第95話 御使いの力


「でやあああああああっ!!」


「キャンッ!?」


 不意を打つ形でハイコボルト目掛けて鉄製のブロードソードで斬りかかるアイカ。

 上腕に与えた僅かな裂傷は、赤みがかった茶色の毛に赤い染みを広がらせる。


「よし、アイカ下がれ!」


「はい!」


 ハイコボルトが怯んでいる間に奇襲をかけたアイカと交代でイザベラさんが前にでる。


「やああっ!!」


 斧の天成器ヴィンセントさんの重い一撃。

 天高く振り上げ、一気に振り下ろされた白銀の斧は、ハイコボルトが防御のために掲げた鉄の穂先のついた槍の柄を、真ん中からいとも容易く両断する。


「キャウ!?」


 犬にも似た二足歩行の魔物コボルト。

 その上位個体ハイコボルトは赤みがかった長い毛を全身に生やした討伐難度Dの魔物。

 コボルトより長い手足は非常に器用であり、身のこなしの軽さも相まってその戦闘力はコボルトのときより飛躍的に増している。


 そんなハイコボルトは顔面をイザベラさんによって切り裂かれ、大量に出血したことで致命的な隙を晒す。

 二つに別れた槍の残骸を地面に落とし、両手で傷口を押さえた。


 当然その機をイザベラさんが逃すはずはない。


「アイカ! 止めだ!!」


 鋭い指示にアイカが動く。


 ブロードソードを腰の鞘に納める。

 その華奢な右手を身体の正面に掲げ――――。


天成器サークルアプライアンス


 虚空を掴むように宣言する。


起動アクティベート


 右手の甲の刻印が白く輝く光に変わる。

 

 白光を掴んだ。


 現れたのは短い剣身を備えた小刀。

 だがそれは通常の素材で作られた武器とは違う。

 天成器。

 神より齎された『意思持つ変形武器』。

 その第一階梯の姿。


「だあああああああっ!!」


 地面を蹴り、一直線に走る。


 到達地点には傷の痛みに藻掻くハイコボルト。


「やあっ!!」


 刺した。

 下から掬うように突き上げる刺突は、見事に苦しむハイコボルトの命脈を断つ。


 ドサリと草原に音が響いたとき、その場に立っていたのは白銀の小刀を赤く濡らしたアイカだけだった。


 




 ここは王都近郊の冒険者たちの狩り場の一つ“牙獣草原”。


 王都から馬車で一時間程度で到着するこの場所は、見渡す限りの草原と点在する小規模な森林の広がる魔物たちの住処。

 コボルト、マーダーベア、レイドライオン、マーチボア等の獣系統の魔物たちが多く生息し、王都からほど近いため騎士団の魔物討伐の演習にも使われることがある場所。


 アイカのレベル上げに協力することを決めた俺たちは、残念そうな表情でお店に戻っていったサラウさんと別れ、冒険者ギルドの訓練場でカルラさん、ララットさんと合流し、この草原を訪れていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……あー疲れたぁ」


「アイカ……お前が自信満々に訓練なんて必要ない、大丈夫だ、と言ったんだろう。これぐらいでヘコたれてどうするんだ」


 地面にへたり込んで荒く息とを吐くアイカに、イザベラさんの注意が飛ぶ。

 しかし、アイカも大分戦いを通じてイザベラさんに馴染んできたのか、即座に文句を返した。


「えー、もっとカワイイ言い方だったよ」


「カワイイかカワイクナイかは問題じゃない。はぁーー、まさか御使いがこれ程弱いとはな。想定外だ」


「いや、だっていきなりレベル16の相手をさせる普通? こっちはレベル0だよ0。勝てる訳ないじゃん!!」


「さっきのハイコボルトは倒せたじゃないか」


「あれだって皆が襲ってきた配下のコボルトの数を減らして、残りは弱ったハイコボルトだけって状況にしてくれたからだからね! それもイザベラさんの援護がなかったら、わたし天界に帰ってたよ!」


 疲れていた顔はどこへやら、すっかり憤って声を荒げるアイカをララットさんが慰める。


「まあ、最初のハイコボルト相手には逃げ出しちゃったッスけど、さっきのハイコボルトは倒せたんだからいいじゃないッスか。コボルト相手にも苦戦してたのにここまで戦えるようになるなんて筋がいいッスよ」


「え〜、ホントに〜〜。やっぱわたしって最強かな〜〜」


「ララット、あまり褒めるな。つけあがる」


「ええ〜〜、そんなこと言わないでよ〜〜、褒めて褒めてぇーー!」


「ははは、アイカは御使いのくせに面白い奴だな」


 アイカが明るい性格で物怖じしないお陰か、すっかりカルラさんたちとも仲良くなっているようだ。


 なによりアイカに指示や助言を聞きいれ、実行する素直さがあり、冒険者の先輩として慕ってくれるのがわかるのだろう。

 アイカが変な行動をして危機に陥りそうになっても、仕方ないなという顔ですぐに助けてあげている。


「ああ、それと天成器を起動させる時に手を掲げる仕草。あれは毎回やる必要あるのか? あんなことをしている暇があったら少しでも攻撃しろ」


「いや、あれは必要な仕草なの! せっかく自分専用のカッコイイ武器があるんだから決めポーズぐらい取りたいじゃん!」


「こだわりと命どっちが大事なんだ、まったく」


「ええーー、でもわたしは御使いなんだし、ちょっとくらいいいじゃん」


「……そんな考えでは仲間を殺すことになるぞ」


「う……はい……次から気をつけます」


 イザベラさんに怒られ、しょんぼりと顔を伏せるアイカ。

 まあ、あの動作は隙だらけだからな。

 いくら御使いが特別とはいえ怒られるのも無理はない。


「それにしても、天成器サークルアプライアンスってスゴイ武器だよね。こっちの鉄製のブロードソードだとハイコボルト相手には浅くしか傷つけられないのに、第一階梯でも止めが刺せるんだから」

 

 アイカは右手の刻印を眺め感心しながら呟く。


「あ、そうだ。この娘の自己紹介ってしてなかったっけ?」


 彼女は全員を見渡し、一頻り頷くと天成器を起動させる。

 右手に現れるのは先程も見た白銀の小刀。

 それをくるりと振り回しアイカはいう。


「この娘はわたしの相棒のナハト。ナハトアイレでナハトなんだ。よろしく! ほら、ナハトも挨拶して!」


「…………よろしく」


「ナハトって無口なんだよね〜。話しかけても全然喋らないんだ〜」


 天成器からは壊れそうなほど小さい女性の声が聞こえていた。


 そこに草原に響き渡る遠吠えの声が響く。

 この草原では何度となく聞いたコボルトの仲間に外敵の居場所を知らせるための声。


「ウォオオーーーオン」


「ほらまた、コボルトたちが来たぞ」


 どうやらまたもコボルトの集団に発見されたようだ。

 あっという間に草原の草の間から顔をだす無数のコボルトたち。

 統率をとるのは勿論ハイコボルト。


「はぁ!? またなのぉ、もうワンちゃんたちの相手はコリゴリだよぉ」


 アイカの哀しげな叫びが草原の青い空に虚しく消えていった。

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