第50話 因縁の相手


「【ウィンドカッター】」


「【アイアンアロー】」


「【ファイアツイスター】」


 風の刃、鉄の矢、火の渦。

 一列に並んだクラスメイトたちの放ったそれぞれの初級魔法が、訓練場に設置された複数の的目掛けて殺到する。

 

 俺の心配は杞憂だった。

 レリウス先生は攻撃魔法を使える生徒だけを、横並びの三つの的の前に並ばせて、他の生徒たちには見学しているように言ってくれたからだ。

 その言葉を受けてそそくさと移動した俺とセロは、的の前に居並ぶ他のクラスメイトたちから距離をとって待機している。


 どうやらセロも俺と同じく魔法を使えないようだ。

 ……それを聞いて仲間がいたことに少し安心してしまったのは反省すべきだろう。


 王国最大の学園に入学するだけあって、やはりクラスメイトのほとんどがすでに初級程度の攻撃魔法は習得しているようだ。

 列に並んだ生徒の方が訓練場に散り散りになって見学している生徒より多い。


(貴族の子弟が多いからなのか、見たことのない魔法を使う生徒も多いな)


(皆魔法を打つ様が堂に入ってる。冒険者として活躍していたヤツもいるんじゃないか?)


 狙う的の大きさは約四十cm、的までの距離は三十m程度。

 皆、時折的を外しながらも、積極的に魔法を放つ。

 最前列の生徒が何発か魔法を放つと後ろの生徒と交代した。


 丁度マルヴィラの順番が回ってきたようだ。

 こちらに大きく手を振って、まるで『よく見ておくように』と主張するようだった。

 

 彼女が手を身体の前に突きだすと、そこに火魔法とは違う赤いモヤのような物体が球状に集まる。


「いっきまーす! 【ヒートボール】!!」


 的に向かって一直線に飛翔する赤い球体。

 見事に的に命中したが、火魔法とは異なり炎上しない。

 炸裂した球体から広がる赤いモヤが的を包みこむと、的の周囲の空気がゆらゆらと揺らめく。


「熱魔法か……」


 マルヴィラが放ったのは火魔法の派生属性、熱魔法だった。

 物体を加熱することでダメージを与え、触れるだけで直接火傷を促す魔法。

 驚愕からさめやらぬまま彼女は次の魔法を放つ。


「もう一発! 【フリージングボール】!!」


 次に放たれたのは青い球体。

 的に命中するやいなや、今度は青いモヤが的全体を包みこみ、その表面が徐々に白く染まり凍結していく。

 

「冷魔法まで……」


 水魔法の派生、物体を冷却する冷魔法まで使えるとなるとマルヴィラは二属性も魔法を扱えることになる。

 

(マルヴィラめ、また騒がしくはしゃいでいるな。そんなことをしてあると……あっ、レリウスに怒られた)


(それでも、二つの属性を操るなんて凄いことだ)


 調子が出てきたのかマルヴィラが夢中で《ボール》の魔法を連発していると、見兼ねたレリウス先生に交代するように注意される。

 マルヴィラがトボトボと交代しようと歩きだしたとき、場違いなほど大音量の甲高い笑い声? が響いた。

 

「オーッホッホッホ。今更ワタクシに初級魔法を使うようになんて……そんな貧相な魔法、ヴィンヤード家の令嬢であるこのプリエルザに相応しくありませんわ!」


 第一訓練場に吹く緩やかな微風に金糸のような綺羅びやかな巻き髪がなびく一人の少女。

 驚く周囲を見渡す真紅の瞳は溢れ出る自信に満ちていた。


「おい! プリエルザ、何する気だ、やめろ!!」


 レリウス先生が制止しようとするも時すでに遅かった。


 彼女の天高くかざした両手に集まる数多の闇。

 それは、刻一刻と体積を増し……いや、どこまで大きくなるんだ!?


 《ボール》や《アロー》とはまるで規模が違う。

 見る間に闇が集まり固まり、彼女の背丈の半分以上に巨大化した。


「……【ダークキューブ】!!」


「うっ……」


 なんだあれ!?

 余波がここまで飛んできたぞ。

 十分に距離を取っていたはずなのに僅かな衝撃と振動が地面から伝わってきた。

 

「あれは……?」


「……あれは多分、上級形成魔法、《キューブ》じゃないかな。魔力で作りだした物質を立方体の形に形成して放つんだ」


 隣で見学していたセロが闇の

について説明してくれる。

 あれが上級魔法ならギガントアントイーターの撃退戦でニールの使っていた《クォーツカノン》と同じじゃないか。

 もっともあのときニールは魔法因子を使っていたようだから威力はかなり違うけど、そんな高度な魔法を扱えるとは……。


「……そ、その、プリエルザ様は学園に入学する前から上級魔法を習得しているってクラス中で自慢していたから……」


「ん? ……プリエルザ、様?」


 セロの口から変な単語を聞いたような……?


「キャ〜〜、プリ様〜〜、今日も素敵ですぅ〜! 最っ高に輝いてますぅ〜〜!!」


 訓練場の端から歓声が上がる。

 といってもそれは、たった一人の上げる声だ。

 視線を移せば頭頂部から白い兎の耳を生やした獣人の少女が、何度も飛び跳ねながら称賛の声を高らかにあげている。


「ラパシュ、ありがとうございますわ。ですが、この程度ワタクシにかかれば造作もないことでしてよ」


 プリエルザ様? の従者の人だろうか?

 それにしてもジャンプ力が凄いな。

 人の背丈くらいなら簡単に飛び越えられるほど高く飛んでる。

 

「プ、プリエルザ様は公爵家の血筋なんだ。同じ貴族でも……僕なんかとは違う。入学前から上級魔法を使えるなんて前代未聞のことだよ。学園の合格者の中でも何人もいないと思う。彼女は……特別なんだ」


 訓練場全体に響き渡る高笑いとは対象的な、どこか物悲しいセロの呟きだけが耳に残った。






「一人やらかした奴がいたが、いま魔法を使えない者もその有用性は認識できたと思う」


 プリエルザさんの起こした所業に呆れ顔のレリウス先生の言う通り、初級魔法とはいえ数多くの種類の魔法をこの目で見れたのは収穫だった。

 多少の知識はあっても実際に見てみると印象が違う。

 ますます魔法に対する興味が沸いてきた。


 ……まあ、いまだに魔力を感じ取れないのは悲しいけど。

 ケイゼ先生にも相談してみたけど進展はない。

 《リーディング》によって新たにステータスに追加されたスキルのこともあるし……いい方法はないんだろうか……。


「この後は、最初に組んだグループごとに、互いに魔法について教え合えって貰う。魔法を使える者は自分のやり方でいい。出来るだけ細かく教えてやれ。まだ、魔法を使えない者は遠慮なく質問しろ。あ〜、おい、プリエルザお前は先生と一緒だ」


「何故ですの!? せっかくワタクシが同じクラスメイトのよしみで手取り足取り魔法について教えて差し上げようと思っていましたのにっ!」


 さっきまでレリウス先生に怒られてしょんぼりしていたのに、一瞬で持ち直して切り替えている。

 これも公爵家の血筋のなせるわざなのか……?


(多分クライの考えることは違うと思うぞ)


「はぁ、さっきみたいに上級魔法をぶっ放されても困るからだっ。……プリエルザのグループはフィーネとミケランジェか。二人でも大丈夫だろう。コイツは少しの間先生が預かる。ミケランジェはフィーネに教わるように」


「こんなムサイおっさん先生と一緒なんて嫌ですわぁ〜〜!!」


 涙声で嫌がるプリエルザさん。

 それを完全に無視してレリウス先生が続ける。


「あ、そうそう、的に放つのは構わないが、人に向けて放つような危ない真似はするなよ。先生もプリエルザが落ち着いたら各グループを見て回るからな。それまではグループごとに協力して授業に臨め。わかったな」


 念押ししたレリウス先生の合図でグループごとに距離を取って訓練場の一角に陣取る。

 移動も終わり、先程気になったことをマルヴィラに尋ねてみた。


「それにしても、マルヴィラは凄いんだな。二つの種類の魔法を入学間もない段階で使えるなんて。どうやって二属性の魔法を覚えたんだ?」


「えへへ、ありがとう。う〜ん、私のお父さんはね。お母さんが死んじゃってから一人で私を育ててくれたんだけど、そのせいかすっごく心配性でね」


 在りし日を思い出すように、懐かしむようにマルヴィラは語る。


「私のステータスに火属性魔法と水属性魔法の記述があったし、魔法も使ってみたかったからお父さんに相談したんだけど……反対されちゃったんだぁ。でも、ある時お父さんが魔法の指南書を買ってきてくれて、それが私にとって本当に本当に宝物で、何度も読んで試してたらいつの間にか使えるようになってたんだ。なんだか不思議だよね」


 明るく不思議、不思議と繰り返すマルヴィラに居ても立っても居られず咄嗟に謝ることしかできなかった。


「……それは……その失礼なことを聞いてしまったな。済まない」


「あ、謝らないで。お母さんが死んじゃったのは、すごい昔で私もほとんど覚えていないから。……だから、大丈夫だよ」


 隣で静かに話を聴いていたエクレアとセロも神妙な面持ちで佇んでいる。

 特にエクレアは表情は無表情でも瞳に動揺と哀憫が隠しきれていなかった。


「……」


「? ウルフリック君、どうしたんだい?」


 少し離れた位置にいたベネテッドの困惑の声がかすかに聞こえた。

 二人の少年がこちらに歩いてくる。

 先頭を歩くのはウルフリックと呼ばれた黒髪の少年。


「……おい、そこの『外れ野郎』」


 刺すような鋭い視線が真っ直ぐに俺を貫いていた。

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