第206話 強制連行
二人に連れられ、慌てて玄関へと向かうと、突然現れた王宮の使者に戸惑う執事の姿があった。ルナとイサベルは只事ではないと察知し、私の後をすぐに追ってくる。
使者は私を見るや否や、紋章の刻まれた紙を取り出して「皇后陛下からのお呼び出しです。今すぐお城へ来て下さい」と告げた。
昨日の誕生日パーティには予想通りではあるが、皇后は来なかった。贈り物すら屋敷には届いていない。
だがそれについての謝罪をするために使者をよこしたというわけではないようだ。
命令を忠実に執行する使者の瞳が私の瞳を鋭く捉えた。
「あの、ご命令通り娘をお連れしましたが……一体この子に何の御用なのですか?」
お母様は私の肩を持つと不安そうに使者へ尋ねる。しかし使者は冷たく「それはお教えできかねます」とだけ言い放った。
理由は教えられないが今すぐ来てほしい……なんと失礼な呼び出しだろうか。
それにしてもいくら皇后の使者とはいえ、公爵夫人に対してこのような態度を取るのはいかがなものなのだろうか。
「理由を教えて頂けなければ、いくら皇后陛下のご命令でも娘を渡すわけにはいきません」
お父様が私とお母様の前に立ち塞がる。その姿を見た使者は表情一つ変えずに呟いた。
「これはお願いではなくご命令なのです。公爵様がなんと仰ろうと、我々にはリティシア様をお連れする義務があります。」
公爵夫人だけでなく公爵自身にまでこの態度……使用人はそのまま主の考えを表すことが多い。
これはきっと……皇后はお母様とお父様をなんとも思っていないということだ。
そうでなければこんな強引に愛娘である私を連れて行こうとはしないだろう。
イサベルやルナはなんと声をかけるべきか迷っているらしく、私がどうするのかをじっと見守っている。
「……今すぐ行かなければならないの?」
私が静かに告げるとお父様が振り返る。道を開けるよう仕草で伝えると、不安そうにしながらも言う通りにしてくれた。
「はい。今すぐ我々と一緒に来て頂きます」
準備する時間すらもくれないって訳ね。このままではお城に行くことは決定だろう。だがただでは行かない。このままやられっぱなしは悔しいので、少し挑発してみよう。
「……もし、嫌だと言ったら?」
「……それでは我々はこうせざるを得ません」
そう呟いたその瞬間、一瞬にして私の周囲を兵士達が取り囲み、身動きが取れなくなる。
私の意思を尊重する気など微塵もないらしかった。こちらに向けられる鋭い剣の先端がそう物語っていた。
「リティ!?」
「リティ様!」
「お嬢様!」
四人が一斉に焦ったような声をあげるが、私は至って冷静だった。お父様ではなく私が拒否したら簡単に拘束とは……。どう考えても完全になめられている。
正直こんな包囲網は悪役令嬢の魔力にかかれば簡単に抜け出せるのだが、それをしたところでただの時間稼ぎにしかならない。他の人を人質に取られでもすれば私の魔力などないも同然。
この先どう足掻こうと私は行くしかない。それを、使者も、兵士達も理解していた。
「……分かった。行くわ。だから早くその剣を下げなさい」
「リティ……」
大人しく兵士達が引き下がると、唐突にイサベルが私の元へと飛び込んできた。私は突然の衝撃に驚きながらもなんとか彼女を受け止める。
「い、イサベル?」
「リティ様、理由を言えないお誘いなんてどう考えてもおかしいです!皇后陛下はリティ様をあまりよく思っていらっしゃらないとの噂ではありませんか!絶対に行ってはいけません!」
いつになく必死に訴えるその表情に気持ちが揺らぎそうになるが、慌ててその気持ちを切り替える。
「イサベル、いい?この状況だと私はもう行くしかないの。皇后陛下が私をよく思っていないことくらい分かってるわ。でも大丈夫。絶対上手くやるから。」
「リティ様を信じていない訳ではございません。ですがこれはいくらなんでも……。こんな時に…こんな時にアーグレン様がいらっしゃらないなんて…!」
悔しそうに表情を歪める彼女に、私は深く息を吐き、呟く。
「えぇ…
強制的に連れて行こうとされたら、いくら相手が皇后であろうと護衛騎士であるアーグレンが黙っていない。妨害される危険性を取り除くため、予め彼を呼んだのだ。
「…イサベル。もし貴女に何かあったら、真っ先に城へ逃げなさい。アレクが貴女を守ってくれるから」
「…こんな時に私の心配なんて……リティ様、ありがたいですが今はご自分の心配をなさって下さい!」
イサベルが心配そうに私の瞳を見つめるが、私はそっと彼女の肩を押し、自ら使者へと歩み寄る。
「リティ様……」
「私はこのまま着いていくわ。その代わり、
この屋敷の人には手を出さないで。それくらいは約束してくれてもいいでしょう?」
「勿論、リティシア様が来て下さるのであれば我々は何も致しません。お約束致しましょう」
一切変わらなかったはずの使者の表情が笑顔に変わっており、それが逆に不気味であった。
お母様とお父様も、他の全員が私を心配そうに見つめるが、私は彼らを安心させるように笑い返した。
大丈夫、いつかはこの日が来ると思っていたから。もう覚悟は決めた。私の未来は……自分の手で絶対に掴み取るわ。
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