第17話 総評


「模擬戦が終わったら総評だ。初めから流れを追っていくぞ」


 敗北の余韻も収まらないままカルラさんは、広場の脇から見学していたみなさんを呼び寄せる。 

 一人走ってキャンプ跡まで行くとジャンプしながら大きく手招きする。

 ……なんだか模擬戦が始まる前より元気になってるような。

 そのまま集まると長めの休憩をとる。


「どちらも素晴らしい腕前でしたよ。いや〜見学させていただけて良かった」


 ドルブさんは嬉しそうに頷く。


「結構いい勝負だったッスけど、カルラのほうが一枚上手だったッスね。まあ、まだまだこれからッスよ」


「怪我はないですか? まったく、カルラは無茶するんだから」


 ララットさんは励まし、サラウさんは心配してくれる。

 腹部を蹴られたけど蹴るというより押し出す感じだったので痛みはほとんどない。

 

 木の丸太に座るとイザベラさんがコップを手渡してくれた。

 冷たい水で少し落ち着いた所にカルラさんが話し始める。


「まず最初だな。模擬戦とはいえ人を傷つけたことないんだろ。魔物相手に見せていた正確な射撃が出来ていなかった」


 確かにそうだ。

 つい躊躇してしまった。

 途中からはカルラさんの気迫につられてかろうじて模擬戦の形になっていたけど、最初は上手く狙えなかった。


「次に対人戦の経験のなさが現れていた。フェイントや小細工を使うのは当然のことだ。誰だって負けたくはない。それに盗賊なら命をかけて襲ってくる。なんだってやってくるぞ」


 フェイントか……見事に引っ掛かってしまった。

 普段倒しているゴブリンやグレイウルフは意図的なフェイントは掛けて来ない。

 すっかり頭から抜け落ちていた。

 ……経験を積めば対処できるようになるんだろうか。

 人と人との命をかけた戦いもそうだ。

 模擬戦ですら躊躇するのに果たしてどう対応すれば……。

 

「今回カルラは上手くクライ君を川辺に誘導していましたけど、戦闘では周囲の環境も把握しなければいけません。その他にも退路の確保、罠や伏兵の有無、魔法も含めた射程の把握。覚えることはたくさんありますよ。よろしければっ、私がっ、教えますっ!」


 魔法について教えて貰ったときのような爛々とした瞳でサラウさんが言う。

 グイグイと近づいてきて丸太の椅子の端まで追い詰められた。

 ……本当に誰かに指導するのが好きなんだな。


「まあ、そんなに焦って覚えなくていい。じっくり覚えて行けばいいさ」


 落ち着かないサラウさんに代わり今度はイザベラさんが続ける。


「盾を使う技術は見事なもんだ。カルラの攻撃を上手く捌いているし、観察力が高いのかよく躱せてもいる。ただし途中で気づいたんだが……カルラが最後なにをしたのかわかっているか?」


「そうです! カルラ! なんであんな危険なことをしたんですかっ! エルラを変形させる必要は無かったでしょっ!」


「ち、ちゃんと当てないようにしただろ」


「当たってないから良いってわけじゃないのよ。そこに正座しなさいっ!」


「ララット〜、助けてくれよ〜」


「うわっ、こっちに来るなッス」


 ララットさんを盾に広場をぐるぐると逃げ回るカルラさん。

 家族のように共にはしゃいでいる姿は、このパーティーの絆の深さが覗える。


「話を戻すぞ。カルラが天成器を振り下ろして地面に突き刺した後だ」


「気づいたら背後に回られていました。……あれは一体どうやって?」


「天成器に隠れてお前の死角に入ったんだ」


 カルラさんの身体全体が隠れるほど大きくないはず。

 回り込まれて気が付かないなんて……。


「それだけじゃない気配を極力無くして気づかれにくくした。さらに闘気で短時間、身体強化することで素早い移動を可能にした。……カルラも大人げないと言うか……負けず嫌いと言うか……」


「エルラのエクストラスキルは使ってないからいいだろ! 本気は出さなかったんだから」


 サラウさんに追い回されていたカルラさんが堂々と答える。

 散々振り回されたのかララットさんとサラウさんは呆れ顔で見ていた。

 ……言っても聞かなかったんだろうな。


 それにしてもやっぱり本気じゃなかったんだな。

 印に一撃加えるだけならミノタウロスのときの炎の加速を使えば瞬く間に出来ただろう。

 トレントの盾を蹴り上げられたときにも、やろうと思えば追撃できたはずだ。


 勝ち目だけでいったら勝負が始まる前から薄かった。

 

「ま、まあそんなに落ち込むな。後半は結構本気で戦ったんだぞ」


(後半といっても最後は畳み掛けるように一瞬で負けてたけどな)


 ぐ……確かにミストレアの言う通りだ。


「今回の模擬戦は印のこともあるしお前には相性が悪かった。だが、そのお陰でわかってきたこともある」


「わかってきたこと……ですか?」


「お前の弱点と言っていいかわからんが……見えていない攻撃に弱い。カルラが石礫を投げて視界が盾に塞がれたとき、その後の蹴りを受け流せなかった。あれだけそのミノタウロスの攻撃を受け流していたお前がだ。最後もそうだ、見えていないから対応できていない」


 ミノタウロスは確かに強かった。

 しかし、力の割に単純な動きが多かったことも事実だ。

 ……予期できる攻撃には上手く対処できても見えない攻撃には弱い。

 突然手に入れてしまった盾術のスキル。

 上手く扱えているつもりでも、意外な盲点があったのか……。


「盾を扱う技術の高さに反して、経験が圧倒的に不足している。一体どう鍛錬すればこうなるのか……」


「それは……」


「まあ、詮索はしない。誰にだって話したくないことはあるからな」


 まだまだ足りないところばかりだと思い知らされる。


「そう落ち込むな。自分の弱点がわかっていればそれを克服するよう鍛錬すればいいだけだ。幸いカルラは暇なのが苦手だから模擬戦ならいくらでも付き合ってくれるだろ。サラウは苦い顔をするかもしれないが」


「む、そんな顔しませんよ。ドルブさんの許可は必要ですが……幸いバヌーまでの道程では魔物は少ないですから問題はないでしょう。なによりドルブさん自身が模擬戦に乗り気ですから……話をした時も、ぜひ身近で観戦させて欲しいと、ずいぶん熱望してましたから。……期日厳守の依頼と聞いていたけどいいのかしら」


 たしか依頼の荷物をヘルミーネまで配達するんだったか。

 アルレインの街にわざわざ届けるような物があっただろうか?


「よーしっ、次はイザベラだ。ほらっ、早く来いよ」


「イザベラさん、カルラさんが模擬戦をお願いしたいそうです。よろしければお相手をお願いします。馬たちも旅で疲れていますからもう少し休ませてあげましょう」


「イザベラ、諦めるッス。なんか二人揃うと手に負えないッス」


 いつの間にドルブさんを味方につけたのかカルラさんは二人してイザベラさんを強引に模擬戦に誘う。

 二人を横目にララットさんなんかすっかり諦め切った顔をしてる。

 ……ドルブさん、もう少し自重したほうがいいのでは?


(ドルブもなかなか面白い人物だな)


「はぁ、わかったよ。仕方ない……ヴィンセント」


 広場にゆっくりと歩いて行くイザベラさんの手元に光が集まり斧の形を象る。

 模擬戦が始まるのをぼうっと眺めていると、不意に後ろから声が掛かった。


「……せっかくの機会ですから伝えておきます。カルラもイザベラも態度にこそ出しませんけど貴方にはとても感謝しているんです。あっ、もちろん私もララットも、ですよ」


「それは……また、どうしてですか? 俺はこの旅でお世話になってばかりです。多少護衛の仕事を手伝わせていただいていますが力になれてるとは言い辛い、教えて貰うことばかりです」


「アルレインのギルドマスターに確認しました。貴方があの時……ミノタウロスに吹き飛ばされ追撃を受けそうになった時、カルラとイザベラを助けてくれたんですよね」


「それは……でも、俺だけの力ではないです。あの場にスコットさんがいなければ的確には動けなかったと思います」


 ミノタウロスに雷の属性矢を放てたのもスコットさんの指示のお陰だ。

 何より槍の一撃がなければ、暴れ回っていたミノタウロスに痛手を負わせて救助する隙は生まれなかっただろう。


「ふふ、それでも、ですよ。」


 穏やかな笑顔でサラウさんが笑う。


「冒険者に憧れるただの小賢しい子供だった私を、カルラとイザベラがパーティーに誘ってくれたんです。二人は私にとって掛け替えのない仲間です。貴方の咄嗟の援護がなければどうなっていたことか……貴方のお陰で助かりました。ありがとうございます」


 見惚れるような綺麗なお辞儀をする。


(はは、クライの活躍をここにも知っていてくれる人がいる。ミノタウロスと死闘を繰り広げたかいがあったな)


「〈月下美人〉の彼にもお礼を言いたかったんですけど、すぐに街をでてしまったみたいですね。言いそびれてしまいました」


 後からレトさんに聞いたがスコットさんはパーティーの仲間からの連絡で急いで街を出ていってしまったらしい。

 急な出発になったけど一緒戦えて最高だったと伝言を受けた。

 心配をかけた謝罪をしようと思ったのに会えなかったのは少し残念だった。


「カルラもイザベラもガラにもなく恥ずかしがっているのかも知れません。貴方に戦い方を教えてお礼をしたいのかも。ふふ、照れ屋な二人を許してあげて下さいね」


「許すもなにも、二人には本当に多くのことを与えて貰ってます。こちらこそ感謝しなくては……」


「ララットはああ見えて警戒心が強いですから……その内クライ君にこっそりお礼を伝えに行くと思いますよ。あの子も貴方のことを信用し始めてますから。なにより初対面の人物にあんなに砕けた態度を見せるなんて滅多にないですからね」


 そう言ってサラウさんは眩しいものを見るかのように広場に目線を送る。

 眼前では白熱した模擬戦が繰り広げられていた。

 剣と剣のぶつかる甲高い音が空気を揺さぶるように響く。






 商隊の馬車に揺られること七日。

 カルラさんたち〈赤の燕〉のみなさんに色々なことを教わりながらの旅もいよいよ目的地が近づいてきた。

 旅の途中何度か魔物の襲撃はあったが無事にここまでくることができた。


 カルラさんとイザベラさんからは対人戦闘と闘気の扱いを。

 サラウさんには魔法の対処方法と瞑想による魔力操作の鍛錬を。

 ララットさんには魔物の生態と行動予測を。

 

 共に旅することにならなければこんなにも多くのことを学べることはなかっただろう。

 旅に同行させてくれたドルブさんにもカルラさんたちにも、どれだけ感謝してもしきれない。


 アルレインの街から飛び出して初めて訪れることになる他の都市。

 一体どんな世界が待っているのだろう。

 僅かな不安と期待を持って新しい都市へ向かう。

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