第126話 湧き上がる感情と月白

執筆する時間がありませんでした。遅くなり申し訳ありません。







「――――【グレイシャーシリンダー】」


 慌ただしい戦場の端、死角から飛来する円柱に固められた氷塊。

 青白く神秘的な色合いの氷塊円柱は一見美しいものにも見えるが、その実殺意に彩られていた。


 誰もが助けにいけない。


 狙われたエクレア自身も突然の出来事に混乱している。

 防御姿勢こそ取りつつあるものの、迫る魔法を躱せそうにない。


 盾を取り落とし右手を差しだす。


 届かない。


「――――死ね」


 襲撃者が危機にあるエクレアに一心に手を伸ばす俺たちを嘲笑った気がした。


 重く頑強な氷塊を固めた円柱。


 直撃すればただではすまない。


 地を蹴り飛び込むように一歩を踏みだす。


 届かない。


 そう――――いままでの俺なら届かなかった。

 感情のまま叫ぶ。

 頭の中は冷静に、冷徹に、術式を紡いで。


「――――【マナバレット5】っ!!」


 望む先へ差しだす指先、空中に展開するは無属性純魔魔法。

 

 月白の魔力光が結実する。


 まるで淡い月の光を思わせる僅かに青みがかった白色。

 オーベルシュタインさんが習得していた無属性魔法の片鱗がここにある。


 空を駆ける五つの弾丸。


 その速度は弾丸に相応しい瞬速で、エクレアに迫る氷塊円柱を真横から捉える。

 魔法同士がぶつかり合う破砕音。


「……んっ」


 双剣を重ね防御姿勢をとっていたエクレアの脇を氷塊は通り過ぎた。

 

「チッ」


 闇夜を思わせる黒いフードを被った襲撃者が脱兎の如く森に逃げる。


 エクレアは無事だった。

 

 それ自体は喜ばしいことだ。

 不意の殺意の籠もった奇襲にケイゼ先生の元で習得した純魔魔法が役立ってくれた。

 感情は読めずとも殺意に怯えていたであろうエクレアを守れた。


 修練が実を結んだ結果だ。

 喜び、安堵するときのはずだ。


 だが、俺の心に湧き立ったのは喜びと……怒りだ。


 ふつふつとした怒りが胸の内にこみ上げていた。


 暴れ回るテンタクルブラックスライムを抑え込むイクスムさんと目が合う。

 彼女は俺以上に激怒していた。

 自らの不甲斐なさと襲撃者への怒りが複雑に絡み合い、感情が爆発する寸前で堪えている。


 イクスムさんは悔しげだった。

 自らの手で不届き者を始末できないことが心底悔しそうで……。

 しかし、彼女はそれを押し殺しここに残ることを決めているようだった。

 戦場の中心から大きく後退し、立っているのがやっとだったエクレアの隣に並び立ちその背に手を回す。


 いまは仕えるべき主を支え再度の奇襲を防ぐ。

 イクスムさんは己の感情を必死に抑え、ただ主のために尽くすと決意していた。


「ここは私にお任せ下さい。貴方はっ……」


「エクレアを! お願いしますっ!!」


 イクスムさんの言葉を遮るように俺はエクレアのことを彼女に頼んだ。

 その先の言葉を紡がせてはいけないと思った。

 

 これからとる行動はイクスムさんにいわれて行うことではない。

 俺が俺の意思で行う愚行なのだから。


「ニールッ!!」


「フージッタ! オレの敵だ! クライと共に行けっ!!」


 ニールは……いや、この場の全員が俺を見ていた。

 そのうえで言葉はなくとも俺を後押ししてくれていた。


「……ごめん、後を頼む」


「ああ、行ってこい! 誰に手をだしたのかあのバカ野郎に存分に思い知らせてやれ!!」


 俺は襲撃者の逃げた牙獣平原の森へと走る。

 エクレアを悪意をもって傷つけようとした、その報いを受けさせるために。






「痕跡はこっちに続いてるよ〜」


 ニールの影の護衛の一人。

 狐獣人のフージッタさんの先導の元、牙獣平原の森林地帯を駆け抜ける。


(フージッタがきてくれて助かったな。あの襲撃者は距離が遠かったからか生命感知の範囲外だった。私たちだけだと追跡するのは困難だっただろう)


(……ニールには感謝しかないな。皇族の影の護衛は本来は周囲には秘密にしなければならないのに、あの場でフージッタさんに助力してくれるよう即決してくれた)


(ああ、後で礼をいっておかないとな)


 フージッタさんは奇襲や潜伏の得意な戦士だが、影の護衛としての役職上対象の追跡も得意分野の一つらしい。

 森に残された僅かな痕跡。

 地面に残った足跡や折れた枝の方向、癖のついた草木から迷いなく道を選択していく。


「ん? クライ、フージッタ、待て。生命感知に反応があるぞ。これは……動いていない?」


「……この先に変な気配がするね〜。挑発するみたいな? ラキス」


 口調は軽いがフージッタさんも警戒具合を高めている。

 彼女の天成器である鋭い曲線を描く片手斧の天成器ラキスさんを起動する。


 動いていない……その場で立ち止まっているのか?


 その答えは森に生えた背の高い草木を掻き分けた先にあった。


 比較的木々の多い森林にあってほとんど草も樹木も生えていない広場のような空間。

 その中心にあの闇夜のフードを被った襲撃者が立っている。


「随分と遅かったじゃないか」


 エクレアに奇襲した襲撃者と同じ男性の声。


「【マナバレット】」


「っ!?」


 牽制と威嚇のために放った中級射撃魔法を大仰に躱す襲撃者。


「……これはこれは、出会ったばかりなのに大したご挨拶だ」


 襲撃者は不機嫌さを隠さない様子で悪態をつく。


 近くで観察すれば思いの外体格がいい。

 身長は百七十cm程度、フードに隠れて顔は窺い知れないが、声は成人した男性のようだ。

 手の甲は……見えない。

 天成器を起動しているかはわからない。


「少しは会話でもしてやろうと思ったが……やはり罪深き者には話など通じないようだな」


(罪深い? 何のことだ?)


「シャルドリード」


 白光が瞬き黒フードの手元に現れたのは先端に円環を携えた長尺の杖。


「潰れろ! 【グレイシャーボール5】!!」


 天高く空中に展開される五つの氷塊球。


「【マナバレット5】」


 対して返礼は五つの月白の弾丸。


 黒フードが手元に構えた緑のラインの刻まれた円環杖。

 その直上から氷塊球が放たれるまでの短い時間に、一瞬早く空を駆けた月白の弾丸が氷塊球を捉えた。


 軌道はほんの少し逸れ、地面にめり込むように落ちる。


「……先程も邪魔をされたがオマエのその魔法は何なんだ。系統外魔法か? だが、その青みがかった不可思議な色。私の知る限り属性魔法でもない。……知られざる魔法か?」


「……答える義理はない」


 怪訝な顔で俺の使用した魔法に対する考察を始める黒フード。

 

 そう、俺は無属性純魔魔法を使用した。

 

 なぜ長らく魔力の認識を行えなかった俺が魔法を使用できたのか。

 それは、ケイゼ先生が純魔魔法について記された魔法書にて判明した解決方法を掲示してくれたからに他ならない。


 解決方法……それは、純魔魔法の基礎魔法マナを自身に用いること。


 矛盾している。


 魔法を使用できるようにするために、魔法を用いる。

 

 だが純魔魔法に限っては違った。

 ケイゼ先生曰く厳密には少し意味合いが異なるらしいが、この魔法は魔力を変化させる必要はない。

 したがって、基礎魔法マナを使用するのに魔力を操作する必要はほとんどない。

 また、基礎魔法マナに関する詳細な知識は魔法書から得られた。


 そして、俺にはオーベルシュタインさんが習得していたであろう高レベルの無属性魔法のスキルがある。

 

 このスキルが導いてくれる。

 

 無意識化でもセロの魔力の認識を助けたように、エクレアやプリエルザに魔力を供給したように。

 体内の魔力を意識できずともこのスキルが俺に基礎魔法マナを使わせ魔力を認識させてくれた。


「威力はそれほどでもない。私の氷河魔法に直撃したとしても軌道を僅かに変化させるだけで相殺もできない微々たるもの。だがあの展開速度は何だ? 妙だ、速すぎる。なぜ私の魔法を見てから展開しているはずなのに迎撃が間に合う。同じ中級魔法同士だぞ。……それにあの小娘に放った私の魔法になぜ間に合った。完全に直撃するタイミングだったはずだ。妨害など到底間に合わないタイミングだった。それが、後から展開してなぜ魔法が間に合う。……あり得ない」


 どうやら黒フードは純魔魔法が気になって仕方ないらしい。

 地に落ちた氷塊を眺めながらイライラとした様子でフードの上から頭を掻く。


 完全に不意をつかれていたエクレアを狙う氷塊円柱になぜ間に合ったのか。

 

 それは純魔魔法の特長に由来する。

 属性変化が必要ないこの魔法は工程の少ない魔法だ。

 魔法展開の要の一つである魔力の各属性への変化。

 これが必要ない純魔魔法は展開速度が他の魔法より圧倒的に速い。


 そして、普通なら初級、中級、上級と等級が上がるごとに展開速度は遅くなるものが、純魔魔法に限っては中級魔法でも初級魔法ほどの展開速度で魔法を発動できる。


 勿論欠点も存在する。

 極めて威力の低いこの魔法では中級魔法でも初級魔法以下の威力しかない。

 相手の魔法と真正面からぶつかるのは避けるべきだ。

 先程のように角度をつけ魔法を逸らすように当てる必要がある。


 だが、それでも俺にとっては大切な魔法だった。

 初めて使用できた魔法。

 エクレアを守ることを可能にしてくれた魔法。


 俺はまだ射撃魔法の《アロー》と《バレット》しか習得できていない。

 それでもこの魔法は確実に俺の力になってくれていた。


「ううむ、ならこれならどうだ……追い縋る魔法にはどう対処する? 【グレイシャーボール・ホーミング3】」


 黒フードから僅かに覗く不気味な笑み。


 戦場から遠く離れた森の中で氷塊を操る未知なる襲撃者との戦いがはじまる。

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