第68話 青いバラの魔法


 呼びだされたのは屋敷の裏庭の訓練場。

 イクスムさんと決闘をした場所。

 決闘のあとは、時折イクスムさんにエクレアと二人で修練をつけてもらっている場所でもある。

 

 闘気も魔力も高水準で扱えるイクスムさんは、長年エクレアの戦闘技能を指導しているだけあって教えるのも上手い。

 闘気の基礎は〈赤の燕〉のイザベラさんに教わったけど、その後の闘気の操作、特に闘気による武器の強化を教えてくれたのは他ならぬイクスムさんだ。


 そんなイクスムさんはなにやら袋に包まれた物体をもち、訓練場の中央で佇んでいる。

 そして、隣にはいつもより心なしか表情の硬いエクレア。

 ……どうやらアーリアはいないようだ。

 周りを無自覚に明るくしてくれるアーリアがいないだけで、なぜだか少し寂しい気持ちになる。

 

 遠目で見るエクレアの服装は、学園の制服とも普段の屋敷で過ごしている服装とも違った修練用のもの。

 動きやすさを第一に、胸元や二の腕には丁寧に装飾の施された薄い金属のプレートが取りつけられている。


「すみません、遅れました」


「いえ、構いませんよ。こちらも準備がありましたから」


 俺の謝罪に答えるイクスムさんに少し距離を感じる。


 空気が、張り詰めていた。


「エクレア、この間のことは……」


「……兄さん、戦って」


 エクレアの言葉は直球だった。

 取り繕うことのない戦う意思。

 

「本気で」


「……危険すぎないか? 怪我だけじゃすまない場合もあるんだぞ」


 尋ねながらも薄々は自分でもわかっていた。

 ここにくる前に、実戦で戦うときの格好をしてくるようにイクスムさんに指定されていたこともある。

 それと、馬車の中で俺に休日を空けておくようにいったエクレアの瞳には確固たる意思があった。


 実をいうと模擬戦ならエクレアとも何度か戦ったことはある。

 イクスムさんの修練の時間では、安全に配慮された怪我のしにくい刃や矢じりを除いた武器を使い模擬戦をすることも増えてきていたからだ。 


 だが、彼女が望んでいるのは模擬戦などという安全な戦いではなかった。


「……そろそろ丁度いい機会ではあります。一度実戦を想定した戦いをするべきとは私も考えていましたから」


「イクスム、冗談じゃすまないんだぞ。……クライに妹を傷つけさせるつもりか?」


「ミストレア、それでもです。エクレアお嬢様が望んだことです」


 俺にエクレアを傷つけさせまいとミストレアが声をあげてくれる。

 しかし、イクスムさんは首を横に振った。


「ですが、当然怪我への対処には万全を期します」


 メイド服のポケットから取り出したのは二本の小瓶。

 中には緑の液体が波々と注がれている。


「以前クライ様も使ったことのある大回復のポーション。これに加えて屋敷には上級回復魔法の使い手も待機しております」


「だからといってだな」


 アラクネウィッチとの戦闘での深い傷を瞬く間に癒やしたポーション。

 さらには上級回復魔法の使い手まで。

 イクスムさんのいう通り怪我に対する用意は万全のようにも見える。


 あとは俺に戦う意思があるかどうか。

 エクレアは俺の気持ちを確かめるように静かに尋ねる。


「……兄さんは嫌?」


 瞳には少しの不安。


 いつもの無表情の中に拒絶への嫌悪が見え隠れしていた。


「……戦おう」


 エクレアの悲しげに揺れる瞳に、返事は一つしかなかった。

 互いの意思の確認が終わったところでイクスムさんが近づいてくる。


「戦いの前にコレを渡しておきます」


 こちらに差し出したのは袋に包まれた謎の物体。

 この場で取り出すように促され開ける。

 

「これは……盾?」


 ミスリルの盾より少し重く一回り小さな円形の盾。 

 特筆すべきは盾表面中央にある一本のトゲ。

 二十cmほどの長さの、刃のような棘が文字通り生えている。


「それは、以前破壊してしまったトレントの盾の代わりです。弁償するといって結局できていませんでしたからね」


 あのとき、決闘で壊れてしまったトレントの盾のことをまだ気にしてくれていたのか……。


「ミスリルの盾はゴールドウェポンスライムに両断されてしまいましたからね。修復にも時間がかかるでしょう。その間はぜひこちらをお使い下さい」


 ありがたいけど……エクレアとの戦いの前に渡すにしては攻撃的すぎないか?

 このトゲかなり鋭利な刃物のようになってるんだけど……。


「これ、このトゲです。素晴らしいですよね。この盾を見た瞬間。あっ、これしかないなと思って思わず買ってしまったんです!」


(まあ、イクスムは気に入りそうなフォルムをしてるよな、この盾)

 

 急に高揚して盾について語りだすイクスムさんは、実に生き生きとしていた。


「店主のつけた名は一刃の盾。盾の大部分は鋼鉄ですが、トゲ部分にはミスリルを使って強度をあげています。攻撃と防御を両立させる画期的な盾です。趣味で作ったそうですが素晴らしいセンスです」


 一刃の盾、か。

 少し重いけど取り回しに特に問題はなさそうだ。

 攻撃にまで使えるかはこれからの修練次第だろうけど、手札が増えたと思って素直にイクスムさんには感謝したほうがいいな。

 

 ……それはそうと、ミスリルの盾も早く修理にだそう。

 この盾はちょっと……威圧感がすごい。






「用意はよろしいですね」


 訓練場の端と端で戦いの合図を待つ俺とエクレア。

 彼女の刺すような視線には戦意が溢れ、場には緊張感が漂っている。


「……ハーマート」


 白光が二本の同形の両刃剣の姿を象る。

 エクレアの両手に顕現する二対一組の天成器。

 細くしなやかな刃は、エクレアが振ることで踊るように空を切る。


 対して俺の手には白銀の弓ミストレア。

 腰元の矢筒には実戦用の矢じりのついた矢が用意してある。


「では……はじめっ!!!」


 イクスムさんの合図と同時に走りだしたのはエクレア。


 矢を警戒してか左右に揺れながら接近してくる。

 

「くっ」


 家族に矢を射ることにいまだ抵抗がある。

 せめて怪我の少なくなるようにと足元、次いで天成器を狙う。


 この期に及んで俺はなにもわかっていなかった。

 エクレアがどれほどの想いでこの戦いに臨んでいるか。


「【ブルームアロー】」


 青い魔法だった。


 青い花びらの集う魔法。


 狙いの甘い矢をいとも容易く躱したエクレアが放った魔法。


「――――っ」


 既のところで躱す。


「【ブルームカッター3】」


「うっ」


 一刃の盾で青い花びらの刃を受ける。

 そのまま二対の剣で斬りかかってくるエクレア。


 く、手が足りない。


 模擬戦のときより動きが早い。

 両手に武器を携えているだけあって手数が違う。

 何度受け流しても防ぎきれない。


「身体強化!」


 強引に盾を振り回し、エクレアから遠ざかる。

 彼女は追ってこなかった。


「……」


 一度の攻防でエクレアが無傷なのに対して、俺の身体には無数の裂傷があった。


「早く、それでいて流麗な剣技。さらには模擬戦の時には使わなかった未知の魔法。それに妹様には迷いがなかった。……厄介だな」


 エクレアには俺のように迷いや躊躇がなかった。

 ただただ真剣にこの勝負に向き合っていた。

 その差が両者の傷となって表れていた。


「……」


 審判役のイクスムさんがエクレアの使う魔法を説明してくれる。

 

「先程の魔法はエクレアお嬢様の麗しき青きバラの魔法。系統外魔法に属する花片魔法です。この魔法は使い手によってその花の種類と色が変わる」


「……兄さん」


 エクレアの瞳が揺れる。

 

 それは、俺を傷つけてしまったからなのか、それとも俺が不甲斐なかったからなのか……。

 どちらかはわからない。

 ただ、俺が一途に勝負に取り組むエクレアに失礼だったのだけはわかる。


「……ごめん、エクレア。ここからは……」


 立ち上がる。


 正面からエクレアに相対する。


 彼女は無言だった。


 だが、どことなく嬉しそうだった。


「勝負だ、エクレア!!」


「……【ブルームカッター・スピン3】」


 本当の勝負が始まる。

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