第2-19話 蒼穹を制せ!

 シエルの変身が終わると同時に、ナツキは彼女に手のひらを向けていた。


「あなたの魔法は


 3回魔法を見た。

 2回もその身で魔法を食らった。


 八瀬はちのせナツキには、それで十分。


「だから、どうか」


 空を飛ぶシエルが見たのは、ナツキのひどく心配するような顔だった。



 そして、ナツキの『圧縮熱光アルキメディカ』による狙撃が炸裂。

 光の速さで進む衝撃は、しかしシエルに着弾する寸前で虹の輝きを放ちながら四方に拡散していった。


「『衝撃散乱プリズム』!?」


 空を駆けていたホノカがひどく驚いた声をあげた。


「そんな高度な魔法を魔法陣も描かずに……!?」


 だが、ナツキは手を止めない。

 二度、三度目となる『圧縮熱光アルキメディカ』をシエルに叩き込む。しかし、その全てがシエルに届く前に虹の光とともに衝撃が分散されてしまう!


「ナツキ、無駄よ! あれは高度な防御魔法。自分に飛んでくる魔法とか、弾丸をいくつかの単一体ユニットして、それぞれの軌道をそらすっていう魔法なの。あれを破るには、近づくしかないわ」

「近づけば突破できるのか?」

「えぇ、あれは自分から1、2mほど離れた場所に展開するのが定石なの。近すぎると、せっかく軌道を逸したのに避けるまでの距離が足りずに被弾しちゃうから」

「なるほどな」


 試しにナツキは『雷の槍グングニル』を投擲してみたが、これもやはり同じように散らされる。


「けど向こうは暗黒期を生き延びた魔女ウィッチ。簡単には近づかせくれないわよ」


 ホノカの言う通り、シエルはナツキたちと数百mという距離を取った状態で光弾を何発か撃ってくる。それを避けながら、ナツキたちはシエルの突破方法を思案した。


「……方法が、無いことはない」


 ナツキには、ある。

 どんな状況でも、一発でこの展開を書き換えてしまう技を持っている。


 それは強大なる異能に備えるため。

 斬っても死なず、撃っても死なない異能を狩るためにナツキが生み出した1つの大技。


「どうするの?」

「『紫電一閃』を……撃つ」


 その技はホノカも知っている。


 かつて異世界で勇者だった倉芽アラタをして、その技の前に破れたナツキの持っている【剣術】の技。余波ですら、校舎を真っ二つに断ち切ってしまうとんでもない威力の抜刀術だが……それには、1つ欠点がある。


「でも、ナツキ。ヒナタを抱えて使えるの……?」


 あの技は、ナツキが1人だからこそ使える技なのだ。

 ヒナタとともに放ってしまえば、音を超える速度にヒナタの身体は耐えきれない。


「この距離だと無理だけど……近づくことができれば、斬れる」

「そう簡単には近づけないわよ」


 そういってホノカは指を指した。


「見て、あれ」


 そこには、にたりとした顔を浮かべたシエルが空に浮かんでいる。


「空中に見えない対空機雷魔法をばら撒いてる。近づいたら、ドン! よ」


 ホノカの言う通り、【心眼】スキルでナツキは見てみると……確かに空中には黒い球の範囲がいくつも浮かんでいる。あそこに飛び込めばよくて大怪我、悪くて死だ。シエルはそれを無数に周囲に展開して、己の身を守っている。


「近づけさせず、こっちの遠距離攻撃は全部無効化……ほんと、良い性格してるわ」


 そういって歯噛みするホノカ。

 ナツキはその間に【鑑定】スキルを使って対空機雷魔法を読み取った。


「……いや、まだ方法はあるぞ」

「……?」


 ホノカが首をかしげる。

 シエルが使った魔法の名前は『SAMM32』。これは対空式の感応機雷であり魔術には反応しないが、質量体が接近してきたときに大爆発を起こすという魔法なのだ。


 だからこそ、ナツキは自らの手のひらを横一文字に浅く斬った。


「ナツキ!?」

「大丈夫だ。……今から、ホノカは俺の言う通りに動いてほしい」


 ナツキの手のひらから溢れる血を心配そうに眺めるホノカだが、ナツキの言葉ではっと顔をあげる。


 そして、ナツキは短く、端的に説明すると……ホノカは嬉しそうに笑った。


「面白いわね、それ」

「……良いのか?」

「ええ。だって、とってももの」

「なら……始めるぞ」


 ナツキは溢れ出る出血を両手で握りしめると、そのまま。血液は液体だ。だが、それでも質量であることに変わりない。


 ナツキは【投擲Lv2】スキルを全力で使うことによって、血液の遠投を行ったのだ!


 だが当然、それは人に傷をつけるほどの威力はない。

 ただ、血を遠くに投げただけだ。


 だが、それが対空機雷に近づけば、


 ドォゥウウッッツツ!!!


 反応して、爆発する!


「いまだ、ヒナタッ!」

「ええ!」


 ナツキの掛け声とともにヒナタとナツキが空中を凄まじい速度で駆け抜ける。空中を紅蓮の炎と衝撃波が染め上げる中、ナツキに発動しているパッシブスキルの【ダメージ軽減Lv1】と、ヒナタの『念力PK』によってダメージを最小限に留めて……爆発を抜けた。


 そこにいたのは目を驚きに丸くする魔女シエル


「……終わりだッ!」


 それに向かってナツキが刀を振るう。

 短刀という短い刀身リーチを活かすように、肉薄したナツキが振るう瞬間、ナツキの第六感シックスセンスが激しく震えた。


 ナツキは他の異能と比べて、異能の歴が浅く……他の異能と比べて第六感シックスセンスが成長していない。だからこそ、ナツキはこの距離で初めて気がついた。


 ……おかしい、と。


 歴戦の魔女が、この距離に至るまでなんの準備もしてないはずがない。

 だが、それでもシエルは何もしなかった。


 いや、何もしなかったのではない。


 彼女はここに彼らをのだ。


「……ッ!」


 だが、気がついたところでもう遅い。

 振るしか無い。剣を振るうしか無いのだ。


「ざんねぇん」


 だが、剣が届くよりも先にシエルの手のひらが刀を受け止めた。

 ぐにゃり、とシエルの腕が軟化して肉の海に刀が溺れていく。


 それにナツキは目を丸くした。

 固いものは斬れる。ただ堅牢なだけならいくらでも斬り方はある。


 だが、柔らかいものは……ッ!


「さぁ、墜ちて。……『指向衝撃ソニック』」


 バァンッ!!!


 と、音も無くナツキたちの身体が吹き飛ばされて……その瞬間、ナツキの身体を覆っていた『念力PK』がなくなった。


 そして、重力という巨大な手に掴まれると2人の身体が落ちていく。弾かれたようにナツキが隣を見ると、ヒナタの首がぐったりと力無く倒れ込んでいた。


(さっきの魔法は、ヒナタを狙ったのか……ッ!)


 自力で空を飛べないナツキを見て、シエルは最初からその足を無くすことを考えていたのだ。


 思い返せばシエルはナツキたちの情報を手に入れていた。だから彼が近距離を得意とすることを見越していたのだ。そして、自分が遠距離攻撃を無効化できる魔法を持っていることから、最初からナツキだけを排除することを考えていたのだ。


 ナツキを落とせば、ヒナタにもホノカにもシエルを追い詰める手法はない。

 それを、知っているからこそヒナタを気絶させた。


 この領域でナツキを排除するのに、ナツキを倒す必要はないのだから。


得意な距離ゼロレンジでやられる気持ちはどう?」


 そう言いながら、落ちていくナツキをシエルが嗤う。


 その顔はまるで愚かな人間を嗤う悪魔のようで……、


「いいや、俺たちの勝ちだ」


 刹那、ばっ! と太陽が陰る。


「……ッ!?」


 弾かれたようにシエルがそちらを見た。

 無論、そこには魔女ウィッチが空を駆けている。


「……こっちは囮!?」

「『穿ち抜けU』ッ!」


 キュドッッッ!!!!


 ホノカの得意とするルーン魔術。その中でも最も近接の威力に優れた魔法の砲弾が、余すこと無くシエルを捉えると……放たれたッ!


 そう。最初からナツキたちは囮だったのだ。

 シエルは熟練の魔女ウィッチ。ならば、ナツキが近距離に近づいてきた時点でナツキの足を止めようと動くなど少し考えれば誰でも分かることだ。


 だから、シエルが警戒するのがナツキであることなど……既に、3人とも気がついていた。


 そして彼らの予想通り、シエルはナツキを警戒し、ヒナタを落とした。


 だからこそ、シエルは気が付かない。

 空からやって来るもう1人の魔女の存在にッ!


「ふぅん」


 しかし、ナツキはそれでも聞いた。

 強化されている聴覚で、聞いてしまった。


「中々やるとは思ってたけど、この程度かぁ……。残念だなぁ」


 シエルの手には、一枚の鏡が握られている。

 その鏡の中心には虹の輝きを放つ何かが留まっていて、


「……『反射鏡アルバニクス』ッ!?」


 ホノカの目が、驚愕に染まる。


「はい。私の勝ち」


 ぱっ、と光が鏡から放たれた。

 それはホノカが撃った魔法


 まるごと魔法を返されて、ホノカの身体に魔法が直撃……するよりも先に、ナツキの声が響いた。


「いや、俺たちの勝ちだ」

「……ッ!?」


 シエルが首だけでナツキを見る。

 そこには使空を駆けるナツキがいて、


「なんで、空を……ッ!?」


 一筋の雷が、空を駆け抜けた。


 腕だけを雷撃に変換し、電磁誘導で加速したナツキの腕から放たれた片腕の『紫電一閃』は、『反射鏡アルバニクス』を抱えたまま何も出来ないシエルの身体を削り取るッ!


「……囮は、2段構え……ッ!」


 シエルがナツキたちの作戦に気がつくがもう遅い。

 既に彼女の身体は『反射鏡アルバニクス』ごと両断されているッ!


「これは流石に……」


 そして彼女は両断されたままぐったりと脱力すると、


「……やられたね」


 自分で作った蒼穹の底にと……落ちていった。


「やったわね!」

「ああ、俺たちの勝ちだ」


 そして、2人残ったナツキとホノカはハイタッチ。


「最初から最後までナツキの作戦通りに進んだわね」


 そう言うと、空飛ぶ魔女は微笑んだ。


「ホノカがタイミングを合わせてくれたおかげだよ」

「ふふっ。こうして仲間で戦うってのも悪くないわね」

「そうだな」


 ゆっくりと薄くなっていく『シール』の中で、ふとホノカは気になったことをナツキに尋ねた。


「そういえば、それどうやって浮いてるの?」


 なんと彼は何もない空間に彼は立っているではないか。


 ナツキの足元には波紋が広がっており、何らかの魔術かスキルで飛んでいるのだろうとホノカは予想を付けていたが、そんなスキルを持っているなら最初から使えばよかったのに……と思ってしまう。


「これは【空歩】っていうスキルだよ。頑張ってそのまま飛んでさ、それで『クエスト』をクリアして手に入れたんだよね」

「へ、へぇ……」


 多くの異能を見てきたホノカも、ナツキの言葉には流石にそう返すしか無かった。

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