第21話 ケーキ作り
『……お誕生日ケーキ作ってあげるわ。だからケーキの作り方を教えなさい!』
レナのその一言を受けて、俺は瞬きをした。
レナが俺のことを悪く思っていないのは態度を見てれば分かるけど、まさかケーキまで作ってもらえるとは……。
俺は嬉しさやら気恥ずかしさやらで胸がいっぱいになりながら、それを誤魔化すようにツッコミを入れた。
「誕生日ケーキを作るために誕生日のやつに作り方を聞く人は初めて見たわ」
『私が一人で作れるとでも思ってんの?』
「無理だな。あとそれ、胸を張りながら言うことじゃないから」
なぜかドヤ顔で聞いてきたレナにツッコミを入れる。
『美沙っちもお菓子作りは苦手だったから、二人で作って失敗するよりは海斗に聞いて作るほうがいいって判断したのよ。……それに』
レナは恥ずかしげに髪を
『海斗にはおいしいケーキを食べて欲しいし』
レナにそう言ってもらえたことが、俺はすごく嬉しかった。
「じゃあ、とびきりおいしいケーキを作ってくれ」
『言われなくても作るに決まってるでしょ。レナ様にかかればちょちょいのちょいよ!』
「確かにそうだな。レナが一生懸命に作ってくれるってだけで、絶対においしくなるんだから」
本心をそのまま言葉にしたら、レナはクッションで顔を完全に隠してしまった。
それが恥ずかしさからくるものなのは一目でわかるけど、レナがあまりにもいじらしかったから、俺はついついレナが怒るまでいじり続けるのだった。
◇◇◇◇
レナと一緒にもらったばかりのラブコメ小説を読んで時間を潰してから、開店時間を迎えるのと同時にスーパーへ。
ケーキの材料を買って昼ごはんを済ませた俺たちは、エプロン姿でキッチンに立っていた。
ちなみにレナもエプロンをつけている。
フリルが付いたタイプで、とても似合っていて可愛らしかった。
「よし、始めるか。クッキーを作ったときにも言ったけど、丁寧にな」
『ん、任せなさい!』
材料を用意し、手順をよく確認してから湯せん・撹拌・混合していく。
時間があるときにたびたび料理教室を開催していたのもあって、レナの腕前はお菓子作りにおいてもかなり上昇していた。
「うまいうまい。成果が出てるな」
『ふふん、私が本気を出せばこんなもんよ!』
相変わらずすぐに調子に乗るレナだけど、それに反して作業を行う手つきは丁寧なまま。
その成長ぶりに感心していると、あっという間に生地が出来上がった。
型に流し込んでから空気を抜いたところで、レナがドヤ顔でこっちを見てくる。
「褒めて褒めて」といわんばかりの表情なのが面白おかしくてつい笑ってしまったら、レナは『むー』と口を尖らせた。
「ごめんごめん。すごく上手だよ。うまいケーキができそうだな」
俺がそう言うと、レナは機嫌を戻してにへらと表情を緩ませる。
だいぶ素直になったな、そんな感想が出てくる。
出会ったころはいつもそっけなかったのに、今ではこうして頻繁に笑顔を見せてくれるようになったのだから。
それでもまだまだツンツンしてるところがあるけどな……と心の中で付け加えてから、俺は型を天板に乗せてオーブンの中に放り込む。
「焼き上がるまでに生クリーム作ってトッピングの果物切るぞ」
『りょーかい!』
卵白にグラニュー糖を混ぜながらミキサーにかけるレナ。
失敗しないためのコツを丁寧に教えれば、レナはふんわりとしたホイップの生クリームを作った。
それから果物のカットに取り掛かる。
包丁を使うのはまだ若干おぼつかない感じだったけど、それでもキレイに切り分けることができたのは日ごろの練習の賜物だろう。
そうこうしているうちに、生地が焼き上がった。
オーブンから取り出すと、焼けた生地の香ばしい香りが広がる。
俺たちは思わず感嘆の声を漏らした。
「おお……! うまそう……!」
『これは大成功なんじゃない? これだけいい匂いで失敗してるなんてありえないでしょ!』
キッチン手袋をつけて、熱々の型の中から生地を取り出す。
生地は少しだけ型崩れしているものの、致命的というにはほど遠くふんわりとした仕上がりになっていた。
これなら充分、成功の範囲内だ。
……レナが作ってくれた時点で、どんな感じに仕上がっても俺の中では成功なんだけどな。
恥ずかしいから本人には言わないけど。
「あとは生クリームを塗ったり、果物を盛りつけたりするだけだな」
『そうね。完成してからのお楽しみということで、海斗はあっちに行ってなさい』
「へいよ」
必要ないものを片付けて盛り付けに使う道具を渡せば、レナがそんなことを言ってくる。
完成間近のやらかしようがない段階でレナが「できてからのお楽しみ」と言い出すのはいつものことなので、俺はおとなしく従って寝室に移動する。
ラブコメ小説の続きを読みながら完成するのを待っていれば、騒がしい声と共にレナがやってきた。
『海斗海斗海斗!』
「そんなに連呼しなくても聞こえてるよ。完成したんだろ?」
『ええ! おいしそうに仕上がったからついてきなさい!』
いつものように胸を張ってドヤ顔するレナを見た俺は、あることに気づいて待ったをかけた。
「頬に生クリームがついてるぞ。どうせ、最後に余った生クリームでも食ってたんだろ?」
『ちょうどいい甘さで美味しかったわよ』
「それは楽しみだ。ほれ、とってやるからじっとしとけよ」
『ん』
レナをじっとさせてから、ティッシュでほっぺについた生クリームをとる。
必然的に俺たちの距離が縮まって、ほんのりと爽やかな感じのする甘ったるい匂いが鼻孔をくすぐった。
なんとも言えない甘美な匂いに気恥しさを覚えながら、俺はレナに連れられてキッチンへ向かう。
ケーキを食べるのが、今か今かと待ちきれなかった。
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