二、推しとは
彼女との出会いは小学一年生の春だった。
桜吹雪が舞い散るなか突如目の前に現れた彼女は俺の価値観を次々と変えていった。
特に何か特別な出来事があったわけではない。
ただいつも成績優秀でスポーツ万能、幼少期の頃から目を見張るほどの容姿端麗。
そんな高根の花を具現化したような彼女の行動に俺はどんどんと惹かれていった。
もちろんそれは俺だけではない。
周りの子達もみんな彼女のことをかっこいいと、可愛いと言ってほめちぎっていた。
小学校高学年になっても彼女の存在感は変わらなかった。
恋愛感情というものを知った俺は、彼女に対して抱いている気持ちが最初は恋なのだと思っていた。
しかしそれではどうにも説明がつかない思考が多かった。
彼女の隣を歩いていたいと思うよりも、むしろ壁になって、透明になって彼女の行く末を見守りたい。そういう気持ちの方が強かった。
キスやその先のことなど恐れ多くて想像すらできなかった。
彼女はただそこに存在するだけで、いや俺の目の前にいなくてもいい。
この世に存在するだけで尊い存在となっていたのだ。
恋とも神格化とも違う感覚。
その感覚がずっと何なのかわからなかった。
そして中学に上がってからできた友人から「推し」という言葉を知った。
その「推し」という存在が彼女に対してい抱いている感情に一番しっくりときたのだ。
そうか、俺は彼女のファンなんだ。
それからは彼女を全力で推している。
目に見えて何かをしたわけではないが、ただ彼女のことを推し続けているのだ。
高校が一緒だったのは偶然だ。
彼女はもっと頭のいい高校に行くと思っていた。俺よりはるかに頭がいいのだ。
当然の思考だろう。
だが彼女は俺と同じ高校に進学した。その理由はわからない。
そして高校二年になった今年、彼女と同じクラスになった。
俺は今おそらく人生の最高潮を迎えているのかもしれない。
推しと同じクラスである。
それは毎日がどうしようもなく幸せに感じるほど素晴らしいことだった。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「ボーっとしてると思ったら、意外と周り見えてるんだ」
推桐のことについて考えていたら、まさかの目の前にご本人登場だ。
しかも話しかけられてしまった。あの屋上の一件から向こうから話しかけられることがあるとは。
俺が彼女のあいさつにすぐに反応したのに驚いているが、当然の反応だ。
推しが話しかけてくれているのにそれを聞き逃すようなことはしない。
「この間はちょっと言い過ぎたかなと思ったけど、その様子だとあんまり気にしてないみたいね」
「ああ、気にするな」
平静を装って返事をするが、まさか気にしてくれていたとは。
確かに屋上での会話は聞きようによってはひどい内容かもしれないが、俺にとっては感極まる出来事だった。
だから彼女が気にすることは一切ないのだ。
「君は自分の発言をちょっとは気にした方がいいと思うけど」
「そうか? ところで子供は好きか?」
「……好きだけど」
これはチャンスだと思い、話題を振る。
あきれたように眉をひそめていた彼女の表情が、いぶかし気なこちらを探るような視線へと変わる。
「ねえ、悠くん。あなた、会話が下手くそだって言われない?」
「あいにくそう言われるほど人と話す機会がない」
「あら、それはごめんなさい」
「謝らないでくれ」
彼女は本当に申し訳なさそうに目を伏せながら謝ってくる。
謝られると自分の対人関係の構築ができていないむなしさを感じるのもそうだが、それよりも推桐葵に謝らせてしまったという罪悪感の方が大きい。
むしろ自分が感じているむなしさなんかどうでもいい。
彼女が無駄な罪悪感を抱いてしまうことだけが問題なのだ。
「それで? どうして突然そんな話を振ってきたわけ?」
「ああ、そうだった。子供が好きなら子供は作ろうとは思わないのか?」
「…………は?」
ああ、彼女から向けられる蔑むような視線がたまらない。
なぜ彼女がそんな反応をしているのかはまったく想像がつかないが、これだけでも今日話しかけられた意味があったと思える。
しかし彼女はなぜ俺の方へ、まるでごみでも見るような目を向けてくるのだろうか。
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