第149話 大将


「いよいよ大将戦か。……ハルレシオ・セリノヴァール。学園の成績だけじゃなく実力も兼ね備えた相手。一筋縄じゃいかなそうだな」


 珍しく少しの不安を織り交ぜて呟くニール。

 彼の視線の先には傷の治療を終えたヴィクターさんを労うハルレシオさんがいる。


「学園の四年生。それも王国辺境を守る公爵家の嫡男。なによりオレたちがここにくることを予想して模擬戦を仕掛けてきた食えない奴。この模擬戦の勝敗がエリクシルの行方を左右しないものとしてもアイツには余裕がある。あれは……強者の余裕だ」


 騎士団に誘われるほどの実力。

 果たして一体どれほどの強さなのか。


 視線に気づき振り返るハルレシオさん。

 答えはもうすぐそこにあった。






 訓練場中心。

 準備万端で屈伸して身体を解しつつ開始のときを待つニール。

 緊張はなくあくまで自然体。

 普段通りにも見える表情からはこの模擬戦に赴く決意の固さを感じさせる。


 訓練場入口。

 現れたハルレシオさんは少し観戦時とは様相が違っていた。

 平時の格好とは違う戦闘用の衣装。


 ところどころに青い装飾の加えられた鎧は動きを阻害しない程度に身体の要所を守るべく取りつけられたもの。

 鎧の金属自体も青みがった色合いで、あれは……ミスリル?

 

「もしかしてあれ全部ミスリルか?」


 ミストレアの思わずついてでた言葉に隣合せに座ったチェルシーさんが答えてくれる。


「ええ、主様の鎧には高硬度で軽量な魔導鉱石から製作されたミスリルのプレートアーマーが取り付けられています」


「……かなり高価なはずなのに気負う訳でもなく普通に着てくるんだな」


「普段の訓練ならもっと重い鎧を着てくるからな。ハルがアレを着てるってことはそれだけ本気だってことだ」


「ニール様のお力を主様も認めているということでしょう。本気で迎え討つのに相応しい相手だと……」


「なるほど……」


 それにしても両手の篭手だけは妙に厚い装甲で覆われているのが気になる。

 あれは一体……。


 俺の意図を汲んでくれたのかミストレアが二人に尋ねる。


「あの妙にゴツい篭手は何なんだ? 他が薄くとも急所や動きを阻害しない程度に守っているのはわかるが、両手だけは厚く頑強に作られているように見える。なぜだ?」


「んあ? ああ、あれか。アレはだなハルのヤツ――――」


 そのとき、ニヤリの笑いつつ話し始めようとしていたヴィクターさんをチェルシーさんが咳払いで遮る。


「ゴホンッ。……両手の篭手は主様の天成器に関係ありますからその辺りで」


「チェルシー、ちょっとくらい喋ったっていいだろ? どうせ模擬戦が始まればわかることだし」


「む……確かにそうですが……」


「まあ、ハルの天成器サークルアプライアンスが姿を現したら教えてやるよ。それほど難しい話でもないけどな。寧ろ笑い話みたいなもんだ」


 そういって軽く笑うヴィクターさんにチェルシーさんは複雑そうな顔をしていた。

 

 観客席のやり取りも一段落した頃。

 眼下では模擬戦に赴く二人が揃って視線を交わしていた。


「すまないね。準備に手間取った」


「構わねえよ」


 両者の間に流れる独特の雰囲気。

 否が応でも緊張を強いられるのは戦意の高まり。

 互いの表情は相手を労るように優しくとも、内には激情を秘めている、そう感じた。


「では二人とも天成器の準備と宣誓をお願いします」


 審判役が板についてきたイクスムさんが指示をだす。


「べイオン」


 見慣れるほどに見てきた白銀の棒の天成器べイオン。

 ニールの良き理解者であり先導者でもある彼は、緊張に包まれたこの場においても一切の輝きを損なわない。


「おいで、ギルバート」


 ハルレシオさんの分厚い篭手を装着した右手に現れたのは……。


「柄の先にもう一つの刃だと……?」


 驚くニールにハルレシオさんが手に取った天成器をクルリと回転させ地に突き刺す。

 

「両剣の天成器ギルバート。ハルは扱いの難しいあれでしょっちゅう両手に怪我していたらしいな。いま身に着けている分厚い篭手はその名残だ。もっとも操る技量を得たいまじゃ何かと便利だから身に着けてるだけだろうがな」


 ハルレシオさんのもつ天成器。

 両端には刃をもつ特異な形状のそれは、全長は二m前後で刃はそれぞれ七十cm以上。


 柄に当たる持ち手部分は両手で握って少し余る程度。

 ヴィクターさんのいうように扱いが難しいことが一目で見てとれる。


「柄より両端の刃の方が長いのか……あれは自分で自分の身体を切り裂いてもおかしくないな」


 ミストレアも同じ感想を抱いたようだ。

 明らかに高い技量を求められる天成器。

 ヴィクターさんの話を聞く限り、いまでは巧みに操れることは想像に難くない。


 なにより天成器に刻まれた青いライン。

 ……厳しい戦いになる。

 そんな予感が胸の内で渦巻いていた。


「では宣誓を」


「ニール・マキアスはこの模擬戦において両者が同意した約定を尊守することを審理の神ジュディカに誓う!」


「ハルレシオ・セリノヴァール。此度行われる模擬戦において両者が同意した約定を尊守することを審理の神ジュディカに誓おう!」


 終わる宣誓。


 戦いが動きだす。


 先手を打ったのはニール。


「初っ端から攻めさせてもらうぜ! 【クォーツアロー3】!」


 得意の土属性派生、水晶魔法。

 空中に展開された陽光を反射する水晶の矢が、勢いよくハルレシオさんに向けて飛翔する。


「……」


 両手で握り締めた天成器を羽のように軽々と回転させ、水晶の矢をいとも簡単に迎撃するハルレシオさん。


「【クォーツアロー・ダイブ3】!」


 続くニールの上空で方向転換した降り注ぐ魔法を僅かなサイドステップで躱す。


(あれを軌道を見極めたうえで紙一重で躱すのか)


 念話で伝わるミストレアの驚き。

 余裕。

 ニールのいっていた強者ゆえの余裕が一つの動作からも滲みでている。


「……君にしては軽い攻撃だ。もっと苛烈に攻めてくると思ったんだが……」


「なら!」


 身体強化を施した高速移動。

 一瞬のうちに距離を詰めるニール。

 棒の天成器べイオンを操り訓練場に立つハルレシオさんの真横から一気に攻める。


 しかし……攻めきれない。


 突きも薙ぎも、振り下ろす打撃もどれもが躱され防がれる。


 両端に刃をもつだけあって独特な回転する動き。

 一動作ごとに連動したそれに攻めたニールが逆に翻弄されていた。


「くっ……」


 一旦仕切り直しとばかりに大きく飛び退き距離を離す。

 苦い表情のニールに対して余裕の笑みを浮かべるハルレシオさん。


「返礼といこう」


 虚空に突きだす手の先に魔力の高まり。

 展開されるは光の集束。


「……【フォトンブラスト】」


 模擬戦は始まったばかり。


 しかし、ニールに相対するのは格上の相手ハルレシオ・セリノヴァール。

 互いの想いのぶつかり合う厳しくも壮絶な戦いが幕を上げる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る