第98話 調査結果その一


「学園内でそんな騒動に巻き込まれるとは災難だったね」


 ザックとかいうナニカに絡まれてから数日後の放課後、俺はケイゼ先生の元を訪れていた。


 今日はエクレアとイクスムさんは来ていない。

 なんでもマルヴィラやミケランジェに誘われて女子だけのお茶会があるらしく、マルヴィラの実家でもあるパン屋で話し合い兼会議が開かれるそうだ。


 会議内容は秘密といっていたけど、パン屋で働いてくれているルイーザさんに関係することらしい。

 トーマスさんとの進展がどうやらいっていたけど、ニヤニヤした笑顔のマルヴィラに男子には秘密、といって詳細は教えてくれなかった。

 ……なんだったんだろう?


「天成器の形態や能力の優劣に対する偏見、か。本来は他人がとやかく言うことでもないんだがね」


「学園に天成器に対する偏見が広まっているとは聞いていたんですが、まさかいきなり罵倒されるとは思っても見ませんでした」


「そのうえ絡んできた馬鹿は情けなく逃げ帰るんだからな。まったく、何がしたいんだか」


 ミストレアはいまだ憤慨冷めやらぬといった口調で話す。

 まあ、あまりにも唐突だったうえに、失礼だったからな。

 いくら学園の先輩とはいえ、許容できる限界を超えていた。

 せめて、こちらの言い分を聞いてくれる度量をもっていたなら良かったんだが……はぁ。


「私はどんな天成器だろうと気にしない、むしろ研究対象が増えて嬉しいくらいなんだが……偏見の目で見ている彼らにとっては我慢ならないものなんだろうね」


 ケイゼ先生は呆れた顔で溜め息を吐いていた。

 

「疑問だったんですけど、こういったケースではカルマは上昇しないんですか?」


 セハリア先輩には聞き忘れていたけど、あの自分勝手な態度と頭に血が上って破裂しそうな剣幕を見ると、カルマが上昇してもおかしくないんじゃないかとも思うけどどうなんだろうか?


 ケイゼ先生は俺の質問に複雑そうな表情を浮かべる。


「そうだね。不確定で間違った情報を流していたとしてもそこに他者を貶めよう、傷つけようという悪意がなければカルマは上昇しないんだ。まあ、これは通説であってしっかりと証明されたものではないんだけどね。ただ、悪口程度のことではカルマが上昇しないことは、王都のような人口の多い都会に住んでいれば自然と意識するようになる。人が多いとそこに軋轢や仲違い、すれ違いも少なからず起こる。日常生活を通じて否が応でも学ぶことになるんだ。彼らもそんな審理の神の敷いたカルマ上昇のルールの抜け穴を理解しているんだろうね」


「そういうもの……なんでしょうか……」

 

 アルレインの街では隣り合う住民、同じ街に住む者同士協力することが当たり前だった。


 ふとアルレインの街を出発する前に冒険者ギルドの職員であるレトさんに忠告されたことを思いだす。

 犯罪にもならない罪。

 レトさんは王都にはカルマ上昇の抜け穴を熟知している人たちがいることを俺に警告してくれていたんだな。


「誰もが君のように純朴で私のような否定されている者にまで手を差し伸べてくれるような人ばかりではない……そういうことだね」


 ケイゼ先生は優しい瞳で俺を見詰めていた。


「君が私の福音であるように、彼らにも理解者がいて間違いを諭してくれればいいんだがね……そうもいかないのが世の中の厳しいところさ」


「……」


 き、急にその……気まずい雰囲気になってしまった。

 どんな言葉を発せればいいか迷ってしまう。


 それはケイゼ先生も同じだったようで、顔を真っ赤に染めながらなにかを誤魔化すように早口で話し始める。

 ただ、その内容は予想外のことだった。


「あー、あー、そうだね。君から頼まれていた《リーディング》の対象者の調査なんだが……少し進展があった」


「っ、本当ですか!?」


 《リーディング》で過去の記憶を見たのは、王国の騎士団長だと思われるアレクシアさんとその天成器クィルさん、ベットで晩年を過ごしたと推測できるオーベルシュタインさんと天成器ペグメイトさん。

 あの人たちの詳細が少しでもわかったのか!?


「そ、そんなに顔を近づけられると困る! 知りたかった情報なのは判っているけど、も、もう少し距離を取ってくれ!」


「あ、はい。すみません……」


 マズいな、ちょっと興奮して身を乗り出してしまった。

 研究のためというのもあるけど、せっかく好意で調べてくれていたのに失礼なことをしてしまった。


「……いきなりドアップで迫って来られると私も心の準備がだな……」


 あたふたして髪を整えるケイゼ先生は相当動揺しているのが俺にもわかる。

 怒らせてしまったかな……。


「ケイゼ様、無駄に動揺するのはその辺りでお止めになっていただいて話の続きを聞かせて差し上げた方がよろしいのでは?」


「判ってる! まったく、エルドラドは無神経な奴だ!」


「あの、すみません……」


「ふぅ~、君が謝る必要はない。私は怒ってなどいないぞ。ホントだぞ」


(怒ってはいないが、気持ちは乱れているな。ははっ、ケイゼは嘘だな)


 荒い息で憤るケイゼ先生は深呼吸をして息を整えるとその整った顔を強張らせた。


「まず、期待させて申し訳ないが、進展があったといっても少しだけだ。それは覚悟して聞いて欲しい」


 そうか……でも少しでもなにかわかったなら俺はそれを知りたい。

 たとえどんな結果が待っていようとも。


「はい」


 俺の決意の込めた返事にケイゼ先生は大きく頷くと続きを話してくれる。


「第一騎士団と同じ意匠をつけた女性。名前はアレクシアだったね。騎士団総本部に彼女の絵画が飾られていた訳だが、どうやらあの絵画は約四百年前から存在しているらしい」


「え?」


「今が星暦813年だから星暦400年前後の人物ということだね」


 星暦とは神の石版が大陸各地に現れた日から数えた暦のことだ。

 最高神である星神様がその御業でもって地上の人々に叡智を授けた日。

 そこを境にそれ以降の年月を星暦と呼ぶ。


 これは教会でも真っ先に学ぶことで、星神様が地上を見守ってくれていると歴史上で初めて確認された日の始まりを記憶しておくための暦でもある。


「四百年前……」


 長い、長い年月だ。

 それだけの年月があれば禁忌の森の拡大に関する疑問も納得できてしまう。

 ……やっぱり、わかっていたことだけど、アレクシアさんもクィルさんも……もう亡くなっているんだな。

 改めて突きつけられる事実に胸が苦しくなる。

 それでも、この先の話を聞かないと。

 ケイゼ先生は俺の感情が整理できるのを待ってくれている。


「人や獣人よりも長寿だといわれるエルフや魔人、竜人でもその寿命は百年前後だからね。もうその当時を知る者は誰もいないだろうさ」


「その、どうやって調べたんですか?」


「ああ、残念ながら私もこの国の騎士団にはツテがなくてね。調べるのも苦労するかと思っていたんだが、以前君に聞いたレシルという女騎士に問い合わせたら君のことを聞かれてね。君の先生だと答えたんだ。私が表向きは学園の非常勤講師なのと正面から問い合わせたのが良かったんだろうね。そうしたら絵画に関する資料を送ってくれた」


「レシルさんが?」


 レシルさんは第三騎士団の騎士でフリントさんの相棒だったはず。

 グレゴールさんたちの罪の調査に行く前に資料を送ってくれたのか。


「ただ流石に騎士団にも情報が少なかったらしい。判ったことは殆どない。なにより絵画に描かれた人物の家名が判ればもっと詳細に調べられるんだがな。それが判らないのが悔やまれるところだ」


 家名、それさえわかれば子孫を見つけることももしかしたら可能かも知れないとケイゼ先生は神妙に語った。

 ……まったく考えていなかった。

 アレクシアさんの子供、もしくは家族、弟さんが実際に存在したなら子供がいて、血脈が続いている可能性も十分にある。

 なぜ俺はそんな簡単なことな気づかなかったんだ。


「な、なら、あの絵画を書いた人物は誰だったんですか? レシルさんはアレクシアさんの弟さんが描いた絵じゃないかといっていましたけど……」


「あの絵画はジークという人物が描いたとしか判っていない。それが彼女の弟だという確証は今の所持てないな」


「そうですか……」


 落胆する俺にケイゼ先生は気になる点を話してくれた。

 それは俺も疑問に思っていた点。


「やはり鍵は鎧に描かれた鷹の意匠だろう。第一騎士団の意匠に酷似したもの。現第一騎士団団長サイヘル・デアンタール。彼に直接絵画について聞くことができれば、さらに詳細を知れるかも知れない」


 アレクシアさんの家名、それさえわかれば……。


 でも逆に子孫なんて生き残っていない。

 そんなこともわかってしまうのかもしれない。

 それはとても……とても辛いことだ。


「騎士団長は血筋ではなく実力で決まるから、果たして彼が絵画について知っているかは不明だ。ただ最早そこにしかこの先の真実を知る手掛かりはない」


「はい」


「……アレクシアとクィルについての調査結果はそんなところだ。この先は残念だがまだ時間がかかるだろう。騎士団長と会う機会は少ない」


「はい、それでもありがとうございます。ケイゼ先生のお陰で進展しました」


 一つでも、少しでも前に進めた。

 この先に待ち受けるものがなんであれ、それが俺には嬉しかった。


 ただ、ケイゼ先生の調査結果はこれで終わりではない。

 次の結果は驚くべきものだった。


「うん、では次の調査結果だ。オーベルシュタインとその天成器ペグメイト。彼らのことだが――――」

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