 スレッドにいた人々は、これらの方法を組み合わせたり、手応えがあった方法に絞って練習したり、各自やりやすいようにアレンジしていました

 私が主に使っていたのは、①として数かぞえ法、②としてローリング法または転移法です。

 数かぞえ法は、いーち、で吸ってにーい、で吐く。さーん、でまた吸って…を繰り返す方法。

 ローリング法は、変性意識に入ったら幽体をごろんと寝返りをうつように転がして抜ける方法。

 転移法は、自分の真上に自分が浮いているのを想像して、それに幽体をフワッと浮かべて移して抜ける方法です。

 転移法は、私のガワを完全に浮かべるのは抵抗があったので、顔にお面を被せたり、頭身を上げたり、適当なぬいぐるみを想像して浮かべたりしていました。


 最初のうちはまあ、行ける!と思っても普通に寝落ちして昼になっていたり、途中でトイレに行きたくなって集中できなかったり、ガチ寝じゃなくて昼寝のときに抜けやすいよ!と聞き床に寝転がるも、冬で寒くて無理ィ!と断念したりと、なかなか成功しませんでした。

 スレ民のみなさんも、抜けたけどすぐ戻されたとか、家からどころか寝室からも出られなかったなどなど苦戦している報告がよく上がっていました。

 それでもある意味お金が掛かっていたので、もう一つの体へ幽体離脱エネルギーを送るべく自分の体のまわりに白い光を螺旋状に走らせたり。夢日記も書いてみたりと地道に練習を重ねていました。

 そしてついにその日が来たのです…



 パジャマとして黒いロンTを着ていたので、春だったと思います。その日も私は離脱するべく、ちゃんとトイレに行ってからベッドに入りました。

 妙に暖かい日だったのは覚えています。

 呼吸をしつつ数えていると、ちょうどよく意識がぼやぼやとしてきたので、たまには幽体離脱っぽく、オーソドックスに頭からぬるっと抜ける感じにしてみようか。そう思い、頭部から幽体が引っ張られて抜けるイメージをしました。

 その瞬間、


 ズ ル ッ。

 え?と一瞬戸惑いました。思っていたよりも、なんだか【質感】があったのです。重量感というか。もっときれいにスムーズにスルッと抜けるのかと思いきや本当に、中身が出ている、という感覚でした。

 しかもなんだか、半分しか抜けなかったんですよ。上半身は抜けたんですが、お腹のあたりから、お餅がにゅうんと伸びるような感じでちぎれて、下半身の幽体は体に残りました。


 抜けた瞬間、寝室の色が黒っぽくなっていました。部屋の真ん中でろうそくを灯しているように、遠くに行けば行くほど暗くなる。本棚があるはずの左手の壁は、黒く塗りつぶされてなにも見えなくなっていました。

 真下にある私のベッドのなかには、黒い、ヒトガタが焼け焦げたようななにかが寝ていました。


 正直、もうこの段階でとんでもなくヒヨりました。もっとこう、小綺麗な世界を想像していたんですね。スレ民の方たちは、空を飛べた、夜空がとんでもなく綺麗だったとか、部屋を出たら白い砂浜とエメラルドグリーンの海があったとか、そんなところに行っていたので…

 あれだけ気になっていたガイドさんにも、いややめとこう、ここで鏡を見たくない、と思って洗面所に行くのは諦めました。

 それでもせっかく抜けたんだからと、寝室から窓をすり抜けて(これは普通にできました)外に出ました。


 外は、わりと地形はそのままでした。ちょっと田舎の、古い町並みです。お向かいさんとお隣さん、駐車場に停まっている黄色い軽自動車。お向かいさんちの畑と、果樹のビニールハウス。そこへ水を引くための、道の端っこの、農業用のほそい水路。いつもの近所の景色でしたが、やはり全体的に暗く、空は薄っすらと赤く染まっていました。

 特に、匂いは感じませんでした。

 それから、なんというか、画質が低かったです。

 今思うと本当に、ホラーゲームの世界にそっくりでした。グラフィックの作りがちょっとチープなタイプの、ポリゴンのギザギザ感が若干残っているホラゲ。顔を動かすと、ざらりとノイズが入ります。

 主人公などの動くものと、背景のクオリティが違うように、家や、木の質感がそれぞれ変わっていました。プレイステーション世代でしたので、なんだか懐かしい気分でした。

 しかし空気は重くてもったりしていて、体にまとわりついてきます。耳が詰まったような閉塞感がありました。


 とりあえず、道をまっすぐ下ることにしました。

 空気は質感がありましたが、体は中身がないみたいに妙にふわふわとしていました。ちょうどまあるく月も出ていたので、月で宇宙服を着たらこんなかもな、と思いました。

 三軒下の民家のあたりに、歩くほうきがいました。

 有名なアニメーションのひとつに出てくる、あれにそっくりな歩くほうきは、三体揃ってぬりぬり、ぬりぬり、とアスファルトを掃いていました。


 ほうきを見送り、そのまま歩いて行きました。途中で空を飛べるかもしれないことに気づいて、ジャンプしたり浮かぶイメージをしたりしてみましたが、初めての幽体離脱だったのでうまく体のコントロールがきかず、空は飛べませんでした。残念です。


 100メートルほど名倉を歩いた辺りから、なんとなく、胸騒ぎがし始めました。

 景色が徐々に変わってきたんです。

 道の両脇に、現実世界にはなかった針葉樹林が出現して、ざわざわと揺れ始めました。

 薄紅だった空が、どす赤黒くなり始めました。

 なのに、月明かりが強くなりなぜか、画質がきれいに整い始めます。

 まずいかもしれない。思いましたが、せっかくようやく抜けられたのに、こんなにすぐ帰ってしまったら勿体ないので、大丈夫大丈夫だと強がりながら進みました。


 家から歩いて、200メートルほどの場所でした。

 突然、ブワッ…と、とんでもない寒気がしました。

 喉から、変な音がしました。


 漫画や映画で、その時点では絶対に勝てない、登場人物よりもはるかに強い敵がいきなり出てくるシーンがあるじゃないですか。

 それか、道の向かいから来る何かが、よく見ると人ではなかったときとか。

 パッと見で弱点も、どんな攻撃をしてくるかもぜんぜんわからない外見のクリーチャーが出てきたときとか。


 まあそんなことは実世界にはないんですけど、あるとしたらまさにそれでした。

 あ、わたし死んだ。

 そんな寒気でした。


 しにものぐるいでまわれ右をして、今来た道を駆け上がりました。

 数歩、走ると景色がブツリと切れました。

 気づくと、ベッドのなかに戻っていました。

 こっちの世界、渡部に戻されたようです。


 目を限界まで見開きながら、寝室をぐるりと見回しました。本棚、シーツ、照明、青い遮光カーテン。春先の明け方の、まだ肌寒い空気が満ちていました。

 特に変わった様子はなく、いつもの、普段の私の寝室でした。

 なのに冷や汗が止まりませんでした。

 手のひらを何度も返して見つめました。

 私は本当に元いた世界に、戻ってこれたのだろうか…?










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