第44話 王都外れの小さな宴


「じゃあ、依頼の成功を祝ってっ! カンパーイ!!」


 喧騒に包まれた王都外れの酒場の一角。

 目隠しのカーテンで仕切られた半個室の閉ざされた空間には、オーク集落壊滅依頼の報告を終えた面々が揃っている。


 年季の入った木製のテーブルには数々の手の込んだ料理が並び、各々の手には波々と飲み物の注がれたコップ。

 ヴァレオさんに誘われて依頼に参加した皆が集合していた。


 笑顔で乾杯の音頭をとるイオゼッタ。

 それに合わせて果実のジュースの入ったコップを掲げる。


「よぉーし、依頼達成の報酬に色もつけて貰ったことだし今日はとことん飲むぞ! 俺の奢りだぁ! 遠慮なく飲め!」


「流石はリーダー、太っ腹だね」


「ヴァレオ……調子に乗りすぎだ……」


 酒場に来るなり注文したお酒を喉を鳴らして飲み干したヴァレオさんが店中に響くような大声をあげる。

 仕切りがあるとはいえヴァレオさんの大仰な浮かれぶりには人目が気になって少し恥ずかしい。

 カインさんの酒場でもお酒を飲んだ大人たちは皆気分よく酔っ払っていたけど、飲んだだけでそんなに機嫌が良くなるものなんだろうか……不思議だ。


「まあ、いいじゃないか。帰り道では特に何事もなく無事に王都まで帰ってこれた。統率個体のハイオーグレスや取り巻きのオークたちの装備品も高く買い取って貰えたし、なによりオーク集落が冒険者ギルドの報告と違って予想以上に大規模だったお陰で、報告の不手際分の追加報酬も貰えた。フフッ、リーダーが浮かれるのも少しは分かる」


「しかし……あの様子ではな……」


「そう硬いこと言うなよ、カザー。俺たちは将来王都に迫る危険の芽を取り除いたんだぞ。少しぐらい喜んだっていいだろぉ〜。そうだ! 冒険者ギルドに報告にいった時のいけすかねぇヤロウのあの態度を見たか! いい気味だったな!」


「ああ、あいつか……最初に依頼を受けた時もヤケに突っかかってきて面倒だったが、まさか依頼達成の報告にまで疑いをかけてくるとはな。あれには驚いた」


 興奮した様子のヴァレオさんがテーブルにコップをバンっと叩きつけるように置くと、カザーさんが神妙に頷く。


「あ〜、アイツね。あたしもアイツは嫌いだから普段は王都本部には近づかないようにしてる」


「ボクは初めて見たけどあんなギルド職員もいるとはね。……世界は本当に広いよ」


 イオゼッタもルインも呆れたような表情でコップを傾ける。


 ラウルイリナが依頼の受理を断られていた口元に浮かべた薄笑いが不気味な冒険者ギルド職員の男性。

 同じギルド職員のエディレーンさんからも注意するように言われた冒険者に嫌がらせをするその人は、依頼の報告に冒険者ギルド王都本部に再訪したときにも図らずも再び出会ってしまった。


「スエイトラとかいったっけか? あのいけすかねぇ細ガリ男。冒険者からの評判も最悪だったが実際に会ってみるとまた面倒くせぇヤツだ。何年か前にアイツのせいでギルド職員が王都から追い出されたって聞いてたが、いまだにギルドに所属してやがるんだよなぁ」


「噂では、王都の貴族に気に入られているからクビにできないと聞いたな」


「そうなの? あたしはお金で職員を買収してるって聞いたけど」


「なんにせよ。いい噂の聞かない人物のようだね」


 そんな評判まであるのか……。

 ラウルイリナに対する態度からも冒険者を小馬鹿にするような雰囲気を漂わせていた。


「たがまあ、報告にいった時はまさか疑われると思わなくて驚いたが……」


「アイツ、盗み聞きでもしたのかあたしたちがオーク集落をこんな少人数で壊滅させたって聞いて明らかに怪訝な顔で突っかかってきたからね」


「ゴールドウェポンスライムの擬態武器を携えたハイオーグレスの大規模集落を依頼通りに壊滅させて、そのうえで虚空から現れた瘴気獣まで倒したなんて聞いたら疑うのも少しはわかるんだけどね」


「……荒唐無稽な話だからな」


「クライがマジックバックからゴールドウェポンスライムの流動片を取り出した時の反応は笑えたな。ハナから信じてなかったからか相当狼狽えてたからな」


「王都本部にいたやる気のない冒険者たちにまで笑われてたからね。本人は顔を真っ赤にして何も言い返せなくなってたから、少しは大人しくなるんじゃない? まあ王国本部には滅多に行くことはないからあたしには関係ないけど」


 王国本部ではちょっとした騒ぎになってしまい、騒動を聞きつけたエディレーンさんがその後の対応を引き継いでくれたので助かった。

 彼女も金色に輝く流動片を見ると最初こそ驚いていたが、詳しい話を聞いてくれて報酬の増額もしてくれた。


「せっかくの祝いの席でそんな話はもういいだろ。ほらっ、全然食ってねぇじゃねえか。お前たちももっと呑んだり食ったりしろ」


 喉を鳴らしながらお酒を飲み干すヴァレオさん。

 

「この店は王都の外れだが酒も料理も美味い。俺たちもよく利用する馴染みの店だ。ヴァレオの奢りらしいからな……遠慮するな」


 ヴァレオさんもカザーさんも目の前に広がる数々の豪華な料理を薦めてくれる。

 その優しさに甘えるようについ気になっていたことを聞いてしまった。


「それで、あの……俺たちまで参加させていただいて良かったんですか? ゴールドウェポンスライムの素材をまるまる譲って貰ったのに……」


「私たちの分配を考えると依頼の報酬より価値有るものを譲って貰ってしまった。この席に座っていていいものだろうか……」


 ラウルイリナも申し訳なさそうに畏まっている。


 戦闘途中で上位個体へとクラスアップした魔物ゴールドウェポンスライム。

 統率個体のハイオーグレスが扱っていた金の特大斧は核を失ったことで金属のように硬い欠片に分かれた。

 

 依頼を受ける前からヴァレオさんたちにはウェポンスライムの素材を譲って貰う代わりにその他の報酬は辞退することを伝えていた。

 しかし、ウェポンスライムからランクアップしたゴールドウェポンスライムは素材としての希少さが跳ね上がってしまった。

 冒険者ギルドでも今回の依頼報酬よりも高く買い取ってくれるらしく、ヴァレオさんは気にせず持っていけと言ってはくれたが、ずっと気になっていた。


「……クライもラウルイリナも遠慮なんかするなよ。お前たちが居なかったらこの依頼は達成できなかった。胸を張って座ってろ」


「……はい」


「…………はい」


 旅に出る前は不安があったがいまはヴァレオさんがリーダーで良かったと思う。


「なら私は問題ないですね。なんといっても、あのアラクネウィッチを単独で倒したんですから」


「あ、ああ……勿論だ。イクスムさんも遠慮なく過ごしてくれ。イクスムさんが居なかったら今頃俺たちは全員魔物の餌になってただろうからな」


 ヴァレオさんの持つコップより明らかに大きいジョッキでお酒を浴びるように飲むイクスムさん。

 ……最初から遠慮なく飲み食いしていたように思うけど。


「……なにか言いましたか?」


「な、なんでもないです」


 お酒に酔いながらも胡乱げに睨んでくるイクスムさんに内心を見透かされ動揺しているとルインが話しかけ助け舟をだしてくれる。


「それにしても、ミストレアのような防具に近い天成器は見たことがないよ」


「……そうなのか?」

 

「金属の杭を撃ち出す機能は帝国で存在の噂されていた石材掘削用魔道具パイルバンカーに似ているね」


(なんだと!?)


 パイルバンカー?

 帝国では魔道具の発展が著しいとは聞いたことがあるけどミストレアのような魔道具が存在するのか?


「最もボクの聞いた話ではその場から動かせないほど巨大なもので、一度杭を打ち出したら、杭の再装填にはかなりの時間、下手したら何日もかかる欠陥品だと聞いたけどね」


「そうなのか……」


(ふぅ、驚きはしたが、私の杭は再装填に何日もかかる代物ではないからな。その魔道具とは比べ物にならないだろう。……良かったぁ)


「教国や森林王国でも数多くの冒険者を見てきたけど、肘まで覆うような形は見たこともないし、噂でも聞いたことがない。本当に珍しい天成器だよ」


「俺としてはカザーさんの双槍の天成器のような二対一組の方が珍しいと思うけどな」

 

 エクレアの双剣の天成器ハーマートも見たときは驚いたな。

 ……いや、ミストレアのような自己主張の激しさの方が驚いたか。


「う〜ん、確かに、生成の儀式から二つに分かれた天成器を持つ者は少ないけど、第三階梯で二対一組になる天成器は結構多いよ」


「そうだったのか……」


「両手で武器を取り扱うのは難しい、というか修練や慣れも相応に必要だから巧みに操れる人は少ないけどね」


 ルインは果実のジュースを一口飲んで喉を潤すと話を続ける。


「そもそも天成器は、星神が魔物や瘴気獣と戦うために人類に与えた意思を有する武器。剣や槍、槌、拳、弓、銃など相手を倒すために武器の形を取るものが大半だ。なかには盾や杖なんかの直接戦闘より使い手を守ることが得意なものもあるけど、それでもミストレアのような腕の大部分を覆う天成器は聞いたことがない」


「……私もルインと同じ意見です。ミストレアのような防具に近い天成器は他には知りませんね。拳武器の天成器も手首くらいまでと聞いたことがありますから……小手、それも重装甲の小手ともなるとやはり相当希少でしょうね」


(ははっ、二人が口を揃えて珍しいと言うなら、やはり私はクライに相応しいと言うことだな!)


 ルインとイクスムさんの二人に変形先の珍しさを説明されたミストレアはいつになく上機嫌だ。


「それより、一時はどうなるかと思いましたが、これで学園にも憂いなく通えそうですね」


「それは……」


 学園のことをすっかり忘れていた。

 そうだった、学園に入学するかもまだ返事してなかった。

 依頼達成に浮かれていた俺を諌めるように強い口調でイクスムさんが攻める。


「か・よ・え・ま・す・よね! ……貴方の入学をお嬢様は期待しているのです。まさか……裏切ったりしないですよね」


 こ、怖。

 お酒に酔っているのもあるだろうが、至近距離まで赤みがかった顔を近づけてきてかなりの迫力がある。


 学園か……。

 エクレアは俺が入学するのを本当に期待してくれているのだろうか。


「そうか……王都の学園に通うんだな」


 話を聞いていたのかラウルイリナが寂しそうな声で呟く。

 それは、予想外のことを聞いて落胆してしまったかのようなか細い声だった。


「ラウルイリナはどうするんだ。いまは家出中だろ。一旦家族のいる領地に帰るのか?」


 これからラウルイリナはどうするんだろう。

 ゴールドウェポンスライムの素材でもラウルイリナの直したかった始祖の剣は修復できるのはグランツさんの武器屋に寄ってすでに確認してある。

 グランツさんはさらに希少な素材が使えることにかなり喜んでいて、修復にかかる費用はいらないと言っていたから頼めばいずれ出来上がるはずだ。


「そうだな。直した剣を弟に届けたいんだ。……弟は剣の天成器、父上の領地を受け継ぐことになる。せめて修復した始祖の剣を渡したい。……私は……継ぐことはできないからな」


「そうか……」


「それと、一度家に帰った後はまたすぐに王都へ戻ってくるつもりだ。……私が王都で冒険者として活動してきて、心の余裕がなかったばかりに傷つけてしまった者たちがいる。出発前にも謝るつもりだが、彼らにしっかりと償いがしたいんだ」


 ラウルイリナが天成器を使えなかったときに最初にパーティーを組んだ人たちのことだろう。

 彼らにとっては強度のそれほどない通常の武器を使い、天成器を出現させられなかったラウルイリナは足手まといだったようだ。

 戦力にならないと追い出された形にはなるが、ラウルイリナは彼らに心から謝りたいと訴えた。

 

「そ、それで……一つ提案があるんだが……」


 ラウルイリナは決意に満ちた表情を一変させると恥ずかしそうに俯く。


「その……彼らへの償いが済んだら……一緒にパーティーを組んでくれないだろうか。が、学園に通うなら冒険者として活動する時間はほとんどないかもしれないけど、それでもいい! 私は! 君のそばに居たいんだ! 私を君のパーティーに入れてくれ!!」


「……」


「図々しい願いなのは自分でもわかっている。だが、私は……」


(どうする、クライ? ラウルイリナは心からの願いを言ったぞ。お前はどう思った?)


「俺は……まだ自分の進む道にも迷ってる」


 ラウルイリナは俺の独白を静かに聞いていてくれる。


「これから学園に通うかも、冒険者として活動していくかも、それとも父さんのように狩人として生きていくのかも迷ってる。……それでも強くなりたいと願ってる」


 そうだ。

 強くなりたいという願いは変わっていない。


「そんな迷ってばかりの俺で良ければ……俺からも頼みたい。俺とパーティーを組んで欲しい」


 俺とラウルイリナは互いに握手を交わす。

 たった二人、お互いの共に戦う天成器たちを合わせて四人のパーティーがここに結成した。


 名もなき未熟なパーティーに何が待ち受けているかはわからない。

 それでも胸の奥底には未来への希望があった。


「あぁ、勇気をだして良かった」


 ラウルイリナの安心しきった声がなぜか耳に残った。






 楽しい時間はあっと言う間に終わりを告げる。

 酒場から出るとそこはすでに夜の帳が落ち始めている。

 王都には光を発する魔道具で作られた街灯と呼ばれるものがあるので、道もある程度は明るいがそろそろ各自、家路につく時間だ。


 意外とカザーさんはお酒に弱かったらしい。

 すっかり酔っ払って足元の覚束ないカザーさんにヴァレオさんが肩を貸している。

 

「あ〜〜、今日は集まってくれて助かったぜ。お陰で美味い酒が飲めた。カザーはこんな調子だから代わりに礼を言っとく。お前らが一緒で最高だったぞぉ〜〜」


 ……ヴァレオさんも相当酔っ払ってるらしい。

 カザーさんを支える身体がフラついてる。


「こんな所で叫ばないで下さい。まったく、酒に溺れるほど飲むなんて気合いが足りませんね」


「ぐぁ〜〜」


 イクスムさんが今にも倒れそうな二人の首根っこを掴むと猫のように持ち上げる。

 闘気で身体強化しているのか?

 背の高い二人をいとも容易く支えている。


「あ〜〜、ヴァレオの奢りだったから……食べすぎたかも。ちょっと気持ち悪い」


「だ、大丈夫か!? 背中を擦ろうか?」


「ラ、ラウルイリナ!? 余計気持ち悪くなるからやめて!!」


 食べ過ぎで元気のないイオゼッタを心配してラウルイリナがオロオロしている。

 こういうときはあまり刺激しない方がいいだろう。

 慌てた様子でイオゼッタの周りをぐるぐると回るラウルイリナを止めるために歩き出す。

 

 不意に肩に軽い重みを感じた。


「…ッ……ーク」


 それは夕闇の喧騒に掻き消されるような微かに響く声。


「――――え?」


 振り返ればそこには俺の肩に手を置いたルインの姿。


「ん? どうしたんだい?」


 気のせい……か?


「最後まで騒がしいものだね。それにしても、せっかく出会ったのに、これでお別れなんて寂しいよ。このパーティーで冒険するのは思いの外楽しかったのに」


「そうだな……俺も楽しかった」


 ルインは言葉通り臨時のこのパーティーが解散するのが寂しいのか、残念そうな目で皆を見つめている。


「ボクはこれまでと同様にソロで冒険者として活動するつもりだけど、暫くは王都にいる。君がパーティーに誘ってくれれば、いつでも参加させて貰うよ。時間が合えばまた一緒に冒険しよう」


「……そのときはよろしく頼む」


「フフッ、さてイオゼッタがそろそろ限界そうだ。彼女はボクが宿まで送っていくとしよう」


 ルインは颯爽と歩きだすと、落ち着かないラウルイリナを止め、イオゼッタに近づいていく。


 これにて、オーク集落壊滅のための冒険は終わりを告げた。

 次なる試練は王国最大の学園への編入試験。

 

 強くなる。


 その目標のためにはいまよりもっと知識と経験を身につけることが必要だ。

 なにより学園なら母さんが言ったように他国の知識も含めて幅広く手に入る。


 いまだ迷いを抱えたまま、ただ一歩を踏み出す。

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