第30話 学園と観光


 決闘の後、ハイネルさんに誘われて母さんとエクレアと屋敷で昼食を取ることになった。


 見たことのないほど長いテーブルに、純白の卓布が掛けられ、陶器のお皿に盛り付けられた数々の料理が並べられている。

 昨日の夕食のときも慣れない環境に緊張したが、なにより使用人の人たちに見られながらの食事はかなり落ち着かない。

 マナーについてはいまは気にしなくていいと母さんは言ってくれるけど、綺麗な所作で食事をする母さんやエクレアを見ると、自分が間違った食事の作法をしていないか不安になる。


 それでもこの機会に気になった学園の詳細を尋ねてみた。


 食後の母さんとハイネルさんの説明では、学園の正式な呼び名はトルンティア王立学園。

 王国中から広く学生を募集しており、貴族も一般国民も同じ校舎で学ぶことになる。


 戦闘技術から一般知識、礼儀作法と多彩な分野の授業が行われる、志願する学生は学園内の寮で生活することを許される。

 学園では現役の騎士や宮廷魔導士、冒険者による講習が度々行われ、実力も高く、有名な人物から貴重な手解きを受けられるということで学生からの人気も高いらしい。


 話の中でも気になったのは行事と図書館について。


 学園の行事では、実際に王都の外に出て魔物討伐を行う課外授業、冒険者同行のダンジョン攻略の体験も行われる。

 また、帝国、教国との交流会や競技大会なども行われ、他国と積極的に関わる機会も与えられる。

 

 図書館には王都国立図書館には及ばないものの、戦闘技術を学ぶための貴重な書物も所蔵されていて、それらは闘気や魔力、闘技、魔法因子についても詳しく記載されている。

 特に魔法因子を学べる書物は少なく、習得に必要な知識を得るのは難しい。

 通常なら誰かに師事したり、冒険者ギルドなどが主催する講習会で習うものを書物として閲覧できるのは大きなメリットだ。

 

 それと編入試験について。

 編入試験が行われるのは約二週間後。

 一般知識の基礎能力を測る筆記試験と戦闘技能を測る実地試験の結果から合否が判定されるそうだ。

 編入試験では戦闘技術の高さが合否に大きく影響するらしい。

 冒険者ギルドも運営に関わっている学園では、戦闘技能の高い志願者を筆記試験の結果だけで不合格にするのは本意ではない背景もあるようだ。


 また、ハイネルさんは、イクスムとあれほど戦えるなら実地試験は問題なく高得点を取れる、と言っていた。

 筆記試験も大まかな王国の歴史や地名、簡単な計算問題など教会で教わるような事柄を理解できていればいいらしく心配いらないとのことだった。

 

 母さんとハイネルさんから聞いた内容は昨日聞いたものもあれば新しく知ることもあり、学園に通うかのいい判断材料になった。

 食後にハイネルさんの淹れてくれた紅茶を一口飲み母さんは言う。


「学園に通うことはクライにもいい経験になるだろう。なにより、同じ年代の実力者が揃って競い合う場はそうはない。様々な者たちと触れ合う機会は貴重なものだ。……時間はまだある、じっくりと悩めばいい。母としてはこの屋敷を拠点に暮らしてくれたほうが話をする機会も多くなる。できればここから学園に通って欲しいものだ。ふっ、それに、学園に通うとなればエクレアも嬉しがるだろうしな」


「……っ」


 エクレアはいつも通り無言で紅茶を飲んでいるが、心なしか少しムッとしているようにも見える。

 同じ学園に通うのは嫌なんだろうか。

 相変わらずいまいちわからない。


 それにしても、学園に通うのも一つの選択肢として有り得ることだろう。

 王都まで来たのも、母さんたちに会いにくること、強くなることが大きな目的だった。

 ……果たしてどうするべきか。


「今日はイクスムと決闘をしたと聞いたぞ。それも変則的なルールはあれど見事に勝利したとか」


 この先の進路について悩んでいると上機嫌そうに母さんが話し掛けてくる。

 もう話が広がっているのか。


「刻印からすでに第三階梯まで到達しているとは気づいていたが、上手くイクスムに奇襲をかけるとは……ふっ、アッシュの教育が良かったのかな」


「決闘ではイクスムさんがかなり手を抜いて俺にチャンスをくれていました。そうでなければ勝負にもなりません。父さんは狩人として必要なことを教えてくれましたから……そのお陰でイクスムさんに認めてもらえたのかもしれません」


 狩人の戦い方はもう俺とは切っても切り離せないほど染み付いている。

 獲物を狩るために気配を消し、機を待ち続ける。

 よく観察し、動きを予測、時に罠に掛ける。


「……む、クライ、その……親子同士だ。敬語はやめにしないか。エクレアには初対面でも普通に話し掛けていたではないか。……私は寂しいぞ」


「――っ!?」


 自分でも気づいていなかった。

 哀しそうな瞳でこちらを見る母さんに動揺してしまう。

 確かに、無意識に心に壁を作ってしまったのかもしれない。

 

「お互いに知らないことばかりだ。ゆっくりでいい。私にも普通に接してくれるように慣れてくれれば嬉しい」


「その……気をつけます」


「……」


 マズい、無言の圧力が強い。


「いや、気をつけるよ」


 満足そうに淹れ直してもらった紅茶に口をつける母さん。

 ……これからはもう少し歩みよれるように努力したほうが良さそうだ。


 話を逸らすようにもう一つ気になっていたイクスムさんが言っていた通達についても聞いてみることにした。

 誰が情報を手に入れたのか母さんに聞いてみると。


「外交に携わる者ともなると、国外は勿論、国内にも様々な所にパイプを持つ必要がある。情報源についてはその内クライも知ることになるだろうから、私の口からはいまは言わないでおく」


 貴族ともなると情報を手に入れる手段は色々とあるのだろうか。

 上手くはぐらかされてしまった。


「午後からは王都を観光してくるといい。エクレアもそのために学園を休ませたようなものだ。楽しんでくるといい」


 そう言って母さんは仕事のために食堂を出ていった。

 ……情報源、誰なんだろう。






 午後からは昼食での母さんの提案通り王都をエクレアが案内してくれることになった。

 驚いたことに王都観光には馬車に乗って各場所に赴くようだ。

 それと、エクレアの他にイクスムさんとアーリアも同行してくれるそうだ。

 エクレアと二人だけだとまだ少し気まずいから二人がいてくれて良かった。


 馬車が進みだすと気まずそうにイクスムさんが話し掛けてくる。


「その……盾のことはすみませんでした。少し……戦闘に夢中になってしまいまして……」


 決闘でボロボロになってしまったトレントの盾。

 とはいっても、王都までの旅路ですでにダメージが蓄積していたのだろう。

 手入れしつつ騙し騙し使っていたが、いつ壊れてもおかしくなかった。


「あれは……仕方ありません。」


「伯爵家の警備兵が普段から防具の手入れや特注するのに贔屓にしている防具店があります。宜しければそこで弁償させて貰えれば……」


「弁償……ですか。……あれは戦いの中で起きてしまった不幸な事故のようなものです。それに、あの盾は限界だったこともあります。気にしないで下さい」


 ギガントアントイーターとの戦いですでに限界だった。

 むしろあんなに乱暴に扱っていて壊れていないのはおかしかったのかもしれない。

 いま思えばこれもステータスに表示された高レベルの盾術のお陰だったのだろう。


「そうだとしても、壊してしまったのはこちらの落ち度。私はあまり防具を必要としないので防具店について知識が疎いので……そうですね、冒険者ギルドで良い防具を取り扱う防具店について聞いて見ましょう」


 いいことを思いついたと笑顔見せるイクスムさん。

 弁償については遠慮しようと断ったけど簡単には納得してくれなそうだ。


 そんなイクスムさんの格好は決闘のときとは明らかに違っていた。


「その……二人共さっきまでの服装とは違うんですね」


 二人の服装はひらひらとしたメイドの服ではなく、イクスムさんは冒険者風の動きやすい服、隣に座るアーリアは王都でも見かけた色合いの簡素な服だった。


「ああ、この服ですね。普段の戦闘用メイド服だと案内には目立つので着替えました」


「せ、戦闘用……」


 あのメイド服は戦闘用だったのか……。

 戦闘には不向きな服装じゃないかとも思ったけど、あれも魔物の素材でできているのだろうか?

 

「それでですね……エーリアスがどうしても紹介して欲しいと言っていまして……」


 恥ずかしそうに刻印を見せるイクスムさん。


「お話するのは初めてですね。私はエーリアスと申します。先程の決闘では主がお世話になりました」


 その声は透き通った若い男性の声でこちらに敬意を払う響きが籠もっていた。


「主の自分勝手な行動に付き合って頂き、有り難う御座います。主はエクレアお嬢様に降りかかる危険を取り払おうと過剰に反応してしまったのです。ですが、エクレアお嬢様を思う気持ちは本当のもの、どうかお許し頂きたい」


「許すもなにも、こちらこそ魔法を織り交ぜた戦闘についていい経験をさせてもらいました」


「主はクライ様が訪れたことで戦闘指南役として舞い上がってしまったのです。クライ様の実力を見極め稽古をつけたいと。そして、クライ様が期待以上の実力をお持ちだったために少し張り切ってしまった」


「エ、エーリアスっ!? 何を言っているんです!」


 エーリアスさんの発言にイクスムさんが殊更動揺した様子で声を荒げる。

 結構最初から魔法をバンバン使っていたと思うけどあれも少し張り切っただけなのかな……。


「それにしても、私を吹き飛ばした一撃も大変素晴らしかった。身体ごと押さえることで視界も同時に塞ぎ、強烈な一撃を加える。見事な手際とそれを支える強力な天成器の為せる技ですね」


 エーリアスさんはかなり褒めちぎってくれる。

 馬車という密閉空間の中での手放しの称賛はかなり恥ずかしい。

 その空気を裂くように自慢気な声が響く。


「そう言われては私としても黙っていられないな」


「……ミストレア」


「そろそろ私も自己紹介したほうがいいと思ってな。いい機会だ。私はクライの天成器ミストレア。そして、共に悠久を過ごす契約者。クライ共々よろしく頼む」


 高らかなミストレアの宣誓に暫し重苦しい無言の空気が流れた。

 ど、どうしよう。

 すると、不意に無表情で佇むエクレアがその右手を上げる。

 そっと掌を返すとそこに見えるのは――――二重刻印。


「……ハーマート」


 ガタゴトと僅かに揺れる馬車の中に光が現れる。

 刻印が剥がれるように光の欠片に変わり二つの塊に別れ、空中に泳ぐ。


 エクレアの掲げた右手と伏せられた左手。

 光の欠片が集い象ったのは二振りの剣。

 姿形の全く同じ騎士の振るうような麗美な両刃剣がエクレアの両手に握られる。


「……挨拶を」


「私はハーマート。エクレアの天成器にして永遠の姉。エクレアのお兄様とその天成器に会えるとは光栄よ。どうやら待ち望んでいた通りの人たちで安心したわ。よろしくね」


「……余計なことは言わなくていい」


 なん……だと。


 こんなに主張の激しい天成器がミストレア以外にいるなんて。

 まさか使い手の姉を自称する天成器がいるとは……正直圧倒されてしまった。


 基本形態から二対一体の天成器とは、道理でイクスムさんが戦闘技術を教えるわけだ。

 二刀の扱いに慣れているイクスムさんなら的確に扱い方を教えられる。

 ……それにしても、決して広いわけではない馬車の中で剥き出しの刃物をだすとは、エクレアはなにを考えてるんだ?


「……」


 視線が合うと、どことなく得意げなように見えた。

 ……気のせいか。


「ほう、なかなか面白い奴がいるな。どうやら、お眼鏡には叶ったらしい。だが、クライはまだまだ強くなる。予想なんてすぐ飛び越えていくぞ」


「そうね。私から見ても貴方たちは今以上に強くなれる予感しかしないわ。イクスムも鍛えるつもりのようだし。それでも私のエクレアなら貴方たち二人に負けないわ。たとえ敬愛するエクレアのお兄様とその天成器が相手だろうと……」


「ははっ、言うじゃないか、気に入ったぞ」


「ふふっ、貴方も興味深いわね」


 笑い合う二人の天成器。

 マズいな、会わせてはいけない二人を会わせてしまったかもしれない。

 そんな恐ろしい雰囲気の真っ只中でアーリアは不満を顕にする。


「皆さんずるいです。私たちも仲間に入れて下さい。グララっ!」


 アーリアの小さい掌に現れたのば片手持ちの金槌。

 柄から膨らむ頭部の両端は僅かに突起のある形をしている。

 出現させる前の格納状態では刻印の円は一つだった。

 彼女は立ち振舞いからもほとんど戦闘もしていないように見えたから当然か。


「よ、よろしく……お、お願いします」


 なんともか細い気弱そうな女性の声が聞こえる。

 

「もう、グララ! もっと大きい声で挨拶して、失礼でしょ」


「そんな〜、こんなに社交的な人たちの間に入っていけないよ〜」


 明るい性格のアーリアが内気なグララを引っ張っていくのがこの二人の力関係のようだ。

 

 馬車は喧騒さを増しながら王都の中をゆっくりと進む。

 目的地に早くついて欲しいと素直に思った。






 馬車は王都でも観光場所として名高い時計塔付近に到着した。

 なぜ直接時計塔の前まで行かないのか。

 アーリアによると時計塔前は馬車通行不可の広場になっているからだそうだ。

 出店も多く出店していて王都民から冒険者、他国からの旅行者も王都に来たら必ず寄る人気スポットらしい。

 

 確かに広場から見上げる時計塔は荘厳で力強い印象を受ける。

 こんなに背の高い建造物を作れるのかと疑問に思う。

 アーリアによれば高さだけなら第三障壁内部の王城にも匹敵する大きさらしい。


 王城といえば、第三障壁は第二障壁より高く作られていてその全貌は窺い知れない。

 噂では一つの街がすっぽりと覆えてしまうくらい巨大な建造物だと聞いたけど、本当だろうか。

 王城の関係者でないと第三障壁より内側には入れないらしいので観光もできないけど、いつか見れる日が来るんだろうか。


 時計塔を後にして、その後も一行を乗せた馬車は王都を巡る。

 といっても中まで気軽に見学できる施設は少ない。


 それらはどこもいまは開催していなかったり、招待状がないと入れない所ばかり。

 しかし、馬車は静まり返った施設の横をゆっくりと通り、その度にアーリアが事細かに各施設を説明してくれた。


 帝国を真似て作られた戦闘を生業とする者たちがこぞって競い合う闘技場、毎夜の如く開催され王都民の熱望する『真紅』の大劇場、度々開催されては国内外からの貴重品や珍品が出品されるオークション会場。

 

 どれも外観だけでも見る価値のある王都自慢の施設らしい。

 アーリアの興奮した声が馬車を包む。


 そんな中、イクスムさんの提案で次の目的地、王立図書館に行く前に冒険者ギルドに寄ることになった。

 王都第二障壁付近に位置する冒険者ギルド王国本部。

 

 王国最大の冒険者ギルドは一体どのような場所なんだろうか?

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