第163話 それぞれの長期休暇 家族との日々


 邸宅の庭を特別に広く改良した我が家自慢の決闘場。


 敷地の大半を占める鍛錬のための空間は、地面は固く踏み締められ、端には戦いの連続に火照った身体を癒やすための小屋が鎮座し、外界からは高く切り揃えられた植物の垣根で隔離されている。

 毎日のように騒がしく鳴り止まない剣戟の音。

 まさに戦うことのためだけに作られた常在戦場を意識した設備。


 いまそこで激しくも一方的な戦いが繰り広げられていた。


「だりゃああああーーー!!!」


「ぐぅ……」


「おいおい、そんな亀のように守ってばっかりじゃ勝機なんて一生来ねぇぞ!!」


 僕の天成器アグラットの盾を襲う苛烈な攻撃。

 当たる度揺さぶられ崩れる体勢。

 

 絶え間ない攻撃をひたすらに耐え続ける。


「どうしたセロ! 第三階梯を使えるようになったんだろ! 少しは兄にその威力を見せてみろ!」


 今日何度目かの挑発。

 さっきはそれに乗って安易に変形の隙を晒したことで容易く防御の合間を抜かれた。


「……っ」


「このままじゃまたお前の負けだぞ! 少しは反撃してみろ!!」


 ソルエ兄さんが握るのは槍の天成器。


 装飾もなく簡素な作りの槍だ。

 ともすればなんの変哲も特徴もない天成器だが、それもソルエ兄さんが操るとなると変幻自在は攻撃を仕掛けることが可能な技巧派の武器となる。


「ほらよ!」


 構える盾を剥がすような斜めにかち上げる動き。


「ぐっ……」


 急いで穂先を防ぐため盾を動かす。

 金属同士のぶつかり合う甲高い音。

 ぎりぎりのところを抑えた。


「むっ」


 それを見たソルエ兄さんは穂先とは反対の槍の石突を地面に叩きつけ反動で天高く飛ぶ。


 高飛びするかのような軌道、頭上を飛び越え身体を入れ替える。

 僕の虚をつくための動きだ。

 ここで呆気に取られて隙を晒す愚を犯してはいけない。


 転じた勢いのまま連続した突きをなんとか盾でいなし続け、反撃に転じる隙を探す。


 …………いまだ!


「アグラット! 【変形合体:時限特大積層剣】!!」


 右手に持つ剣と左手に構える盾を一つに重ねる。

 僕の天成器アグラットの第三階梯。

 特大の刃もつ重装大剣。


 体内の酸素を使い切り、息を深く吸う瞬間。

 硬直する一瞬。

 槍を手元に戻す動作を狙い行動を起こす。


「だあああっ!!」


 渾身の力を籠めた振り下ろし。

 相手が怪我をすることなど微塵も考えていない全力の一撃。


 それはソルエ兄さんへの信頼からの一撃でもあった。

 いままで一度足りとも勝てたことのない相手へ向ける全力。


「狙いが甘い!」


 だがそれも簡単に防がれる。

 柄で斬撃を一度受けた後、容易く受け流された。


 決闘場の固い地面にアグラットの積層剣がめり込み深い溝を刻む。


「これでトドメだ!!」


 頭上で振り回し遠心力で勢いを増した槍が横合いから――――。


 変形が間に合わな――――。






 王都第一障壁内部に僕の実家であるジークリング家の屋敷がある。

 長期休暇の間、僕はここで兄弟たちと毎日のように模擬戦を繰り広げる日々を送っていた。


「ハァ、ハァ……」


「セロ、大丈夫か? 少し根を詰めすぎたな」


 模擬戦が一段落ついても息を乱したままだった僕を気遣ってソルエ兄さんがコップに注がれた水を手渡してくれる。


「怪我は平気か? ポーションならいくらでも用意してあるぞ。どこか痛いところがあったら教えてくれ。早くに治療しなければ」


「ううん、大丈夫」


 自分が傷つけてしまったとすまなそうな表情で尋ねてくるソルエ兄さん。


 いつも思うが戦闘中とそれ以外ではソルエ兄さんの態度は全然違う。

 

 ソルエ兄さんはいざ戦いとなると……その少し過激になってしまう人だ。

 日常では温和で誰にでも分け隔てない人。

 しかし、戦い競い合う時のソルエ兄さんは競争心の塊のようになってしまう。


 家族の、特に父さんには母さんによく似たんだとも言われる二面性。


「だが、驚いたぞ。騎士団から休みを申し渡されていたところにセロの方から模擬戦をしようと申し出てくれるなんて。……どんな心境の変化があったんだ? やはり魔力が感知できるようになったからか?」


 ソルエ兄さんは忙しい。

 第一騎士団の騎士見習いとして働く兄さんは普段は騎士団の使う寮で生活していて滅多に屋敷に帰ってくることはない。


 今日は久々の休みで決闘場で訓練を行っているところに僕の方から声をかけた経緯があった。


「魔力は確かに感知できるようになったけど。ううん、なんでもないよ。……ただ僕も少しは強くなれたかなって。でも結局ソルエ兄さんには負けてばっかりだった。いまならもしかしたらって思ったけど……違ったみたい」


 思わず出た僕の弱音にソルエ兄さんは優しく微笑む。


「いや、それは―――――」


 ソルエ兄さんの返事を聞く直前。

 決闘場に顔を見せた人物は……。


「なんだ。模擬戦はやってないのか」


「……父さん」


 残念そうな表情で現れたのはこの屋敷の当主であり、同時に第一騎士団の騎士でもあるグラントン・ジークリング。


 野性味の溢れた巨駆。

 騎士団で支給される甲冑を窮屈に着こなし、荒々しい気配を纏ったその人物は僕たち兄弟の父親だった。


 ソルエ兄さんと同じく仕事ばかりでたまにしか帰ってこないはずなのに一体どうして……。


「あれ? 父さんも休みだったの?」


「……いや、たまたま近くを通りかかってな。屋敷に忘れた物もあったから取りに来たんだ。私は別にいらないといったんだが……部下が五月蝿くてな。仕方ないからちょっと立ち寄っただけだ」


(……セロの父、グラントン。相変わらず豪快に見えて不器用な男だ。やる時はやる男なのだがな……)


 アグラットの溜め息でも吐くような念話が心に響く。


 そっぽを向くように明後日な方向を眺める父さんは明らかに何かを誤魔化していた。


 ……様子を見に来てくれたのかな。

 

「で、どうなんだ? ソルエは同じ騎士団同士、会う機会があるからいいとして……セ、セロは最近はどうだ。学園では楽しくやれているのか?」


「うん。大丈夫。その……友達も出来たし」


「おお、そうか! 同じ学び舎で競い合う友か、素晴らしいことだ!」


 自分のことのように喜んでくれる父さん。


「父さんは王都の学園に通っていた訳ではないが、あそこは優秀な者ばかりだからな。騎士団でも宮廷魔導士でも重宝される者が多い。それにオーネヒルトは別として信頼できる友が出来るのはいいことだ」


「ヒルトはまあ別格だからね」


 温和なソルエ兄さんですら名前を出されただけで苦笑する相手。

 それこそは僕の姉オーネヒルト・ジークリング。

 母さん以外逆らうこともほんの少しの注意すらもできない理不尽の塊。


「ヒルト姉さん、か……」


「学園でも暴虐の限りを尽くしたなんて噂すら流れていたアイツがまさか従騎士として見初められるとは思わなんだがな。それ以上に話を素直に受けるとも思わなかったが」


 従騎士とは騎士見習いに近いが通常とは違い騎士を主として身の回りの世話や補助を行う者のことだ。

 あの兄弟一の理不尽さを持つヒルト姉さんが誰かに尽くしている姿なんて想像すらできないけど、それでもヒルト姉さんは従騎士となることを了承した。


 ……というかこんなところで姉さんの話をしているだけで、どこからか飛んできて勝手に噂話をするなと殴られそうだ。

 

 ふと同じ予感を感じたのか父さんとソルエ兄さんと目が合う。

 三人で頷きあってこの話は終わりにすることにした。


 誰だって自分の身がかわいい。


「そうそう、回復魔法の使える母さんがいないんだ。二人して模擬戦をするのは大いに結構だが、あまり大きな怪我をするなよ」


「ああ、わかってるよ」


「うん」


 第四騎士団に所属する母さんは変わり者として有名だ。

 通常回復魔法を使える者は第七騎士団で民や戦う騎士たちを癒やす救護騎士となることが多い。

 しかし、母さんはその話を蹴って遠距離攻撃に長けた第四騎士団に入ることを望んだ。


 さらに戦闘の際に特に荒ぶってしまうところはソルエ兄さんと同じ。

 普段は温厚で滅多に怒ることはないけど、戦ってる最中は別人のように一変する。


 そんな母さんは今日は魔物の討伐訓練に出掛けていった。


「ならいい。母さんなら大抵の怪我は直せるがまた暫く帰って来れなくなりそうだからな」


「そうなの?」


「瘴気獣の発生が頻繁に起こっている。ここ数年の沈静化が嘘のようだ。したがって残念ながら騎士団への要請も増えるだろう。……セロやムントには悪いが父さんたちは……」


「わかってるよ。騎士は無辜の民を身を挺して守るのが仕事だから……。僕とムントは大丈夫。心配しないで」


「……んん、ゴホンッ。父さんたちはお前たちの期待を決して裏切らないぞ。必ず王国こ民たちを守ると約束する! それに側にはいれなくともお前たちの健康と成長をいつでも祈っている!」


「……うん」


 どうだろう。

 普通の家庭なら両親が頻繁に出掛けて帰ってこない日が何日も続くなんて考えられないことかもしれない。


 でも僕たち兄弟、いや少なくとも僕にとって騎士として民を全力で守る両親は誇りだった。

 胸を張り自信を持って戦いに赴く姿は憧れだった。


 父さんの言葉に強く頷く。


 その時、再び決闘場に足を踏み入れる人物がいた。

 僕よりも小柄な体躯につぶらな瞳。

 短い歩幅で近づいてきた彼は僕の袖を引っ張る。


「模擬戦、次はボクと」


 僕の弟ムント。

 模擬戦でも負け越している戦闘の才に溢れた男の子。


「お、ムントも起きてきたか。どうしたセロと模擬戦がしたいのか」


「……んぅ」


 こくりと頷く肯定。

 ムントは大人しい割に模擬戦には積極的だ。

 どうやら朝早くから行われていた僕とソルエ兄さんの戦う音でその一面まで目を覚ましてしまったらしい。

 純真な瞳に闘志が見え隠れしている。


「でも……」


 ムントとは長期休暇の間何度となく模擬戦を行っているがいまだ一度も勝てたことはない。

 魔力の認識が可能になり、第三階梯の能力まで使えるようになったのにそれでも第二階梯の弟に負けてばかり。


 弱気からくる少しの気の迷いだった。


 その戸惑いの間を見計らったようにソルエ兄さんが起き抜けのムントに尋ねる。


「そうだ。ムント、最近のセロはどうだ。バトルマニアのお前のことだ。もう何回も模擬戦を行っているんだろ」


「ん、ちょっと強くなった」


「えっ……」


 予想外の返事。

 信じられない思いで質問したソルエ兄さんを見る。


「な、さっきも言おうとしたがセロ、お前は前より強くなった。魔力の認識や天成器の能力だけじゃない。防戦一方でも好機を伺うようになった。敵わない相手でもすぐに諦めたりせず勝機を探すようになった。戦いを模索し新しい手を試すようになった」


 そんなに変化していただろうか。

 自分ではあまり気付けないこと。

 しかし、ソルエ兄さんは確信を持って喋っていた。


「でも兄である俺に勝てないのは当然だぞ。俺だってセロの兄としての誇りがある。簡単に負けてやる訳にはいかない」


 戯けるソルエ兄さんだけどその瞳は真剣だった。

 戦いの場で手を抜く訳にはいかないと物語っていた。

 それでも俺を気遣って言ってくれているとわかった。


「もう一度言う。セロ、お前は強くなった。久々に戦った俺だけじゃない。常に模擬戦で腕を確かめてるムントですらこう言ってるんだ。間違いない。だから……このまま進んでいいんだ。不安に思うことはない」


 不安。

 そう不安だったのかもしれない。

 変わらず負け続ける弟との模擬戦に何の成長も実感できていなかった。


 でも……違うのかな。


(セロ、自分の力を疑いたくなる気持ちもわかる。だが、お前を支えてくれる家族はここにいる。……私もお前の側にいる。だから落ち込んでばかりいるな。お前は前に向かって進んでいるんだ。悪戯に不安に苛まれる必要はないんだ)


(アグラット……ありがとう)


 ソルエ兄さんとアグラットの励ましの言葉が胸をつく。

 心に巣食った不安が少しだけ晴れた気がした。


 僕たち兄弟のやり取りを見守っていた父さんを見る。

 笑っていた。

 宝物を見るような眩しい目で目を細めて。


 それがなんだか恥ずかしくて今度は目線を下に動かしムントを見る。


「ねぇ、戦わないの?」


 僕の弟は変わらず戦うことへと意識が向いているようだった。

 それを見てなんだか自分の悩みが酷く小さいものに思えて……。


「ふっ」


 なぜか口から出たのは喜色の含まれた呼気。

 見上げるつぶらな瞳に返事をする。


「うん、戦おう」


 不安は完全に払拭された訳ではない。

 でももうアグラットの言う通り悪戯に自分を責める必要はないと感じていた。


 僕は前に進んでいる。

 強くなるために、成りたい自分に成るために進んでいる。


 家族との会話はそれを思い出させてくれた。


 長期休暇はまだまだ残っている。


 学園に帰るまでにどれくらい強くなれるだろうか。

 両手にナイフの天成器を出現させたムントに相対しながらそんなことを考える。

 

 負け続けても、少しつづでも強くなれるなら僕は戦う。

 この先にいる望む自分に成りたいという気持ちが自身への不安を上回っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る