9.何でも知ってる
イリス
————
啖呵を切って部屋を飛び出して、そのまま皇城も後にしてしまったけど、これからどうしよう。
正直なところ、アイツに次々に指摘されたダメ出しがかなり響いていた。
それでも……言われた事を全部こなしていけば、適切に処理してもらえるって事なんだろうか?
アイツの性格からして、ただ私の
それに、これは私の青春、騎士学校時代の友だちのタメでもあるのだ。
そんなにしてまで肩入れしてどうするって、言われそうだけど、騎士学校の訓練は並大抵のものじゃなかった。
女子にとってそれはすっごくハードだったけど、共に乗り越えた絆は一生消えることはないし、彼女たちは異様に義理堅い……と私は信じてる。
それに、一度始めたことは、最後までやり遂げないと自分に対する嫌悪感でどうにかなってしまいそう。
まず始めるならヤツの言ってた通り、多くの女騎士の子たちに会って、パワハラ、セクハラ、理不尽な思いをしている実情をできる限りたくさん洗い出すこと。
それができる場といったら……
この間のエミリアお嬢様の婚約パーティーと同じ、女騎士の空き時間・舞踏会のダンスタイムだ。
そこに乗り込むためにはどうすべきか……
一番最適で不自然でない方法は、ヤツのパートナーとして参加することだった。
だけど、さっきの一件からヤツと顔を突き合わして、すぐに話をするのはためらわれた。
さすがに、あの痛々しい青紫色のアザを見たら放っておくこともできなくて、真面目にこの2、3日手当てに通ってたけど、もうだいぶ色も薄くなって良くなってきてたし、今日からはもう行かないことに決めた。
それからしばらくして、月に何度か家族の元に送っている手紙を郵便局に持っていくために、お屋敷から出掛けようとした時だった。
「イリス、これからエミリアとカフェ・シガロに行くことになったんだけど、あなたも郵便局に行った帰りにそこに寄ってくれる?」
「ええ! いいんですか!? 行きます!」
カフェ・シガロは帝都にある老舗のティールームで、私はそこのチョコドリンクが大好き。それにエミリアお嬢様と、そういった外のお店に行くのも初めてだ。
私はウキウキしながら、郵便局の前から乗り合い馬車に乗って帝都まで来ると、お目当てのサロンに立ち寄った。
「イリス・ミルーゼ様ですね。お連れ様がお待ちです、ご案内いたします」
小綺麗なウェーターに先導されて店の一角に向かった時だった。
これは、ものすごいデジャヴを感じるんだけど……
一つに束ねられたサラサラそうに見える髪の毛、あの後ろ姿、そして近づくほどに徐々に変わって見える顔の角度。
その時、私は完全に悟った……
はめられたんだ、奥様に。そしておそらく、ヤツは旦那様に。
「お連れ様がお見えになりました」
ウェーターは何の疑問もなさそうに座っているヤツに一礼すると、前にある椅子を引いた。
ここで喚いたりするのも大人気ないので、私はその引かれたイスの前に平常心を装って、腰を降ろした。
ヤツは片肘をテーブルについて、手のひらで額を抑えて、顔をしかめている。
どうしよう……すっごい、すっごい沈黙だ。
めちゃくちゃ気まずいヤツだ。
これは、もう、
コイツを無視して、この評判のお店のメニューを楽しもう!
私はメニューリストを取り寄せようと近くにいたウェイターに合図をしようとした。
のだが、私が合図するより前に彼はこちらに近づいてきた。
??
「チョコレートドリンク、クリームいっぱいにさらに刻んだチョコレートを振りかけてスティックをさしたやつと、紅茶を一杯。あとはケーキの盛り合わせと、サンドイッチ」
ヤツが注文を始めた。
今、チョコドリンク頼んだよね? こんな所にヤツが来たことがあるとは思えないけど、コイツも私と同じものが好きなの?
「ふん、さっさと出て行きたい所だが、予約までされてる上、注文もしないのは失礼すぎるだろ」
あ、そういう事ね。コイツもなかなか常識的な所があるんだ。
結局その後も沈黙が続いて、ドリンクが運ばれてくるとヤツは紅茶を取って、チョコドリンクの方が私の目の前に置かれた。
あと、私のお給料だと手が出すこともできなかった、3段重ねのケースに並べられたケーキの盛り合わせも運ばれてきた。
嘘でしょ……
ま、まさかヤツが、私に注文したっていうの!?
「お前、それ好きだろ? 食べないのか?」
やっぱり、そうなんだ…… なんで?
「なんで、私のことなんて何も知らないのに…… どうして、好きだってこと……」
「俺を誰だと思ってるんだ。イリス・キャンベル・ミルーゼ 20歳、8月22日生まれ、O型。ペントナン地区の男爵家の次女、子どもの頃の愛称はイリー。好きなのは色ライトグリーン、甘いもの全般。中でもチョコは一日中食べていられる。チョコドリンクは特に気に入っており、このカフェ・シガロのものをこよなく愛す。12になる歳に騎士学校へ入学。体力はあるものの、直感的に行動するため、戦略を立てたり、理論的に動くことが不得意。指揮系統を無視して突っ走ることもあり、集団の秩序を乱すことがしばしば。ちなみに、初恋の相手は執事の息子のディズレイ・オスマンだが、メイドに想いを寄せていることを知らずに告白し振られる。最近の追加項目は怪力、格闘技と応急処置が得意。あとは……」
「ちょ、ちょっと……もうやめてーー!!」
周りの人たちがこっちを振り返って見てるのも構わずに、思わず叫んでしまった……
ホントにホントに、キモすぎる!!
何でディズレイのことまで知ってんの?
ここまで調べ上げて暗記までしてるなんて、これはキモいを通り越して変態だ。
完全に取り乱してしまったけど、目の前にあるドリンクやケーキ達に罪はない。
私は今の出来事は無かった事にして、美味しく頂くことにした。
アイツは椅子に斜め横に腰掛けて足を組んだ状態で、紅茶を飲んだり、サンドイッチをむしゃむしゃと食べている。
3つ目のケーキに手を付けた頃には、私は何をしなければならないか思い出していた。
舞踏会のダンスタイムに女騎士友達に会って、皇城に出す資料を集めるために、ヤツのパートナーとして参加したいと頼まなければいけない、
ということを……
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