第7話 初めてを捧げる
甲高い鈴の音に目を覚まし、アンジュはもぞもぞとベッドの中でうずくまる。
あれ以来、起床は朝六時。
そして、朝七時の朝食はアンジュの部屋でゼストと共に取る。
完全に魔性の女となってしまったアンジュだが、自覚は全くなかった。
むしろ振り回されて疲れていて、ため息が増えたほどだ。
「起きろ、アンジュ」
「ふあっ!」
予定よりも早いと思い、がばっと身体を起こすと、思わず足首を摩ってしまう。
痛みはないが、アンクレットを付けたせいで違和感があり、癖なのだ。
「おはようございます、ゼストさま。早いですね」
そう言うなり、口づけされる。
目覚まし設置と共に義務になって、朝のキスが習慣になりつつあるが、全然慣れない。
「そんな顔して、どんな夢見てたんだ?」
甘えた声が耳朶に心地よくなってきている。
自分でも信じられない思いで、ゼストを受け入れつつあるが『不倫』の二文字がストッパーになる。
「……なにも……んっ……キス、長い……」
「いいだろ? 今日の夢はアンジュの夢だったんだ」
「そ、そう……はぁっ……ぁっ」
「感じてるだろ」
「ち、違う!」
強引に押し返すと、アンジュはゼストを睨んで威嚇した。
正直なところ、ゼストがふしだらなお陰で、アンジュは正気でいられた。
こんなろくでもない男の毒牙にかかってたまるかと、拒絶反応して迫られても断ることを覚え始めている。しかし、朝のキスだけは断りきれずにいた。
きっと、それが新鮮で、ときどき夢でゼストに会ってしまうせいだろう。
心は頑なに閉じていようとも、強引に割り込んでくる彼に戸惑うばかりだ。
恋心が強引に植え付けられている、そんな気もした。
「続き、しないのか? アンジュは側室だろ?」
「……身体が、欲しいと言うのですか?」
「そう。欲しい。昨日の夢のせいでアンジュの柔肌の感触が抜けない」
「どんな夢を見たの……?」
胸を鳴らせながら、アンジュは訊いた。
「アンジュが俺を欲してる顔をした夢。いやらしい顔だった」
「わ、私がそんな顔すると思いますか?」
「確かめさせろ」
ごくんと生唾を飲んだ。
さっきのキスだけでも蜜が溢れてしまっている。
それに、朝同じ時間に起床して食事も一緒に取っていることなど、彼の寵愛を受けていることに他ならない。不倫だが。
「仕事だろ?」
「し、仕事?」
「そう思えば、アンジュも楽なんだろ?」
改めて言われて、なぜか心が静まり返るように否定された気分だった。
いつの間にか、ゼストとの関係が仕事では納まりきらなくなっている。
自分が彼に抱く好意が『好き』というものならば、それを『仕事』に置き換えなければ死刑になる。真剣に考えると頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。
「仕事なら」
アンジュは言われるがまま、ゼストに潤んだ瞳を向けていた。
秘部はとろとろになって、彼を欲している。
(私、ゼストのことを最低だと言っておいて、自分だって最低じゃない)
するすると寝着を脱がされると、すぐに裸にされた。
慣れた手つきは沢山の側室を抱いてきた証拠だろう。
オーフィリア国の風土は本当に嫌いだと改めて言い聞かせた。
押し倒されて、もう一度キスをされると、アンジュの息が弾んだ。
「んっ……はぁ……はぁ……」
「どうした? いつも拒むのに」
「側室は、ゼスト様を拒めません」
「じゃあ、今まではどうして?」
「……」
「答えたくない?」
胸が跳ねた。
自分の中に答えが薄っすらあることは分かったが、明確にしてはいけないことだった。
その途端に誰もが幸せを失うのだ。
ゼストとアーネストは別居をしていると聞かされても、それはそれで幸せなのだ。
アンジュだって同じだ。
側室だからこそ、平穏だった。
口腔を丁寧に舐め回されて、恍惚に浸る。
今まで感じたことのない快感に瞳を潤ませた。
「んっんっ……はぁ……」
「もっと声を出せ、アンジュ。苦しそうだ」
「いけません……」
「どうして? よがり狂う方が、俺の為だぞ……?」
そう言われて、アンジュの息は荒くなった。
彼を好きだとは明言しないが、人生を狂わされていることは確かだ。
こんな風に淫らに身体を好きにさせているのだって、こんな筈じゃなかったと後悔する日がくるだろう。
ちゅっと音を立てたキスが終わると、うなじをペロペロと舐められて身体をひくつかせた。
そして、乳房を手がすっぽり覆うと、そのままやわやわと揉まれる。
初めての感覚にアンジュは蕩ける思いになり、声が自然と漏れてしまった。
「やぁ……やぁ!」
腰をくねらせていると、ピンク色の尖ったところを押し潰された。
それだけでも頭の中が何も考えられず、息が詰まる思いにさせられる。
短い息を吐いてなんとか快楽から逃げていると、先端を重点的に捏ね回された。
「あっあっ……んんっ!」
「アンジュ……今、どんな顔をしていると思う?」
「わ、わからないわ」
「俺の見た夢のとおりの蕩けた顔だ」
そう言われて、思わず顔を覆う。
しかしそっとゼストに手を固定されて、今度は舌先でぺろぺろと膨らみを舐められた。
「あんっ!」
「そうして啼き続けるといい。俺だけの為に」
「ゼスト……さまぁ」
とろとろの頭で彼を呼ぶと、卑猥な声だった。
聞いたこともない自分の声に、余計にくらくらしてしまう。
先端を舌先でこねくり回されると、足を広げられて秘丘に指が這いまわった。
「あっ!」
そのまま花芽を摘ままれると、蜜がとめどなく溢れてきてゼストの指を汚し始める。
圧し潰すようにされると身体が戦慄き、意識が滔々してくる。
くちゅくちゅと音がし始めて、羞恥を煽られて仕方ない。
そのまま指が膣に入ると、初めて感じる遺物感にアンジュは戸惑い足を閉じた。
「ダメだよ、アンジュ。こうしてほぐそう。初めてなんだろう?」
「だめっ……だめっ……頭が真っ白になりそうで……」
何も考えられなくなって、快感と恐怖が入り混じる。
蜜道に指が入るなどありえないことで、恐怖を感じた。
抜き差しされて激しい水音が立つと腰が勝手に揺らめいてしまう。
はしたない女だと自虐的に思いつつ、止めることが出来ない。
激しく掻き混ぜられて、内壁を擦りあげられた刹那、背が仰け反った。
「あっ……あぁあ!」
激しく喘ぐと、すぐに指が引き抜かれて、代わりにスラックスをくつろげる音が聞こえてくる。そして、熱が蜜口に当たった。
「え……」
「避妊はする、アンジュとはたっぷりしたいからな」
そう言われると、ゆっくりと猛りが身体を貫き始めた。
「あっ!」
感じたことのない痛みで、身体が壊れるかと思う。
恐怖を感じながら、ゼストにしがみついた。
「痛い……」
「アンジュの体温を感じる……もう、このくらいにしようか」
「え……? でも」
「いやだって、顔だ」
はっとして、ゼストを見つめていたことをうっかり忘れていた。
顔を逸らすと、猛りが膨れて圧迫感が増す。
同時に痛みが走り、顔をしかめた。
「ほら、俺の方見て」
アンジュをじっとゼストを見つめながら、息を整える。
腹の中にあるのは、ゼストの男根だ。
とうとう、一線を越えてしまった。
「動いていい?」
「だめっ」
「そうして縋る顔、可愛いな。アンジュは最近怒ってばかりだったから」
「……」
自分でも、今日どうしてこうなったのか、分からない。
こんなことをしたら、誰も幸せにならないと分かっていた。
しかも、アンジュはまだ自分の気持ちを手放し、ただの側室でいることも可能だ。
好きだとか嫌いだとか、そういうことだって関係ないと言い切れる。
でも、ゼストから仕事だろと言われて、少しムキになっていた。
ゼストだって、オーフィリア国にいれば誰だって関係が持てるし、側室が相手なら、妻がいようと問題ない。
彼はアンジュが縛られている『不倫』に全く拘束されていないのだ。
アンジュだけが、我慢して、泣いたり笑ったりするのは辛かった。
だから、仕事なら問題ないと自分に言い聞かせた。
「もう帰ってください。終わりました」
「まだ朝食を食べてない」
「でも、抱き合って汗を掻いていますから」
「何を怒っている?」
ゼストに頬を撫でられて、アンジュはその手を払いのけた。
怒る必要なんてないし、泣く必要もない。
でも、『側室』として抱かれたことが思いのほかアンジュを困らせた。
ゼストはどう思ったか分からない。
自分の中で恋人のように抱かれたかったという想いが膨らんでいることに、戸惑いと悲しみが湧いてくる。
出来損ないのような想いが辛い。
掛け布団を被ると、ゼストがそっと頭のあたりを撫でてくれた。
「初めてだろう? 怖かったか?」
「ち、違います。もうお帰りください」
「帰るよ。でも、また抱いてもいいかな」
アンジュは戸惑い、黙り込んだ。
「ここじゃ、バレるから、近いうちに塔に移り住むように手配しよう」
「え?」
アンジュが思わず顔を出す。
側室が塔に移り住むなんて話は聞いたことがない。
湖畔の向こうに小さな塔があるのは知っていた。
白を守る四つの塔とは別に、別邸のように建てられた人口の湖の傍にある小さな塔。
何に使われたのかは分からないが、ナンは恐ろしい拷問部屋ではないかと言って、アンジュには近づいてはいけないと言っていた。
ルドルフは何も言っていないが、城に仕えるふたりが何も知らないのが、かえって恐ろしい。
「あの、なぜです?」
「ここじゃ狭いだろ?」
「いえ、ここでも充分ですが」
アンジュは布団から顔を出して、ゼストを見つめた。
悲しそうな目は自分だけを見つめている。
さっき繋がったばかりで、どうしてそんなに切ない顔するのだろうと、アンジュには分からない思いでいっぱいだった。
「とにかく、塔に住めば、話もかなり進むはずだ」
「話がすすむ」
アンジュは身体を貫かれた痛みに耐えながら、答えた。
でも、ゼストの言うことがイマイチよくわからない。
「あの、だってもう充分ですよね?」
「どうしてだ?」
「だって、身体の関係だって出来たんですよ?」
「それのどこに満足できる? 俺はアンジュを手に入れていない」
「いえ、だから……」
「離婚まで、待っててくれ」
(またそこっ!)
アンジュはくらりと眩暈を覚えた。
結局、ゼストとの密会が深くなろうが浅いままだろうが、アーネストとの関係が切れない限り、彼は離婚だ離婚だとずっと言い続けているのだ。
そして、アンジュは王をたぶらかした魔性の女。
(地味な私が……。王を惑わす魔女と言われる日がくるのかもしれない)
アンジュはがっくり項垂れると、ゼストから頭を撫でられた。
「大事にする。アンジュはオーフィリア国が嫌いなんだろうが、俺には王の血が流れている。まあ、それなりに厄介な血がな」
「なんです? それ」
「王家に伝わる、言い伝えみたいなものだ。だから、安心しろ」
言い伝えと聞いてアンジュは首を傾げた。
そんな話は聞いたこともない。
末端の自分には教えることもないという意味かもしれないが。
「塔を用意させ次第、セイに案内させる。長身の細身の銀髪の男で俺の側近だ」
「はあ……」
「じゃあ、ニ、三日後に塔でな。すぐに用意がしたい」
「えっ! 待って。私……私っ!」
アンジュは断る暇もなく、入れ替わりに現れたメイドに裸を見られて、絶句した。
「こ、これは!」
「ゼスト様からの言いつけで、口外はしません」
「……あの、本当に黙っていて?」
「はい」
ほっとため息を吐くと、メイドは朝食を置いて去っていった。
視線が冷たく刺さるようで、ナンと違い親しみもなく慣れない。
どうして彼女がいいのだろうと思うが、代わりに詮索をされずに済んでいるので、そこは良い点だ。
深いため息吐いてから、寝着を着て朝食に手を付け始めた。
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