第232話 女神像

俺とイサベルの表情を交互に見ると、聖女は再び口を開く。何も彼女は俺達を絶望に突き落とそうとしてそんなことを言った訳ではなく、ただ推測を述べているだけだ。


「しかし、異世界へ行ってしまった魂を再びこの世に呼び戻すことは不可能ではありません。イサベルさん、貴女の手に入れたその力には無限の可能性が秘められています。光の魔法ならば異世界からも呼び寄せることができるかもしれません。」


聖女の瞳が、ベールの向こう側から見える。それは単なる予測などではなく、確信に満ちた瞳だった。


「異世界から……!?」


「イサベル、頼む。もう一度魔法を使ってくれ!」


「勿論です。もう一度リティ様に会えるのであれば...私はなんだって致します!」


イサベルは両の手を胸の前で合わせ、そう言い放つ。聖女はイサベルのその様子に微笑むと、扉を開いた。俺達をとある場所へ案内すると彼女は告げる。


静かな神殿に歩く俺達の足音だけが木霊し、灯りがゆらりと怪しく揺れた。少し歩いた後に現れた扉を開くと、開けた空間が現れる。中央には優しい微笑みを称える女神像が飾られていた。


「ここは神殿で最も聖なる力が高まる場所…つまり女神様の御前です。聖なる力と光の魔法はその本質がとても似通っていますので、イサベルさんの魔法もより強く発揮できることでしょう」


女神像に手を向け、聖女はそう呟く。そう言われてみれば確かに、俺達が先程までいた部屋よりもずっと空気が澄んでいるように感じた。


「申し訳ございませんが、私にできることはここまでです。後は神の示すままに…。イサベルさんの祈りが届くことを強く願っています」


ここからは聖女もイサベルと神の力に頼るしか術がないようであった。だが十分だ。もう一度彼女に会える可能性が見えたのだから。

イサベルは聖女にお礼を告げると、俺に向き直る。


「殿下。殿下の魔力を…私に捧げてくれませんか?」


「……え?」


「捧げると言っても、少し魔法を…水の魔法を周りで使って頂くだけでいいんです。なんだかその方が…リティ様に早く繋がる気がするんです」


「いい考えですね、イサベルさん。リティ様と親しい殿下の魔法であれば、自然とリティ様を探して道を開くかもしれません。私もその方法をお勧め致します」


イサベルの祈るような視線と、聖女の真っ直ぐな視線が俺に集中する。


「なるほど、分かった。任せてくれ」


断る理由などなかった。俺が頷くとすぐに聖女は「私も微力ながら魔法を使わせて頂きます」と呟いた。


光の魔法を使い、闇の魔力によって消えたリティを追うというところまではいいのだが、ついさっき目覚めたばかりのイサベルの魔力を彼女が使いこなせるのかというと疑問だ。


それに光の魔法は使える者がいないせいで幻、いや神話の一種のように思われていたため、具体的な使い方などどこにも載っていない。ないからと言って諦める訳にはいかないが、イサベルに全てを託すしかない自分の無力さにはため息をつくしかなかった。


「さぁ、イサベルさん、女神様の前へ」


ゆっくりと前に歩み寄ると手を組み、祈りを捧げようとしたイサベルは、背後に立つ俺に声をかける。


「……殿下、私の命は殿下とリティ様に救われました。その瞬間から私の身も、私の魔法も全てお二人のものです。お二人の幸せの為なら、私はなんだってできますよ」


「……イサベル」


「お二人にはいつだって笑っていてほしいんです。それは私も、聖女様も、アーグレン様も…皆が同じ思いなのですよ。ですからどうか、自分が直接魔法を使えないことを悔やまないで下さいね」


自分の考えを読まれていたことに驚いたが、それ以上にイサベルのその心に感動した。


「…あぁ。ありがとう」


あの時リティが助けたのは主人公だったからというただそれだけの理由だっただろうが、今こうして彼女が無事でいて本当によかったと強く思った。


イサベルは微笑むと、再び前を向き、地面に両膝をつく。女神様に祈りを捧げた彼女の身体は少しずつ淡い光を纏い始めた。それはあの時リティシア嬢が蘇った際に放たれた光と、よく似ていた。


眩しさに目が眩んだが、自分のやるべきことを思い出し、呪文を唱える。召喚された幾つもの小さな水の竜が辺りを激しく飛び回り、イサベルの元へと向かっていく。次いで聖女の風が皆の頬をふわりと撫でた。


イサベルの光は何故か次第に女神像へと吸い込まれていき、俺の魔法や聖女の魔法までもが女神像へと吸収されていく。その不思議な光景に驚いたが、聖女は続けるように指示をした。


そして女神像が一定の光を取り込んだ時、一層強く眩い光を放った。その途端、女神像は突然蓄えていた魔力を外へと吐き出し始める。激しく点滅をし、目の痛くなるような光を放った。


「これは……」


明らかに異常な女神像の様子に失敗を覚悟したその時、イサベルが叫んだ。


浄化スペクタル!」


ずっと目を瞑っていたイサベルはゆっくりと目を見開くと、目の前の光景に驚いて何度も瞬きをする。そこにあったはずの女神像の姿は消え、見知らぬ扉が現れていた。

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