第102話 ギルドマスター
「やあやあ君たち良く来てくれたね。見知った顔ばかりだが、前回の出会いはゴタゴタしていたからな。改めて名乗っておこう。私はエディレーン・ソーウェル。不本意ながらこの冒険者ギルド王国本部の副ギルドマスターを務めている。まあ、この部屋にいる半分は旧知の仲だがね。ここはひとつよろしく頼むよ」
ここは冒険者ギルド王国本部二階の応接室。
受付で依頼書の控えを渡した俺たちは、エディレーンさんの案内でこの部屋を訪れていた。
「ん? そういえば、前ここを訪れてくれた時には眼鏡のお嬢ちゃんには自己紹介をしてもらってなかった、かな」
「……お嬢様、この女には自己紹介など必要ないかと」
「寂しいことを言うなよ、イクスム。立ち位置や振る舞い方を見てもその子がお前の仕える主なんだろう? 私にも紹介してくれよ」
こみあげる声をおさえるようにして笑うエディレーンさんの指摘は、正しい。
彼女は正確にエクレアとイクスムさんの関係を推察していた。
ムッと険しい表情をしたイクスムさんを片手で制してエクレアが一歩前へでる。
その歩みは臆することなく堂々として――――。
「エクレア・ペンテシアと申します。兄共々どうぞよろしくお願いします」
この部屋すべての人の注目を一身に浴びるエクレアは、見惚れるほどの美しさをもって礼をする。
スカートの裾を両手で慎ましくもち頭を軽く下げる上品な仕草。
初めて対面したときにも目撃したそれは、貴族社会に生きる者として身につけたものなのか……俺とは住む世界が違うと改めて実感してしまう姿だった。
「ほぉ~、まさにペンテシア伯爵家のご令嬢に相応しい見事な挨拶だ。お見逸れしたよ」
「うぅ……ご立派です、エクレアお嬢様」
(優雅だな。イクスムが目に涙を浮かべて感動するのもわかる。流石クライの妹だ)
一同がエクレアの礼に感心する中、エディレーンさんは意味深な眼差しで俺に視線を移す。
「兄共々、ね。噂は聞いているよ」
……嫌な予感がするな。
「“孤高の英雄”。また大層な二つ名をつけられたじゃないか。ふふっ、熱血坊主には相応しいんじゃないか?」
「うっ」
「そう煙たがらなくてもいいじゃないか。このギルドにたむろっているやる気のない冒険者たちにはいい刺激になったさ。勿論最近地上に降臨した御使いたちも頻繁に噂している。一躍時の人だな」
わかっていても噂の拡大具合に驚いていると、見かねたケイゼ先生がエディレーンさんを牽制してくれる。
「エディレーン、クライをあまりからかうな。お前のことだ。噂の真相ならすでに掴んでいる筈だろう? “迷わずの森”での戦いはクライ一人の力で鎮静化したのではないと。王都に流れる噂の大半が誇張されたものだと知っている筈だ。困っているクライを見て愉しむなんて、趣味が悪いぞ」
「おお怖い、怖い」
「まったくお前は昔から飄々として、人の神経を逆撫ですることを平気でやるからな。油断ならない奴だ」
「ハハハ、相変わらず辛辣だなケイゼは。……それにしても、お前が他人を信用して助け舟を出すなんてね。珍しいものが見れて私は嬉しいよ」
「む……それは……」
二人の会話は軽快だった。
それこそ長い間会っていなかったのを感じさせないくらいに。
俺の訝しげな視線に気づいたのか、エディレーンさんが話しかけてくる。
「ん? 私とケイゼの関係が気になるかい?」
「エディレーン、それは……」
「まあいいじゃないか。お前も信用する男の子なんだろ?」
「いい、お前に任せると碌なことにはならないからな。私から説明する」
ケイゼ先生は呆れ顔でエディレーンさんを一瞥するとこちらに向き直る。
「エディレーンとは私が帝国で研究を続けていた時からの知り合いだ。私の依頼した難しい研究素材の採取依頼を受けたのがコイツだ」
「うんうん、そうだな。アレは大変だった」
「何を言う。依頼した数より多く持ってきて、全部買い取って欲しいなんて図々しいことを平気な顔していうんだからな。コイツは大した奴だよ」
依頼を受けた?
ならエディレーンさんは……。
「エディレーンさんは冒険者だったんですか?」
「……そうさ。私は冒険者として大陸を股にかけた大冒険をしていたんだ。王国のみならず、帝国も教国も巡ってね。ダンジョンなんかにも潜ったものさ! だが……ある日突然冒険の日々に飽きてしまってね。安定した生活が欲しくて冒険者ギルドに所属することにしたんだ。実際なってみると楽だぞ。命を賭ける必要もないし、きちんと働いた時間通りに給料はでる。……夜の闇に怯えることも、突然の奇襲に警戒することもない。それに、いまとなっては業務の殆どは優秀な部下に任せればいいからな! クライも冒険者が嫌になったらここにくるといい。歓迎するぞ!」
「……」
肩を竦めて戯けてみせるエディレーンさんを、ケイゼ先生はじっと見詰めていた。
その眼差しに籠められた感情は……哀しみ?
「それは私も初耳ですね。私が森林王国を飛び出して王都でこの女と出会った時には、すでにギルド職員でしたから」
「え?」
「クライ様、なにかご不満でもありますか?」
「いえ、なんでもないです」
イクスムさんの謎の迫力に黙ってしまったけど……いま彼女はなんといった?
森林王国を、飛びだした?
そういえばイクスムさんはエルフなんだよな。
エルフの多くは森林王国に所属しているはずだし、その森林王国は他国との国交を半ば封鎖しているとも聞く。
なぜ森林王国から飛びだして王都にきているのか。
なぜ従者をしながらエクレアの戦闘の指導をしているのか。
改めて考えてみると身近な人なのにわからないことの方が多い。
俺がイクスムさんとエクレアの関係について頭の中で考えを巡らせていると、コンコンッと応接室のドアを叩く音がする。
それに間髪入れずにエディレーンさんが答えた。
「あー、どうぞー、入ってくれ」
ドアがゆっくりと開く。
隙間から最初に見えたのは白銀色の棒の先端。
地面を打ち、カツカツと音を鳴らしてその人物が部屋に入ってくる。
彼は白髪のご老人だった。
顔には深い皺が刻まれ、腰は曲がり、歩くのも困難そうな一人の男性。
着こなしたローブは床を擦っているほど大きいものの、妙に似合っている。
手に握る白銀色の棒だと思ったものは、恐らく長杖の天成器。
それを歩行の補助にしながらもゆっくりとこちらに近づいてくる。
「なんだ、ギルドマスターか」
エディレーンさんの何気ない一言に驚く。
このお爺さんがギルドマスター!?
「ホッホッホ、お初にお目にかかる。儂の名はシグラクニス・ローベット。そしてコイツが儂の生涯の友ネイトルート。歓談中のところ突然お邪魔して悪いのぉ」
ゆっくりとした語り口だった。
だがなぜか心にすっと響く優しげな雰囲気を纏っていた。
(まさに好々爺といった感じだな)
ミストレアの意見が的確だろう。
目の前のギルドマスターはふと気づけば懐に入ってしまいそうなほど警戒心を解いてしまう空気に身を包んでいた。
「ここに先日の件に関わった子が来ていると聞いてのぉ。不躾じゃがお邪魔させて貰ったんじゃ」
先日の件?
「ああ、あれか。アレの関係者はこの子だよ。この弓の天成器を背負った少年。クライ・ペンテシア」
「あ、はい。なんでしょうか?」
エディレーンさんに突然指名されて戸惑う。
なにか問題でもあったのか?
「ほう、この子が……。すまんのぉ、突然押しかけて。お主にはギルドを代表して謝らねばならない」
突然現れ深く頭を下げるギルドマスター。
それは俺には到底検討もつかない事態で……。
俺はただただ困惑することしかできなかった。
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