真なる殺意



「夕音が俺を恨んでた?」


「ウン。ユオは昨日の出来事を全部リューマのせいにしてた。絶対後悔させるって張り切ってた。リューマ、昨日ユオに何かしたの?」


「え? 昨日お前居なかったのか?」


「居たよ。けど、それなら恨むのは私達だと思う。リューマを恨むのはお門違い」


 珍しく正論を言われた。なんの事はないのに俺は「おお」と漏らして怯んでしまう。確かにその通りだ。恨むのは全くのお門違い。そもそも突っかかってきたのはあちら側だし、野次馬の目を向けさせたのは俺だが実際にストレスを与えたのは野次馬だ。実行犯を恨まず誰を恨む。やんごとなき事情があった訳でもないのに。


「……そういえばお前はあの尋問会に参加してたのか?」


 マリアは頭を振りながらお弁当を開いた。たった今気づいたがまだ食べ始めてすら居なかったのか。当たり前のようにお弁当を開いた俺が次第に恐ろしく礼儀を知らない無礼者に見えてきた。


「……止めようとは思いました。犯人探しなんて不可能です。警察の人に任せてればいいんです。でもみんな楽しそうだったから、水を差せませんでした」


 今日はのり弁だ。しかしおかずはなく、海苔と醤油とご飯で終わり。正真正銘ののり弁だ。美味しいが、こんな侘しい食事をしなければならないとは。


 マリアの弁当の方が何倍も美味しそうに見える。重箱だからだろうか、それともおかずが入っているから?


 答えは両方である。


「聖母、なんて大層な名前つけられてるけど、やっぱりそれが普通だよな。俺は責めたりしないぞ、お前を」


「……貴方を嘘つきと思っているのに?」


「今更弁明してもな。事実、俺だってあの時嘘を吐いてる。悪意なく外から横槍入れてくる奴よりは何倍もマシだよ。何倍もな」


 弁当の上を暫く箸が彷徨った。何度虚空を掴んでもおかずは無い。無いものはない。無いったらない。こういう事は間々ある。瑠羽が贔屓されているのである意味宿命だ。


 美味い事は美味いので文句を言ってこなかったのも改善が見られない理由だろう。


「とにかく、リューマは今日直ぐに帰った方がいいと思う。ユオが何してくるか分からない」


「ご忠告どうも。で、俺に知らせる義理はないだろ? 急にどうしたんだ?」


 マリアは箱の横に箸を置くと、何度か明後日の方向に視線を送った。何か言い淀んでいると見える。発言を強いた覚えはないと逃げ道を用意しようとした時、彼女が口を開いた。


「私、シズクの逮捕映像見た事ある。あの時の目が、今でも忘れられない」


「急に何の話だよ」


「人を人とも思ってない残酷な目。ユオが貴方への恨みを漏らした時の瞳が、凄く似てた」


 七凪雫の瞳に特別なものを感じる気持ちは分かるが、それはきっと気のせいだろう。俺は空気を和ませる為にも、茶化し気味に笑った。


「まさか、気のせいだろ。死刑囚と一般人が同じだって? いやいやいや。絶対お前の見た手違いだって。ないないないない」


 雫と視線が合うと、釘付けになってしまう。そしてその感情は分類するならエロスと恐怖の中間であり、俺が彼女をそういう目で見ているからこそ味わう感情だ。


 まさかマリアまでもがそう感じるとは思わないし、夕音にエロスなんて微塵もない。陽気で善よりな夕音と雫では立ち位置が対極だ。



 ―――因みに善寄りとは言ったが、それはあくまで性質の話。俺という立場から見れば悪党甚だしい。



 善良が必ずしも褒め言葉とは思わないことだ。この世には皮肉という便利な活用法がある故。


「ソウ、かな」


「そうに決まってるだろ。単純に考えて死刑囚と同じ目をしてるって事は人を殺す気だ。アイツが人を殺す程の悪党だと思うか? 俺は思わないぞ」


「私も思わないけど。でも」


「しかも七凪雫なんて歴史上類を見ない大量殺人犯じゃねえか。しかも組織じゃなくて個人だ。それと同類の目だなんて、一周回って悪口だぜ」


 そういう奴は同調圧力にやられないし、尋問なんて生温い事はしない。拷問にかけるかさっさとぶち殺すか。雫は多分そうする。


「……ウン。そうだよね。気のせいだよね。有り難うリューマ。私、友達の悪口を言うところだった」


「褒められる要素が見当たらないな。まあそこまで褒めてくれるなら少しでもおかずを分けてくれると嬉しい」


 マリアの視線が俺の弁当箱に落とされる。彼女は慈愛深く微笑んで、頷いた。




















 短縮授業の中で今日という日は一番長い。昼ご飯まで食べさせやがってと帰宅部連中は文句をつけているが、俺もそう思う。


 けれどマリアと一緒に過ごせたので帳消しだ。野次馬が嫌いな人間だって居るのだと再確認させてもらった。普通の男子ならどさくさに紛れて連絡先の交換でもするのだろう―――しがらみがなければ俺だってそうした―――が、雫にあらぬ誤解を与えない為にもそこはグッと堪えた。


 マリアは投げキッスをしてくれないが雫はしてくれる。堪えた理由は色々あるが、その色々を総合するとこういう結論になる。


 俺は下駄箱に突っ込まれていた手紙に従い、HR終了後、脇目も振らずゴミ捨て場へ。輝則からカラオケに誘われたが断った。死刑囚がうろついてるから出来るだけ学生だけでの外出はほどほどにと言われているのに、全くロックな奴らだ。


 だが遊びたい盛りの高校生にはこういう奴らしか居ない。悲しいかな学校の心遣いを汲んでくれる学生は少数派だ。


 ゴミ捨て場へ行く人間など基本的に居ない。最速で到着してみたものの、そこには誰も居なかった。


「………?」


 単なる悪戯とは考えにくい。根拠はないが、最近の状況から考慮して悪戯で済ませる可能性はむしろ低い。何かトラブルがあって来れないのだろう。こちらはどんな用件でも聞く覚悟だ。わざわざ脅してまで呼びつけたのだから下らない用事だったらむしろ俺がキレる。


 三十分その場で待機したが、誰も来ない。俺の予想は外れ、単なる悪戯という線が濃くなってきた。携帯に視線を落として暇つぶしをしつつ更に三十分。


 誰も来ない。


 何故俺が帰ろうとしないのかと言われれば、あの脅しが真実である可能性を捨て切れないからだ。死んでも構わないと思う人間しか自殺は出来ない様に、人は大きなデメリットほど念頭において考える。この場合俺が立ち去れば或は全ての所業が公開されてしまうかもしれない。


 それが恐ろしくて動けなかった。全て作戦通りだったとしても、それでも。




 二時間が経過した。




 そろそろ帰りたい。というか帰っても良いのではないだろうか。校内にも人の気配を感じない。あれは悪戯だったのだ。もしくは何処かに隠しカメラがあって、俺がどれだけ待つのかを検証している。


 何にしたって来なさすぎる。もう帰ろう。






「死ね」






 安心して身を翻した瞬間、俺は何者かに頭をぶん殴られ昏倒した。



 

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