第83話 巨人すら殺す


 空間を割くように唐突に現れた瘴気獣たちに俺たちは苦戦していた。

 

 生徒たちが迷わずの森の中でも、冒険者ギルドの保護する薬草群生地に向かっているその最中に起きた異常事態。


「レリウスさん! どんどん瘴気獣共が増えてるぞ! 何なんだコイツら! 突然空から現れやがって!」


 指導役のために来てくれた冒険者たちが、この異常事態に混乱しながらも賢明に戦ってくれている。


「グレイウルフにオーク、オーガにサイクロプスの瘴気獣までいるぞ! どうなってんだこりゃ!」


 明らかにおかしい。

 

 複数の瘴気獣が現れる?

 それも多数の種類の瘴気獣が群れをなして?

 そんな話は聞いたこともない。

 そもそもここ十数年の間、瘴気獣の出現は減少傾向にあると王都の瘴気獣研究所では発表されていた。

 最近になってまた瘴気獣の出現が増えつつあるとは巷の噂で聞いていたが、それがいきなりこんなことになるとは予想もしていなかった事態だ。


 だが、そんなことよりもさらに深刻な問題がある。

 それは生徒たちの安否が確認できないことだ。

 今日の予定が生徒たちだけの探索だということが仇となった。

 何人かの冒険者には不足の事態のために森の中を散策して貰っているが、それも生徒全員の安全を確保する人数には足りない。


 この拠点を捨てて森に探しに行くことも可能かもしれない。

 しかし、暴れ回る瘴気獣たちを野放しにする訳にもいかない。

 この拠点に帰ってくる生徒たちを害するのは明白だからだ。


 はぁ……取り敢えずコイツ等をどうにかする必要があるか……。


「キーリア、やるぞ」


 右手に握るは戦斧の天成器キーリア。

 バトルアックスとも呼ばれる柄先端の両側に肉厚の刃を備えた両手持ち大斧。

 刃には青いラインが刻まれている。


 彼女は生徒たちの身を案じて悲しげに語る。


「ええ、ここで瘴気獣たちを倒しておかないと今も森の中で課外授業に取り組んでいる生徒たちが襲われるかもしれない。早く瘴気獣を倒して生徒たちを迎えにいってあげましょう」


「「【変形分離:刺突短杖+打衝斧】」」


 左手に持ち替えた戦斧がその姿を変える。

 両手持ちのための長い柄は短縮され、柄先端の刃の片方は細長く鋭く変化する。

 それはさながら下部のみが鋭く尖った短杖。


 俺は右手でその細い短杖を斧から引き離す。


 右手に短杖、左手に片手斧という俺とキーリアが共に戦う中で、最も多用する形態に姿を変えた。


「グアアアア!!」


「ガアアアア!!」


 生徒たちが何日も過ごした拠点が無惨にも破壊されていく。


 初めは慣れない生活に嫌がる生徒も多かったこじんまりとしたテント、温かい料理を作るために土台から四苦八苦して作った竈、片手間に作ってみたら生徒たちに意外と好評だった椅子とテーブル。

 

「ああ、なんてことを……」


「……馬鹿共が」


 その時、拠点の破壊の真っ最中に俺の存在に気づいたハイオークの瘴気獣が鼻息荒く迫ってくる。


「ブオオオォォ!!」


 キーリアを変形させたのには訳がある。


「喰らえ【ロックボール4】」


 右手の短杖をハイオークに差し向け魔法を放つ。


「ブオオッ!?」


「【ロックニードル3】……【ロックシールド】」

 

 岩の球体の直撃に怯んだハイオークに接近して岩の棘を突き刺す。

 傷を負いながらも灰色の瘴気を撒き散らしながらその太い腕で反撃してきたハイオークの攻撃を、岩の盾で受け止める。


「フンッ! 【ロックカッター2】【ロックツイスター】」


 ハイオークの背後に回り込み片手斧で一撃入れた後、距離を取りつつ岩の刃を放ち、さらに岩の渦を重ねる。


 俺は妹とは違い自分でも自覚する程の器用貧乏だ。


 接近戦は多少こなせても闘技も禄に使えず、岩魔法という派生魔法こそ使えるが魔力総量は少ない。

 しかも、種類こそ使えるもののどれも初級魔法ばかりで上級魔法など一つも使えない。

 一芸に特化した相手とは雲泥の差があり、どれも中途半端。

 

 だが、そんな俺でもキーリアのこの分離形態なら話は違う。


 限定魔力増幅。


 キーリアのこの形態には使い手の魔力を増幅する力がエクストラスキルとして備わっている。

 継戦能力を飛躍的に高めるこのエクストラスキルは、俺の魔法の手数を倍以上に増やしてくれる。


 そして、俺は初級魔法でも相手を圧倒できるよう魔法技術を磨いてきた。


「足元が隙だらけだぞ【ロックニードル6】」


 魔力支配域を操作してハイオークの足元から岩の棘を伸ばす。

 突上げられたハイオークは空中に張り付けにされた。

 

「無様な姿だな……【ロックカッター6】」


 六発の岩の刃に全身を切り刻まれたハイオークの瘴気獣は、灰色の瘴気となって空中に溶けるように消えていく。


 生徒たちに謝らせてやりたかったが……まあ、仕方ないな。






「レリウス! そっちは大丈夫か!」


 戦場に巨大なものが倒れる音が響くと同時、俺を呼ぶ女の声が聞こえる。


 視線を向ければそこにはサイクロプスの相手を任せていた〈赤の燕〉の面々のリーダー、カルラ。

 最近Bランクに昇格したらしいがもうサイクロプスを倒したのか。


 討伐難度Bのサイクロプスは単眼鬼とも呼ばれる一つ目の巨人。

 青い肌に六m近い身長、高い魔法に対する抵抗力はかなりの脅威だったんだが、これ程早く倒すとは……。


「随分倒したはずなのに瘴気獣の数が減っていません。寧ろ増えつつあるように思います。……一度この拠点から離れることも検討すべきです」


 カルラに続いてきたのは水魔法の使い手であるサラウ。

 彼女の提案には頷かざる得ないところもある。

 この場所には瘴気獣が多すぎる。

 度重なる連戦に負傷者も増えてきている。

 これなら生徒たちの目的地点でもあった薬草の群生地まで撤退して仕切り直す必要があるかもしれない。


「……これは予想ですが、この拠点だけで瘴気獣の数が異常なほど存在します。……もしかしたら生徒たちのところにも瘴気獣が現れているかもしれません」


「なっ……」


 深刻な顔で告げるサラウの予想に絶句してしまった。

 そうだ。

 瘴気獣が複数襲ってくる異常な状況に惑わされて、生徒たちの元に瘴気獣が現れている可能性を考えていなかった。


 クソ。


「これは勿論ただの予想です。間違っている場合もあります」


「だが、正しい可能性も捨てきれない。俺の判断ミスか……」


「そんなことないッスよ。少なくともここの瘴気獣たちを抑えてなかったら、バラバラになった瘴気獣たちが生徒を襲いにいってたのは間違ってないッス。ここで踏ん張った価値はあったと思うッスよ」


 不甲斐ないことに自分の行動の迂闊さに落ち込んでいるところを年下の娘に励まされてしまった。

 そうだな。

 悔やんでも仕方ない。

 次の一手を考えるべきだ。


「ララットだったか……確か生物を感知するエクストラスキルを所持してるんだよな」


「そうッスけど……そんなに便利なもんじゃないッスよ。いまわかるのはクライの班の位置だけッス。それも方角ぐらいで正確な位置はわからないッス」


「それでもいい。〈赤の燕〉の面々で生徒たちを助けに行ってくれるか?」


 コイツ等の強さは本物だ。

 それに、生徒たちの救援に向かわせるならバランスのいいパーティーである〈赤の燕〉に任せれば多少は安心できる。


「だが、それだとここの戦力はかなり落ちるぞ。いまだって瘴気獣は増えつづけてる。……死ぬぞ」


「それでもだ」


 力強い目で忠告してくるカルラに即答する。

 答えは決まってる。

 

「俺だって死者は出したくない。この拠点からは徐々に撤退するつもりだ。ただ、生徒たちがもし瘴気獣に襲われているなら早急な助けが必要だ。お前等ならそれができる。……違うか?」


「……カルラ、ここはレリウスさんに従いましょう。森に散らばって進んでいるはずの生徒たちを見つけるのは困難なことです。ララットなら少なくともクライ君の班の場所はわかる。それに、生徒たちの安全さえ確保できればレリウスさんたちも大分楽になります」


「……この課外授業は中々楽しかった。生徒たちもお前を信用していた。……死ぬなよ。死んだらアイツらが悲しむ」


「わかってる。俺も他の奴も死なせるつもりはない」


 俺の決意の籠もった宣言もこの異常事態は意に介さない。


 何処からかガラスの割れるような音が響く。


 空中が歪み、その内側に漆黒の闇を覗かせる。


 降り立つものがいた。


 四足の巨大な足に漆黒と純白の混じりあった毛並み。


 獰猛な牙の生え揃った口からは白と黒の息吹が漏れ出ている。


 カオティックガルム。


 グレイウルフなどとはまったく違う。

 巨人ですら噛み殺す猟犬がそこに顕現していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る