4.言い訳の口実

ラドルフ

————

なんなんだ、アイツは?

父上の顔を立てるためにこっちから気を利かせて誘ってやったっていうのに、完全にスルーしやがった。空気を読みやがれ。


ああ、いかん。いつものクセで目の前にいる人物のデータ検証が始まった。


女騎士の群れの中にいるあの婆さんは、テドロ公爵家のフィオルダ前公爵夫人。


もう年だし旦那の公爵が亡くなって息子が家督を継いでからは殊更ことさら、社交界には滅多に姿を現さなくなったが、さすがにヘイゼル公爵家からの直々の招待を受けてのお出ましか。


表には出なくなったとはいえ、テドロ家の中での発言力は強く、現当主でさえも逆らえないと聞く。

まあいわゆる一種の老害だな。


ちなみに、騎士もどき女 (イリス)に真っ先に声をかけてきた同級生とかいう女騎士は、あの婆さんの孫娘に仕えてる。


「まあ、地味なドレスだこと。ロザニア、お前はこんな家門の娘と知り合いなの?」


あ、騎士もどきが槍玉に挙げられてるな。

ふん、いい気味だ。


「彼女は私の学生時代の友人のイリスです。エスニョーラ家の騎士団に所属しています」


「んま! 騎士が貴族の真似事ですか? それとも、旦那様か御子息の妾でもやってるんじゃないかしら。昔はそれ目的で騎士になろうとする女がいたくらいだもの」


そういえば“貴婦人以外に仕えてる女騎士=男の妾”そんなような古臭い固定概念があったな。

エミリアもその馬鹿馬鹿しい言い伝えのせいで皇女を怒らせたんだった。


しかし今のはあのババア、うちの家門そのものを馬鹿にした物言いか?

だとしたら、ただじゃ済まないが。


「こんな下劣な娘と付き合っているとお前たちまで感化されてしまいますよ。あちらへ参りましょう」


パタパタと扇子を仰ぎ出すと、婆さんは年増の女騎士と、若い方の女騎士を引き連れて去っていった。



「あのう、もしやエスニョーラ侯爵の御子息では?」


あん? 声を掛けられ見ると、小太りな男とエミリアより少し年上に見える令嬢がいる。

これは、面倒臭いパターンじゃないのか?


「ああ、そうだが私はあちらに用があるので……」


「やはり! まだ御子息には良い方がいらっしゃらないとお聞きしています。ぜひうちの娘とダンスを……」


やっぱり来たか。

いつもだったら声を掛けてきそうなのがいたら先回りして逃げるのに、今回はさっきの騒動のせいでタイミングを逃した。


どうする、ここで慌てるのはスマートじゃないな。


「連れがいるので遠慮させていただく」


まあ、アレをそう呼ぶのは断じて認めたくないが、嘘ではないし。


なんだ……? 父親の方は口を開けてカタカタ震えながら固まってコッチをみてやがる。

全く失礼な野郎だな。

あの男のマニュアルの家門に今のは追加しておこう。


「あなた様はエスニョーラ家のラドルフ様では?」


はぁ……今度は背後からか。


見ればキツそうな顔した縦に髪がクルクルした令嬢がいる。

これも面倒臭そうな奴だな。


「麗しい妹君に負けないほど、精悍で素敵な方ですわ。わたくしと一曲踊って頂けないかしら?」


エミリアのことは当然だが、ふん、後者については心にもない事を抜け抜けと言えるもんだ。

しかし、さっきの一言は効果があったと考えて良さそうだな。


「申し訳ないが、連れがいるので遠慮させていただく」


この令嬢、目を細めて顔つきが一瞬だけ変わった気がするが……


「まあ! それはそうでしょう、皆様パートナーとご参加されているんですもの。その口実は断り文句にはなりませんわよ」


誘ってるんだかケンカ売ってんだか分からないヤツだな。


ここは思い切って1つ強烈に壁を作るしかないな。


「私にはフィアンセがいる。それ以外とそういう事はしないと決めているので、失礼させていただく」


お、目を見開いてさっきの男と同じようにカタカタ震え出した。

そのまま何も言わずにどっかに駆けて行った。


どうせ社交の場で形だけ取りつくろえばいい訳だし。

この口実、使えるな。

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