激白!-Duel-

側頭部とハートを痛めた私を乗せ…

結局何も話せぬまま、車は止まった。




「…なんとなく海に着きました。下りますか?」


ただただ硬直していたので気付かなかったが、海だった。


「あっ、好きなの?」


「???」




『海が』好きなのか聞いたつもりが、慌てて変な聞き方になっちまっただ…


が、伊澄もぴくっと動きを止めるという謎のリアクションを取ったので、車内は妙な空気につつまれる。




「あ、いや…『海』好きなのかなって。」


「あー…好きでも嫌いでもないです。


…すいません、さっきのは忘れて…ください。」




伊澄は耳まで赤くし、ハンドルに顔を隠している。




え…なんだこいつ、もしかして私の『好き』に反応して…?




か………可愛いでやんの!!!(笑)




今まで生意気&ミステリアスな存在だった伊澄が、急にただの大学生男子に見えてきた。


と同時に、これをダシにからかってやりたくなる。




「私は海『大好き』かな〜…


あと、伊澄君の運転も『好き』だわぁ〜…」



しまった、思いっきり『勝ち誇った感』がにじみ出た。失敗だ。



伊澄はしばし硬直していたが、急にとろけるような笑みを向けてきた。



「『運転』褒めてもらえて嬉しいです…


僕も素直に褒めてくれる先生が、可愛くて『大っ好き』ですよ?」




ズギューン。胸に何かが刺さる音がした。


 

いや、女なら誰でも確実に刺さるのだ。回避不可なのだ。



この野郎は報復とばかりに…『こんな表情もできるのか』と言いたくなるほど無邪気な笑顔で、確実に意図的に『甘々溺死』させにかかってきやがったのだ。




と思うと瞳に力を込め、見る間に車内の空気がアダルトに変わっていく。




う…やばい、この男から目が離せない。


…このままでは持っていかれる!!

撤退!白旗白旗!!




「ううう、海!行こう!早くっ!」




レク○スからの脱出を図ると、伊澄はむ…と唇を噛み、すぐ後を追ってきた。





フワーッ!あぶなかったァー!!


なになに、あの子もしかしてエルフの末裔?『テンプテーション』スキル発動した??

そういや眉目も秀麗だし…弓とか持たせた方がいい????




・・・・

・・




そうこうしているうちに、あっという間に海辺に出た。



「…わー海だー。」



「海ですねー…って、全然テンション低いじゃないですか。確実に好きじゃないでしょ。」



伊澄にしっかり指摘された通り、じつは海は割と苦手だ。



「んー、だって海に入ったら全部もどってこなくなる感じするじゃん。大事なものがさ…。」



ちょっとセンチメンタルな事を言ってしまったが、これは昔から抱いている気持ちだ。



「あー広くて大きいですしねえ…。」



やる気のない返答に、私はため息をつく。



「君も大概…海に興味ないねえ〜。」


「先生にしか興味ないんで。」


「そうかあー…。」



この子はまた性懲りもなく…。照れ隠しにうつむくと、伊澄は急に距離を詰めてきた。




「毎回そうやって逃げますね。」


「え、逃げてないよ…。」




じり、と後ずさりかけた足を見て、弁解の余地がないことを悟る。



「逃げてます、ごめんなさい。」


「…やっぱり、僕が怖いですか?」


「えっ怖くはないけど…。」



夜でないからか、伊澄に対する恐怖は全くない。

本心から出た言葉だったが、伊澄の表情はくもったままだ。




「じゃ、なんで僕に向き合ってくれないんですか。」


「それは…伊澄君は若いし、私なんかじゃ釣り合わないからっていうかさ…。」




これもまた本心だが、伊澄は『嘘』と言って私をさえぎる。



「『私なんかが』じゃなくて、単に『僕が』嫌いなだけ。


それを別の理屈で誤魔化してるんですよね。」


「違うって。自信がないんだって…。」


「じゃあ自信があったら受け入れてくれるんですか??」


「ちょっとまって、一旦落ち着いて!!」




伊澄ははっと我に返り、『すみません』と小さく謝った。



それでも、人からここまで真剣に『向き合ってほしい』と言われるなんて。



私もせめて、今思っている本当のことを話そうと決めた。



「こんなこと言っても困らせるだけかもしれないけど、今私が伊澄君に対して思っていることを伝えるよ。


じつは私も親がいないんだけど…それもあってか、


ここ数日で伊澄君の気持ちが分かったような気になっちゃうときが、いくつかあってね。


それで勝手に、『あー、私もそうだった』とか胸がギュウッとして。


そのたび、『力になれたらいいのにな』なんて思ったりする。


恋愛感情ではないんだけど、…少なくとも、君に興味はあるんだよ。」



困った顔をすると思ったが、伊澄の目にはなぜか涙があふれている。



「あなたのそういう所が、どうしようもなく僕に刺さるんです。


あなたじゃないとダメだって本当にそう思わされる。好きだ、僕だけのものにしなきゃ、って焦る。


…もう黙って僕のものになればいい。」



伊澄の怒ったような悲しいような顔から、ほろほろと涙が落ちる。


それを見たとたん、また胸がギュウッと締め付けられてしまう。


「まあまあ、落ち着いて…。」


頬の涙を拭ってあげようと手を伸ばしたら、伊澄は急に私を抱き寄せた。



「子供扱いすんな。俺らちゃんと『大人同士』だよ。」


「っ…。」



かんしゃくを起こした子どものような顔…のはずなのに、その目があまりにも力強く、そして色っぽくて、目がそらせない。


息のかかる距離で見つめあいながら、どれくらい時間がたったろうか…


そんなとき、突然女性の声が我々の耳をつんざいた。



「あのっ…びしょ濡れの方が、お探ししてますっ!!」


「「…?」」



顔を見合わせて声の主を見やった我々は、そこに両足をふんばり拳を握りしめた姿勢の見知らぬ女性を見た。


その姿勢たるやまさに、『好きだー!!!』と叫ぶ人のものだった…ってかここ、海だし。


完全にあっけに取られた我々を残し、見知らぬ彼女は直角のお辞儀をキメてどこかへ走り去る。



「びしょ濡れの人…?」



伊澄がつぶやいたと同時に、遠くから誰かが疾走してくるのが見えた。


だんだん近づいて来るにつれ、あの髪型そして水で変色した見覚えのあるTシャツは………ああ、我がペットのお魚…!



女性の言う通り全身びしょ濡れのシズクが、息を切らして現れたと同時に私は彼の前に飛び出していた。



「シズクどこから…っていうか、ってか、なんでずっと…


なんでずっと人間にならなかったの!?」



はあ、はあ、と肩で息をするシズクは、汗か謎の液体か分からない何かを全身から垂れ流しながら言った。



「…俺はもうあなたの役に立てないんですよ。」


「どういうこと…?」


シズクは顎に垂れた水滴をぬぐいながら、苦しそうに言う。



「”口移し”…できなくなっちゃってて。」


「…。」



あ、そうだった。コイツ、私のこと嫌いになってたんじゃ…


昼間思い出してまた忘れていたはずの黒歴史が脳裏にフラッシュバックする。同時に口から勝手に言葉が滑り出る。


「ごめんねごめんねごめんねごめんねごめん…」


「はっ??いや、ま、マキさんは悪くないって!!…原因は俺にあって…」



シズクは意を決したように、目に力をこめた。



「俺、マキさんが好きになってしまったみたいなんですよ。


”口移し”できなくなったのは、単に変に意識してしまったからで…


それでいまは、マキさんが好きだから、追いかけてきました。」



「…」「……」



私も、隣の伊澄も何も言葉を発さないまま数秒が経過した。


……伊澄は、何を思ったんだろう…。自分の感情がごちゃついて精いっぱいで、彼の顔は見れない。


立ち尽くす2人を置きざりに、シズクはぐしゃぐしゃ頭をかいている。



「嫉妬で気が狂いそうなんだよ、俺もう分かんねぇよ、人間でいていいのかとかもさあ…。」



シズクが魚のままの時の孤独が頭をかすめ、私はとっさに口をはさむ。



「人間でいていいかなんて、そんな事言わないでよ…?」


シズクの暗い目が、静かに私をとらえた。


「あなたを女性として見ててもですか?」


「それは…それは、だめだよ…ペットだもん「じゃあだめじゃん。」」



シズクは言葉を重ねてきた。


でも、人間でもいてほしいのは事実だ。



「でも…でもどうしたら…うわあああ…。」



シズクは呆れ顔で返してくる。



「どうしたらって。マキさんが俺を男として見たらいいだけの話でしょ。」


「いい加減にしてください。」



そこでようやく、伊澄が口を開いた。



「…後から割り込んできて何なんですか?先生も先生ですよ。本当…。」



伊澄は静かに、でも明らかに…バチ切れている。もう殺気でわかる…。


どうやら同感らしいシズクが静かに息を呑んだ。



「…さらっと告白終わったところで申し訳ありませんが、僕も『マキさん』の事好きなので『ペット』のあなたは諦めてください「誰が諦めっか望むところだわ、へっ、変態野郎めっ!!」」




シズク…恐怖が拭い去れず、最後声震えてるよ……




っていうかこの構図、もしやトライアングラア………??????




とんでもねえ事態がうっすら掴めてきてしまったところで、突如伊澄が地獄のターンを振ってくる。




「先生、今日どっちと一緒にいたいですか。」


「はへ??」


「マキさんそりゃもちろん俺ですよね?あいつ、相当変態ですよね??」



シズク肩つかんで揺すぶるのやめて!!あと伊澄、目怖いって!!むしろ何か言って!!



思考回路が焼き切れた瞬間、私は絶叫していた。




「私…ずっとみんなでいたいっ!!」



「…。」「…。」「……。」




ザアア…という波の音がやけにでっかく聞こえる。スベったわ。



でもこれが私の、コイン百万枚ベストアンサーでもあるんだわ………!!!!!!



あまりの羞恥に入水して沖まで流されようと決意した瞬間、伊澄がつぶやく。



「…じゃあ『ペット』も一緒に、うち来ます?」


「「…。」」



伊澄の目はどこまでも静かで…えっこの子どうしたの急に…?




「マキさん、今何か俺、とんでもないこと聞いた気がするんですけどもしかして、マキさんも?」


「…同感よ…。」



チーム前田家が作戦会議をおっ始めた瞬間、伊澄はさらに畳みかけてきた。



「この前泊めてもらったところだし、かつ僕も先生とペットの方を2人にしたくない、特に今日は。…だめですか?」



伊澄の目が、真剣に私を見据えた。そんな目をされたら…


ここで彼の申し出を断れば、勇気を出して告白してくれた事に対してあまりにも、不誠実だ。


それにこのままシズクと2人で夜を明かすのはなんだか気まずい…。私はぐっと伊澄を見据えた。




「ま、マキさん?」「シズク、これは私と伊澄君の問題でもあるから。」



シズクは言葉を飲み込み、うつむく。



「じゃあ今日はとりあえず、伊澄君ちにお世話になりましょう。」




いや、状況が状況っていうのもちろんあるけどなんか私…




信じられないこと言ってるーーー!!!!!!





こうして我々3人は伊澄の高級車に乗り込み(伊澄はシズクの乗車に終始不服だったが)…


伊澄くんちで『お泊まり会』を爆開催することになっていたのだった…。

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