四、ピュアな推しを決して汚してはいけない
「私、デートすることにしたから」
彼女は教室に入ってくるなり、俺の机の横に両手を置きながらしゃがみこむと、小声で俺にしか聞こえないくらいの声でそんなことを言ってきた。
しかし二日連続で彼女から話しかけられるとは。
こんなことは一体何年ぶりのことなんだろうか。
クラス替えの生徒配置を行った先生を褒めたたえたいくらいだ。
「おはよう。今日もいい朝だ」
「……話通じてる?」
もちろん彼女の言ったことは理解できている。
しかしそれも含めていい朝だと思う。
「昨日の今日で展開が早いな」
「ちょうど昨日告白されたからじゃあまずは一回出かけてみましょうって話になったの」
「ほう、告白」
容姿端麗な彼女のことだ。今淡々と語っている様子から考えるに、告白を受けることは彼女の中ではさして大したことではないのだろう。
「別にその人のこと全然知らないし、向こうも私のことなんて全然知らないはずなんだけどね。何がよくて告白してくるのかしら」
「それはやっぱり容姿じゃないか?」
「はっきり言われるとなんかむかつく」
はて、俺は彼女を傷つけるようなことを言っただろうか。
むしろ俺は今褒めたつもりだったのだが。
しかし不貞腐れたように俺の机の上で頬杖をついている彼女だが、それすらも様になっているのはさすがといったところだろうか。
やっぱり容姿をほめることは何ら間違っていないと思うのだが。
「向こうのことを良く知るためにも、君が外見だけでなく内面も素晴らしいということを伝えるためにも、一度出かけるというのはいい手なのかもしれないな。よくしていることなのか?」
「またそういうことを直球で……。それによくデートなんてしないわよ。人を軽い女みたいないい方しないでくれる?」
「別にそういうつもりで言ったわけではないが……。ということはデートは初めてなのか?」
「……そうよ」
ふむ。それは何ともまた意外だ。彼女のことだ。付き合うまではいかなくても異性と二人きりでどこかに出かけるなんて、お手の物だと思っていた。
俺はどうやらまだまだ推桐葵のことを知らないらしい。
「楽しめるといいな」
「…………」
善意から言ったはずなのに彼女はまた不満そうな表情をこちらに向けてくる。
いったいどう返すのが正解なのか。俺には全くわからない。
自分の推しの返してほしい言葉さえわからないのだ。
俺には一生女心というものが理解できそうにない。
「私、デートしたことないのよ」
「さっきそう言ってたな」
「だからデートってどういうものなのかよく知らないの」
「ふむ……。まああんまり気にしなくてもいいんじゃないか? そういうのは大抵男が考えるものだ」
「私から提案したのに?」
なるほど。自分から付き合う前にデートをするということを提案したから、当然プランを考えるのも自分が行うべきだと、そういう風に彼女は考えているわけか。
なんとも真面目な彼女らしいというか。
それでも特に気にする必要はないと思うが。
「向こうからはデート先の候補とか何も連絡が来ていないのか?」
「ううん、水族館はどうかっていう連絡が来たけど……」
「じゃあ問題ないな」
やっぱり向こうも俺と似たようなことを考えているらしい。
彼女から提案されたとはいえ、向こうも彼女に告白した身だ。
いいところを見せようと頑張ることだろう。
「問題ありまくりよ! デートしましょうっていった一時間後に水族館を提案してきたのよ? きっと向こうはデートの手練れだわ。対して私は一回もデートをしたことがない。こんなの当日に向こうのペースに乗せられて私が余裕のないうちにあれよあれよという間に、私の色んな初めてが奪われるに違いないわ!」
色んな初めてが奪われる……?
「……ああ、処女やファーストキスといった類のものか」
「はっきりと言わないで!」
むしろそういうことを言わせるように仕向けたのは彼女の方だと思うのだが、乙女心というのは全くわからないものだ。
「そもそもそれは発想が飛躍しすぎなような気もするが?」
初デートというか付き合ってすらいない男女が出かけるだけだ。
それがいきなり処女だのキスだのに発展するとは考えにくい。
しかし話を続ける彼女の表情は真剣そのもの、緊迫感さえ顔ににじみ出ていた。
「そんなことないでしょ! 世間一般の男子高校生なんてどうせ野生動物並みにそういうことしか考えてないんだから!」
「……そうか?」
「君だって私の色々をすぐにそういうしょ……とかき……とかにたどり着いたじゃない! この会話がすべてを物語ってるってことよ」
今の会話とはあんまり関係ないんだが、自分の口から処女やキスというワードを出すことができず、若干顔を赤らめている彼女は超ピュアだ。ピュアピュアだ。
朝の魔法少女アニメにでも出れそうなくらいピュアだ。
そういうところも彼女を推せる理由の一つである。
現代の高校生にして処女はまだしもキスもいいためらうようなピュアさ。
こんな高校生は今どき探したってそういないだろう。
「ねえ聞いてる?」
「もちろん聞いている」
「なんか変なこと考えているように見えたけど……。まあいいわ。ともかくは私は来るデートに余裕をもって挑む必要があるわけ」
「そうみたいだな」
「何その他人事みたいな反応」
ん? むしろ今までの会話で俺が絡む場面がどこかにあっただろうか。
強いていうのであれば今の状況が俺が昨日彼女を煽ったから発生したのであれば、多少ばかりは考えるところだが、アクションを起こしたのは彼女ではなく向こうの男子生徒からだ。
つまり昨日の俺の会話と彼女の今の状況はただの偶然の産物で俺がかかわる余地はどこにもない。
よって彼女の話していることは俺にとっては他人事ということになるはずだが。
「だから! デートの予習。行こ」
彼女は少し顔を赤らめながらそう言った。
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