地獄にいちばん近い酒
シズクに癒され伊澄にモヤモヤさせられつつ、気づけば次の日になっていた。
午前1発目の授業が終わったタイミングでスマホを開くと、普段は企業アカウントからのお知らせアプリと化しているラインに着信がきている。えっ誰誰不穏……
「い、伊澄だ………。」
なんだなんだ、そりゃ近いうちに会ってこの前のことを説明したいと思ってはいたが…。ここまでアクション早いとはしかも向こうから来るとは想定外で過呼吸なんだけど…。
『昨日はごめんなさい』
『私もごめんね』
『会って話せますか?』
『大丈夫ですよ。いつがいいですか?』
年下にどんなテンションで返すべきか休み時間ギリギリまで悩んだ挙句、自動返信的な文面になってしまったが、伊澄も負けず劣らずだ。お互い固い口調でとりあえず今夜集まることになり、私は過呼吸気味のままラインを閉じた…。
・・・
シズクに『野暮用』として留守番を頼み、我々は前回も集結したカフェの個室に集まっていた。
『夜はバー化』というシャレオツカフェの習性に則り、チルくてコージーな雰囲気が伊澄にとてもよくお似合いの…お察しの通り、私にとっては完全に亜空間だ。今夜も亜空の使者・伊澄の威を借り、どうにか入店した次第であるが…
席に着き一段落した所で、伊澄の表情がやにわに険しくなる。
「…昨日はすみません。」
「あ、えーっと…私もごめん。」
謝罪しているのはもちろん、無自覚とはいえ伊澄に人違い状態で迫ってしまったことだ。しかし、伊澄は軽く首を振って言葉を続ける。
「助けてもらった上でキレて追い出すとか、本当子供っぽかったなって。」
「いや、そんなことないよ…ていうか、そっちこそ私の事怒ってるでしょ。」
「怒ってるっていうか…正直、『おじちゃん』が気になってしょうがないです。その人について教えてもらえませんか?」
「話すよ、そのつもりだったし。」
私は伊澄に『おじちゃん』とは失踪した育ての親であり、失踪からすでに20年近く経っていること、そして私自身が心のどこかでおじちゃんを追い求めているのかもしれないと考えていることを伝えた。
・・・
「そんな事があったんですね。」
「うん。割と壮絶ってか凄惨でしょう、私の過去も。」
「…先生とお揃い…」
「いやそこ?ってか何で喜んでんの…」
というかというか、と私は仕切り直す。
「あのー、それと。昨日の私の所業は……できるだけ早急に忘れて欲しい。自我を失ってたとはいえ恥ずかしすぎて、生きてゆかれん。」
「いや……忘れれるかな…。」
「どわぁ尾ぉ引いてる…!!口先では許しつつ心の底でまだ憎んでるやつ……!!」
心の声ダダ漏れでビビり散らす私に、伊澄はいや、と片手を前に出し制止する。
「怒ってるとかそういうんじゃないです。」
「そりゃビックリしたよな怖かったよな?肉食アラサーおばさんとか、恐怖でしかないトラウマもんだよな??」
「そりゃびっくりはしましたけど。忘れれないのは、なんて言うか……エロかったんで。」
伊澄は言いつつ、恥ずかしそうに手で口元を覆った。案の定耳が赤い。
「とにかくもうああいう事は!しないつもりですので!!ご協力下さい!!」
「……。」
伊澄は返事するでも目を合わせるでもなく、どこかつまらなそうに水を口に含む。何か言いたそうなのは分かるが、突っ込まない、突っ込まないぞ……。
「…先生は嫌でした?俺に迫られて。」
「えっ?あー…。」
正直言って、正気を失ってたとはいえ嫌ではなかったしむしろ…という感じだ。伊澄の経験が豊富すぎて、経験が浅すぎる彼氏無しアラサーには効果絶大だっただけだろうか。
「やっぱ物足りなかったですよね……すいません正直あの瞬間、日和りました。次は最初からもっと気合い入れて、ガチのやつ…」
「うわあああそうじゃないからっ!!ガチのやつとか怖すぎる!!正直前回のも全然ガチだよ!!」
伊澄は私の反応を楽しみつつははっ、と笑う。いかん。このままでは完全にヤツのペースに飲まれる。いつもいつものことではあるが。
発注した料理をもそもそ食べているだけではいよいよダメな気がしてきたので、無理やりにでもイニシアチブを取らねば……!!焦った私は、勢いよくメニューを手に取った。
「せ。せっかくだし先生、お酒頼んじゃおうかなっ!」
「…大丈夫なんですか?」
「大丈夫?何が?」
「いや…多分ですけど、悲惨な未来しか見えない気がして。」
「何言ってんの!大丈夫大丈夫w(多分だが)」
・・・
勢い勇んで発注したハイボールを飲み干してから数分後。私はしっかり酔っ払いの最終進化形態へ進化(退化とも言う)を遂げていた。
「伊澄君ってさあ~ほんっと可愛い顔してるよねぇ~~~www店員のオネエチャンも、君のことチラチラ見てたぞぉwwww」
「…昨日人に偉そうな事言っといて、自分が酔ったらどうなるか全然分かってないですよね??しかもセクハラする酔い方とかこのご時世一番ヤバいですよ。」
「はぇー知らんかったサンガツ!!いずみんもふもふ!!!!(ガッシ)」
「……勝手に頭触るのやめてね?一緒にいたのがいずみんで本当助かったね??」
ハイボール1杯で自我を喪失した私には、その後待ち受ける恐ろしい運命を知る由もなかったのだった……
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