35
「ッらぁ‼︎」
「⁉︎」
私は後ろ手で隠していたねじ回しを一閃。
……一閃?
サッと男の頬に一本の線が走り、一拍置いてその線が赤く盛り上がり血が滲み出す。
が、それだけだ。
目にはまるでダメージを与えられなかった。
そうだ。狙ったのは彼の目玉だ。
そこに私のねじ回しを、
突き刺さしてやるつもりだったそれで潰してやるつもりだった何ならそのまま抉り出してやるつもりだったそれが正解だったのに!
何故なら例え片目でも視覚をやってしまえばコチラが有利になるから。
無意識の本能でいつも最適解を出してきたというのに、
まさか、手加減、したのか?この私が?
無意識になれなかった?何が私の本能の邪魔をした?これが情か情というやつなのか私の中のなけなしの人間らしい思考の仕業か?
否、そんなものは最初からなかったはず何故なら普段人間らしい思考ができるのは私自身の弛まない努力によって身につけた後付けの価値観に過ぎないのだから!冷酷になれ冷酷であれ優しい蘭さんはもういない否最初からいなかっただからこちらもさっさと人間捨てる化け物に戻るlet'sサイコパスだ!フルスロットルで!
「…え、痛…ええっ?マジで?」
しかし、私にとっては不本意な一撃でも彼にとっては完全に予想外だったらしい。殺人鬼が己の獲物によって傷つけられた頬に手を這わせ、あっけに取られているのをいいことに、その脇をすり抜ける。
「ッ⁉︎待て!逃がすか!」
廊下へ飛び出した私は、
たくさんのビニール傘が、
そのせいで廊下の途中から玄関にかけての退路が地味に鬱陶しい形で塞がれていた。
なるほど、先程パンパン鳴っていた謎の破裂音の正体はこれか…と、脳が理解するよりも先に、私の足が咄嗟に90度進行方向を変え、自室に向かっている。
「あーびっくりしたアキちゃんてば結構思い切った反撃してくれるねそれじゃあこっちもそろそろ本気で行かせてもらおうかな!」
背中に投げかけられる声にもその内容にも、もはや私は何も思わない。ついに思考を捨てた本能が導くがまま、自室に逃げ込みカーテンの後ろに潜り込んだ。外はリビングとも繋がっている、L字型のバルコニーがある。そこへ出るためのガラス戸は開けないまま、そこに映った私の顔を見つめる。
ニコ…と、笑ってみる。
部屋の暗さとも相まって、幽鬼のような、およそ人間らしさとはかけ離れた表情だった。
これでいい。これで、もう大丈夫だ。
「ぶはっ!何それアキちゃんそれで隠れたつもりなの?」
カーテン越しに殺人鬼が嘲笑うのが聞こえるしかし、もはや無思考の境地に達している私には響かない。私はただ無言でカーテンを鷲掴みにすると、全体重をかけてぶら下がった。
ギィ、と金属の軋む音、続いてブチブチブチ!という音とともにカーテンがレールから引きちぎられ、布とレールを繋ぐ役割を果たしていた小さなフックの
そして、
「は?何して、っうぶ!」引きちぎったカーテンを手に殺人鬼に突進、頭からソレをおっ被せ、反対側のカーテンも同じ要領で引きちぎる。ガシャン!と、今度はカーテンレールごと落ちてきて頭に当たる、が、もはや私は痛みを感じない。もがいている布の塊の上から、カーテンレールごと新たな布をバッサー!と追加で被せる。ついでに蹴りを数発入れ、ドテッと間抜けに倒れた布の塊を横目に今度こそ私は玄関へ向かう。
あとはとにかくひたすら出口を目指し、腕で泳ぐようにして傘をかき分け後ろに流す、を繰り返すこと複数回。ようやく長かった廊下を脱し玄関に降りられる、はずが不意に柔らかい何かに足を取られ急激に視界がブレる。転んだ。体を柔らかく分厚い布に受け止められる。そこ布は星形をして、玄関の床いっぱいに広がっている、その上を這うように進んでいくそしてついに外へと続くドアに指先が届くというところで、
「っく、あーははははは!つーかーまーえーたー‼︎」
凄まじい哄笑と共に左足首に手が掛かる。殺人鬼の手が。
右足でその手を蹴る。
彼はまるで意に介さない。
私の身体が引きずり戻される。
ねじ回しを振り回す。
ねじ回しが取り上げられる。
素手で殴りつける。
その手を捕まえられる。
反対の手で引っ掻く。
その手も捕まえられる。
両腕を頭上で一まとめにされる。
「っく、ふふ、暴れるねー、アキちゃん。でもだぁめ、逃しませーん」
鼻歌でも歌うような軽い口調とは裏腹に、無駄にデカくて重い体がのしかかってくる。
息が、詰まる。
「アキちゃんはさー、これから自分がどうなるかわかってる?具体的に」
殺人鬼が顔を近づけてくる。
「その辺をさー、始めにちゃんと説明してその場で色々見せてやる予定だったのに、アキちゃんてば目ェ合わせた瞬間逃げ出すんだもんな」
殺人鬼が何か喋っている。
「お前ホント逃げ足速いのな。おかげでいきなり追いかけっこになって段取り狂いまくりなんですけど。ま、それでも俺の方が速いしこうして捕まえたからもういいや。てかさー、ちゃんと見た?あの女の死体」
殺人鬼が喋り続けている。
「なあってば、聞いてる?見たんだろ?あの死体さー、首から上が無かったっしょ?」
殺人鬼が楽しそうに嗤う。
「ソレね、鍋にぶち込んで今煮込んでるとこ」
殺人鬼が
「は、」
今、なんて言った?
「あれ?何、もしかして料理してるって言ったの、嘘だとでも思ってた?心外だなー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます