第152話 導く者はここにいる
(……どうすべきか悩んでいるのか)
強敵を前にして考え込んでいたオレにべイオンの念話が聞こえる。
帝国の王子と判明する前からの古い付き合い。
時に苦言を、時に励ます言葉を。
常にオレの側にいて助言をくれる存在。
友であり導く者。
そのべイオンがオレの迷いを見抜いて問い掛けてくる。
(べイオン……)
(ハルレシオ・セリノヴァール。ただの公爵家の坊っちゃんじゃない。振り回す両剣の技量は高く、希少な光子魔法を手足のように扱い、本来一握りの人にしか使えないような特別な魔法、自動魔法さえ操る。そして、脅威的な威力を誇る水蛇のエクストラスキル。……確かに強敵だ)
眼前で《フォトンスフィア》の降り注ぐ光の元、微笑むハルレシオを強敵と認めるべイオン。
(扱いを間違えれば自傷することを容易く想像できる両剣をいとも簡単そうに操る。拘束魔法よりも適性が必要だと言われる自動魔法を何でもないように展開する。学生の身でありながら第四階梯に到達しエクストラスキルを習得している。そこにはいまの余裕ある姿からは想像もつかない、常人では考えられない並々ならぬ努力があったのだろう)
公爵家の嫡男と色眼鏡で見るのではなく、一人の人としての強敵。
(敵わないと思うか? 才能が違うと打ちひしがれているのか? どうなんだ、ニール)
(それは……)
動かない、動けないオレに返事を求めて問い立てるべイオン。
思わず言葉に詰まる。
(……棒術のスキルを習得した後もべイオン、お前を扱う技術を高めることを怠ったことはない)
必死で旅する中で鍛え続けてきたつもりだった。
普段からソロの冒険者を偽るオレは時折影の護衛であるフージッタたちとの模擬戦を通じて様々なことを学んできた。
体捌きも闘気の扱いもその一つ。
しかし、ハルレシオには軽くあしらわれた。
身体の動きや手首の返しに連動した両剣の軌道。
たとえ見慣れない動作だったとしても繋がる連撃に翻弄されてしまっていた。
(でも、オレはアイツほど魔法を操れる訳ではない。普段使うのも初級魔法が中心、上級魔法も一つだけしか習得していない)
魔法もそうだ。
ハルレシオの光子魔法の巧みさには届かない。
当然のように扱う上級魔法。
それでいて初級から中級まで用途ごとに使い分ける判断力。
オレに水晶魔法の適性があったのは偶然だ。
それを見つけたのも偶然。
それでもオレだって魔力の扱いをずっと修練してきた。
だが……アイツとオレの間には差があった。
確実な差が。
(それに、オレは……第四階梯には到達していない)
言い訳だ。
べイオンに漏らしたオレの内心はすべて言い訳だった。
だから敵わないのだと自らを弁護する苦しい言い訳。
諦めないと口では言っていながら、最も身近な存在であるべイオンには思わず漏れてしまった弱音。
師匠に旅に出るのはまだ早いと引き止められたのを思い出す。
未熟なお前がすべきことは他にあると叱られたあの日。
オレの我儘で帝都の屋敷を飛び出したあの決断。
ハルレシオ・セリノヴァールという高い壁に直面し、オレは――――。
(忘れていないか?)
心を突き刺すような指摘。
(お前はどんな想いでこの場に立った。母を、レイニアを救うためではなかったのか?)
(それ、は……)
(ニール、お前は何を鍛えてきた! 何のためにここまで来た!)
(母、さんの……)
(違うだろ! 自分のためだ! 自分の我儘を通すためだ!)
べイオンの言う通りだった。
オレがここに立つことを決めた。
オレが母さんを救いたいがためにエリクシルを求めることを決めた。
「ああ、そうだ。切っ掛けはオレの我儘から始まったんだ」
自覚していたつもりだった。
それなのにいざ強敵を前にして忘れてしまっていた。
大切な、大事な決断だった。
己の定めた決意の核。
べイオンは続ける。
オレを導くように先を歩き振り返るように。
(それに相手の得意なことに合わせる必要はない。お前にはお前の戦い方がある。そうだろ?)
(オレの戦い方……?)
(ニール、お前とあの男には違いがある。それは当然のことだ。だからこそ相手の得意な土俵で戦う必要はない。我儘に自由に戦うんだ。そしてお前にはその力がある。ハルレシオ・セリノヴァールが見せていない力がお前にはある)
「……べイオンは焚きつけるのが上手いな」
「真実を言っているだけだ。ニール、お前ならあの強敵を前にしても引けを取るはずがない。なにせ俺の使い手であり契約者なのだから」
沸き上がるものがある。
動かなかった身体に漲るものがある。
「話は終わったかな」
結構な時間をべイオンとの念話に集中していたはずのオレに、ハルレシオは何の問題もなさそうに尋ねてくる。
「悪りぃな。待ってもらって」
「いや構わないよ。自らの天成器と対話していたんだろう? 私もよくギルバートとは心の内で語らうものだ。……それで? 私を攻略する算段はついたかい?」
オレは返すべき答えを持たない。
「ない」
「――――なに?」
「算段なんてねえよ! オレはただ我武者羅に! 心の赴くままに! 戦うだけだ! 攻略する算段なんてない! オレはオレの力をお前に見せる! ただそれだけだ!!」
(そうだニール。お前はただうずくまり無力を嘆く子供ではない。レイニアが倒れたあの時の何をしていいか分からず、ただ藻掻き苦しむだけのお前ではないんだ。お前はあの頃より強くなった)
ああ、オレの前には道がある!
この先には可能性がある。
母さんを癒せる可能性が待っている。
あの頃、あの先の見えない暗黒の道に立つ不安と恐怖に比べれば、敵わないかもしれない強敵なんて屁でもない!
「ならどう対応する! 勝敗は関係なくとも私はこの模擬戦に手を抜くつもりは一切ない! ……【フォトングレートソード】!」
「それでもオレはお前に勝つ! オレが培ってきたすべての力で! 【闘技:周奉裂壊】!!」
オレを貫くべく放たれた光子の大剣に正面から立ち向かう。
激突の瞬間オレは身体ごと回転し身を翻した。
べイオンの先端で円を描く軌道。
遠心力を加えた一撃。
《フォトングレートソード》の切っ先を躱し同時に側面から叩く。
ぶつかり合う上級魔法と闘技。
光子の集まりのはずの大剣を空間まるごとを叩いた衝撃が纏めて吹き飛ばす。
「私の魔法を……」
もう迷わない。
止まらない。
身体強化をかけ疾走、接近してひたすらにべイオンを振る。
両剣に絡め取られないよう突きを中心とした小刻みな動き。
独特な軌道から繋がる反撃の斬撃を受け流し、逆にこちらの身に引き込んだハルレシオを上下に打ち分け翻弄する。
「む……」
「ここだっ!」
一瞬の迷いを見た。
オレはべイオンの端を両手で握り直し大きく振りかぶり叩きつける。
さらに一瞬体勢の崩れたところに渾身の突き。
(離れたぞ!)
魔法を静止させる《フォトンスフィア》。
胴体を狙った突きは防御こそされたが、いまの一撃で大分押し込んだぞ。
ここなら影響化ではないはず。
放つ魔法は速度に優れた射撃魔法。
高めた身体能力で振り続けるべイオンの合間に至近距離から繰り出す水晶魔法。
「【クォーツバレット・――――」
模擬戦の中でオレはこの後に及んで覚悟が足りなかったと痛感していた。
自らを曝け出す覚悟が。
だからこそ放つ。
再び灯った決意と共に。
「――――デュアル】!」
水晶の弾丸がハルレシオの頬を掠める。
一筋の赤い傷。
「それ、は……帝国の」
初めて動揺を見せたな。
それもそうだろう。
これは帝国皇族にのみ伝わる魔法因子の一つ。
「お前がどれほどの強敵でも関係ない! どれほど差があったとしても関係ない! オレはお前に勝つ!!」
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