第14話 旅の仲間


「行きますっ! 各自散開して下さい! 【ウォーターボール】!」


 サラウさんの合図でグレイウルフたちを相手していた前衛が一端飛び退き射線を開ける。

 唱えたのは水魔法の呪文。

 次の瞬間、杖の天成器の先端に水の塊が二十cmほどの球状に集まり、馬車に真っ直ぐ疾走してくるグレイウルフ目掛けて発射される。


 水球はグレイウルフに直撃すると水飛沫をあげ炸裂し、弾き飛ばした。

 

 狩人の森にも生息するグレイウルフ。

 灰色の毛皮をもち鋭い爪と牙で獲物を切り裂く狼型の魔物。

 王国内のほとんどの地域に出現し森の中や洞窟に拠点を作りそこから狩りに出かける。

 地域によっては毛色が違い黒色や白色の個体もいるらしい。

 単体ではそれほど強い魔物ではないが集団での連携力は侮れない。


 街道脇で獲物が来るのを待ち伏せていたのだろう。

 一斉に襲ってきたグレイウルフたちから馬車を守るため迎撃する。

 

「行くぞ! エルラ!」


 カルラさんが新たに茂みから現れたグレイウルフに飛び掛かり、片手剣の天成器で素早く次々と傷つけていく。

 その一撃は鋭くグレイウルフたちはカルラさんに近寄れない。

 だが、傷つき何体も倒れていくが不思議と逃げていく様子はない。


 これは……。


「カルラ! 陣形を乱すな! 馬車が守りづらくなるだろっ!」


 イザベラさんがグレイウルフを斧の天成器で斬り伏せながら声を張りあげた。

 仲間が一撃で両断される破壊力にグレイウルフたちは大幅に距離をとる。

 まあ、ああはなりたくないよな。


「援護します」


 カルラさんを包囲し背後から襲おうとしていたグレイウルフに矢を放つ。

 戦況はこちらが優勢だ。

 サラウさんの水魔法はグレイウルフを遠距離から吹き飛ばし連携を取らせない。

 カルラさんはグレイウルフたちの中央で暴れ回ることで足並みを崩し注目をあつめて囮になる。

 イザベラさんはサラウさんと馬車に近づくグレイウルフを阻みながら確実に数を減らしていく。


「グオオォォォォォォン!!」


 そんなとき、咆哮が響くと共に続々とグレイウルフの新手が現れた。

 その中の一体、グレイウルフたちの後方に銀の毛並みをした一回り大きな狼の魔物がいる。

 奇襲が失敗しても逃げないのはおかしいと思っていた。

 この集団を統率する個体が指示していたから逃げ出さなかったんだ。


「気を付けろ、シルバーウルフだ」


「カルラ! もう少し下がって下さい。シルバーウルフには物理攻撃は効きづらいです。私の魔法で仕留めます」

 

 下がるカルラさんを追ってきたグレイウルフに牽制の矢を何本か放つ。

 一端馬車の前まで下がったカルラさんは楽しそうに笑いながらこちらを向く。

 

「援護助かったぜ。ミノタウロスとの戦いを遠目で見たがやっぱりいい腕してるな。シルバーウルフはわたしとサラウが相手する。……後ろは任せたぞ」


「はい!」


 シルバーウルフの号令を受けてなおも苛烈に攻めてくるグレイウルフたち。

 それを落ち着いて対処する三人を見ながら数日前の顔合わせのときの出来事を思い出していた。






「よう! 待たせたか」


「カルラ! 貴方はいつも寝坊して。すみません、遅れました。護衛を依頼された〈赤の燕〉です」


「いえいえ時間通りですのでどうかお気になさらず」


 待ちあわせしていた冒険者ギルド前の広場に四人組の冒険者が小走りで現れた。

 ローブを着た金髪の女性が申し訳なさそうに何度も頭を下げている。

 カルラと呼ばれた女性の頭を抑え無理矢理下げる。


 ……あれ、もしかして。


「ははは、悪い悪い。もっと早く来る予定だったんだがな」

 

 間違いない、光刃の天成器を扱っていた女性だ。


 黒い艷やかな髪を頭の後ろで一纏めに縛り止めている。

 スラッとした長身と辺りによく通る高い声は人の注目を集めるのだろう、通りを歩く人々が不思議そうに見ている。

 いつものことなのか周りで一緒に謝る仲間たちは苦笑いだ。


「それでご依頼では王国東の都市ヘルミーナまで商会の馬車を護衛するとか」 


「ええ、そうですね。私がご依頼したドルブと申します。ヘルミーナで海産物を仕入れ王都の商店に販売するつもりなんです。荷物はマジックバックにも入れていますが、やはり大容量の物は値段が張りますから、荷物を積んだ馬車を護衛していただきたいんです。もちろん急遽決まった依頼ですので報酬はその分上乗せさせていただきます」

 

 この辺りの魔導具店はあまり品揃えが良くないから値段までよくわからなかったけど、やはり大容量のマジックバックは高級品なんだな。

 母さんからのマジックバックはいくら入れても容量が空いているようだったけど。

 

 ……大事にしないと。


「なんでもこの間の瘴気獣との戦いで依頼を受けていた冒険者が怪我をされて入院してしまったとか」


「そうなんです。それで冒険者ギルドを通じて皆さんを紹介していただきました。どうしても荷物を期日までに届けないといけないもので。長期の依頼になりますがよろしいでしょうか?」


「わかりました。問題はありません。それと今回の依頼では商会の人間以外にも同行者がいると冒険者ギルドから聞かされていたのですが。……もしかしてそちらの方が?」


 ローブの女性のキリッとした瞳がこちらを向く。


「そうですっ! みなさんに紹介したい方がいらっしゃるんですよ」


 ドルブさんは手を叩くと振り返った。

 この場の五人の目が一斉にこちらに向く。

 ……ちょっと緊張するな


「こちらはクライ様、冒険者ギルドからの口添えで訳合って共にバヌーまでご一緒することになりました」


 恭しくドルブさんが紹介してくれる。

 どうもこの人は腰が低いというかへりくだった物言いをする。

 初めて会ったときもずいぶん低姿勢でこちらがいたたまれない気持ちになった。


「クライです。冒険者ギルドで提案を受けてバヌーまでご一緒することになりました。どうかよろしくお願いします」


「あなたは……」


 金髪の女性はなにかに気づいたような驚いた顔をする。


「そうそう、こちらの方は瘴気獣迎撃戦で活躍された“小さな英雄”のクライ様です」


 は?

 ドルブさんから変な単語を聞いた。

 な、何を言ってるんだ?


(良かったじゃないか。“小さな英雄”。クライにピッタリだな。……くくく、はははっ)


 このっ。

 ミストレアめ、絶対にからかって言ってるな。


「確かにミノタウロスと戦ってた坊主だな。あれは見事な戦いだった。よく倒せたもんだ」


 カルラさんはそう言って俺の背中をバシバシ叩く。

 

「遠目から見ていましたが。たしかに堂々とした戦いぶりでした」


「ああ、よく倒せたな」


「いや〜、ホントスゴかったッス」


 褒めて貰えるのは嬉しいけど周りの視線を集めていてなんだか恥ずかしい。


「まずは自己紹介からですね。私はサラウ、魔導師のクラスを習得している水魔法使いです。そしてこちらが私たち〈赤の燕〉のリーダー」 


「おう、私がリーダーのカルラだ。リーダーと行っても私は突撃して敵を蹴散らすことの方が得意だ。細かいことはサラウに聞いてくれ。それとこいつが私の天成器のエルラ」


 カルラさんが腰の片手剣を指差し紹介する。

 白銀に赤いラインの描かれた両刃の片手剣。


 大剣じゃないのか。


 細見の剣身は一mぐらいでニm以上あった大剣とはぜんぜん違う。


「エルラよ、カルラ共々よろしくね」


 自分から自己紹介する天成器は珍しい。

 ミストレアも喋るのが好きだから意外と気が合うかもしれない。

 ……いや、ミストレアは気に入った人と話すのが好きだからな。

 

「イザベラだ。パーティーではカルラと共に突撃したりサラウの護衛が多いな。重戦士のクラスだ。よろしく。で、このちっこい犬の獣人はララットだ」


「ララットッス。斥候を担当してるッス。よろしくお願いするッス」


 小柄なララットさんの頭には二対のふさふさとした犬に似た耳が直立している。

 アルレインの街でも何人か見たことがある種族。

 獣人と呼ばれる人たちは外見に動物の特徴を持ち、人間より身体能力が高く、聴力、嗅覚も高いらしい。

 

「クライです、こちらこそよろしくお願いします」


「ミストレアだ。よろしく」


 レトさんには王都までの護衛を頼んだけど、アルレインの街から王都近辺に向かう冒険者は少ないらしい。

 そのため、ドルブさんの馬車に途中まで同行させていただくことになった。

 〈赤の燕〉のみなさんは冒険者ギルドですでに聞いていたのか、同行を心良く承諾してくれた。


「みなさん、自己紹介出来たようですね。クライ様は王都まで旅する予定だとか、途中までですがよろしくお願いします」






 襲撃してきたグレイウルフを半数ほど倒したがシルバーウルフは健在だ。

 狩人の森では数年に一度しか現れないグレイウルフの上位個体。

 グレイウルフを統率し集団での狩りを得意とする。

 銀の体毛は物理攻撃を通しにくく、咆哮で仲間を呼び寄せる。

 同じ上位個体には反対に魔法攻撃が効きにくいゴールドウルフもいるらしい。


 カルラさんが何度か切りつけてもシルバーウルフの銀の体毛は深くは切り裂けない。

 グレイウルフより圧倒的に早い動きで連続して攻撃してくる。


「グルルッ」


 唸り声を上げサラウさんに向かって走り出した。


「【ウォーターウォール】」


 サラウさんの前方に水の壁が地面からそびえ立つように現れた。

 シルバーウルフは突然現れた水の壁に体当たりするようにぶつかっていく。

 しかし、水の壁を通り抜けたとき、シルバーウルフは急激に減速した。

 

「【ウォーターニードル3】」


 すかさず呪文を唱えるとサラウさんの前方の空中に、小さい三つの水球が現れ、そこからそれぞれ水の針が伸びる。

 水の壁に勢いを殺されたシルバーウルフにサラウさんの放った水魔法が迫る。

 身を捩って躱そうとしたが一本の水の針が脇腹を掠めた。

 銀の体毛に赤く血が滲む。


 負傷したシルバーウルフはサラウさんから大きく距離を取った。

 すると、突然馬車の裏手から声が掛かる。


「いや〜、やっぱり上位個体が率いているだけあって賢いッスね。別動隊に死角に回り込ませて馬車を襲おうとしてたッス。ワタシが見てて良かったッスね」


 ララットさんだ。

 万が一のために馬車の近くで待機してもらっていた。

 その手には小柄なララットさんには取り回しづらそうな白銀の長剣が握られている。

 長剣からは魔物の血が雫となって止めどなく落ちている。


「さあて、後はコイツだけだな」


「手負いの獣は凶暴です。注意して下さい」


 十体以上はいた仲間はほとんど倒され残りはあと僅か。

 果たしてどう来る。


 シルバーウルフは傷ついた身体で未だ諦めない。

 どうやら逃げる選択肢は選ばなかったようだ。


 狙いは先程脇腹を傷つけられたサラウさん。

 途中カルラさんの攻撃が身体に当たるも構わず一直線に疾走する。


「これで最後ですっ! 【ウォーターシリンダー・スピン】!!」


 それは渦巻く水の柱だった。

 サラウさんの頭上にニmほどの水の柱が現れ回転しながら飛んでいく。

 

 激しい衝突音が轟く。


 水の柱は正確にシルバーウルフを捉えた。

 吹き飛ばされ地面に力無く横たわる。


 再び立ち上がることはなかった。

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