6.寝室

イリス

————

立ち姿の記憶がないのが残念すぎたけど、お嬢様の最強レベルのおめかしをこの目に焼き付けることができた私にはさらなる試練が待ち受けていた。


「お前は帰ったら、坊っちゃまの寝室へ行け」


あのシスコンからのダンスエスコートを受けることに失敗し、自分自身で予期してた通り無理難題を団長より課せられたのだった……


お嬢様がなぜか婚約者殿に抱きかかえられたまま、旦那様も交えて何名かで椅子を丸く並べて座談会を始めた頃、あの男は立ってるのもツラいと帰宅することになった。


むろん、私もその帰りの馬車に同乗させられた。



ラドルフ

—————

まじで、まじで痛い。

明日、医者を呼んで診てもらわんとマズいな。


しかしあの女、怪力だけじゃなくて格闘技も得意なのかよ。


やっぱり騎士女をめとるのは間違いなんじゃないか?

これじゃあ命がいくらあっても足りないだろ。


やっと自宅に着いた。

これで今日はコイツとおさらば、せいせいする。


階段を昇ってるところで、あいつはどこか別の場所へ移動していった。

婚約した身とはいえ、一応主人には変わらないというのに挨拶もしないとは、失礼すぎるだろ。


ああ、ズキズキしやがる。

横になっても寝付けるかどうか……



イリス

————

あった、これとあれを持って、よし準備はこれで万端。


うあぁ、こんなこと上手く行くかな……

正装姿じゃやりずらいから、着替え終わった所を狙って行かなきゃならないし。


ああ、緊張してきた。

嫌だよ、嫌だよ。アイツのあんな場所、見たくないし……


だけど、今度こそ、今度こそ、今度こそ、失敗は許されない。


私は意を決してアイツの寝室へ向かった。



ラドルフ

—————

自室に戻りひと風呂浴びて、さて寝るかと思ったところ、ドアがノックされた。


誰だ……? 父上も母上もエミリアも帰ってきた気配がないから家族ではない。

使用人か? それだったら、ノックした後にすぐ用件を言うはずだ。


かなり嫌な予感がしたが、さっきよりも大きくノックが鳴るので仕方なくドアを開けた。


……は?

こいつ、何しに来た?


「……お、お怪我の手当てに参りました」


いや、別にそんなのお前にやってもらわなくてもいいし。


追い出して、ドアを閉めようかと思ったが……


さっき会場で腕を組んで歩かされた時みたいに顔が青ざめ、目が死んでやがる。


逆らってまた暴力を振られないとも限らない……

しかも、この部屋には誰もいない。

最悪な場合、命の危険すらはらんでる。


ここは、おとなしくしておこう。


「おう、それは助かる。頼む」


俺はヤツを自分の寝室に招き入れた。



イリス

————

思ったより、すんなりと中に通された。


嫌だよぅ……よりにもよって初めて入る男の寝室がコイツなんて。


「じゃあ、そこに座って下さい。お背中の様子を見ますので」


ヤツはベッドの縁に足を組んで腰掛けた。

薄い布地の寝間着を身につけた格好で、背中を向けている方に私も腰掛けた。


はぁ、1日の最後に目にするのがコイツのなよっちい背中になるなんて、最悪。


一瞬ためらった後、私はヤツの肌に触れないように寝間着の端をつまんで恐る恐る上にめくった。


あ……れ……?


なんか思ったより引き締まった体してない?

ちゃんと鍛えてる人の筋肉のつき方してる、細マッチョ体型だ。


私はいつもお嬢様か奥様にしか付いてないから、旦那様やコイツがいつも何してるのかよく知らない。

皇城に勤めるのも意外と体力が必要で鍛えてるんだろか。


それにしても……左の腰上に青紫色のアザが痛々しげに広がっていた。


私は持ってきた薬草をすり潰して、それを塗った布をそのアザの上に貼り付けた。


騎士学校でやった応急処置の授業、ちゃんと覚えてて良かった。


ちょっと、待って。

ヤツのお腹に手を回して包帯を巻かないと、この布を固定できなくない……?



ラドルフ

—————

この不器用そうな女に手当てしてもらっても逆に症状が悪化しそうだな。


そう思いながら背中を丸出しにしていると、なんだかヒンヤリした物がズキズキと痛む患部に押し当てられた。


これは……結構、気持ちいい。

スースーしてきて、あんまり痛みを感じなくなってきた。


ふーん、怪力に格闘技に治療が得意ね。

コイツのマニュアル本の項目に追加しておこう。


そんな事を考えてると、腹のあたりがゴソゴソし出した。


「ラドルフー? お前、怪我をしたんですってー? 明日医者に診せるから、どうなってるかちょっと見せなさ……あなた達、何してるのーー!?」



イリス

—————

仕方ないからヤツのお腹に手を回して包帯を巻こうとしたら、すごい悲鳴みたいな声が上がって後ろを振り向くと、そこには奥様がいた。


「あなた達、婚約が決まった途端に……」


奥様は驚愕した表情で固まった格好のまま、後ろに後ずさっている。


「奥様! 違うんです、これはお手当をしている所で……」


「母上、変な誤解をしないでください」


私とほぼ同時にコイツも声を上げ出したけど……


奥様は少し呼吸を整えて言った。


「いいのよ、いいのよ。旦那様がまた強引に押し進めたからお前達には可哀想なことをしたと思ってたんだけど……


何の心配もなさそうね♡ 


近いうちに結婚の日取りも決めましょうね~」


やめて! 奥様お願いだから、せめて婚約のままにしておいて!!



こうして、こうして……私の長かった1日は終わりを迎えたのだった。

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