第198話 誕生日パーティ編 終

「許すって……初めから怒ってないよ」


「あらそうなの?貴方はもっと怒ってもいいのよ。このパーティ会場を破壊するくらい盛大にね」


「そんなことをしたら王子の権利剥奪だろうな……」


「ふふ。そうね、でももしそうなっても私は貴方が好きよ。王子であろうと平民であろうと貴方は貴方だからね」


私はそう言って彼の頬に手を伸ばすと、彼は驚いたようにこちらを見つめる。


この澄んだ水色の瞳が私だけを見つめているだなんて未だに信じられない。正直未だに夢か幻かと疑ってしまう。


決して触れることも、関わることもない小説の中の人物。悪役として彼に嫌われるのではなく、彼は私を選んでくれた。


それは悪役令嬢リティシアではない、私という人物を肯定してくれたということでもある。私はこの先リティシアとしてではなく、一人の人間として、彼の為だけに生きると誓おう。


「……ありがとう」


「だからお礼はいらないって何度も言ってるでしょ。私の方が言い足りないくらいなんだからね。…さぁ、話は終わった?もう行きましょ。皆と特大ケーキが私達を待ってるわよ」


「あぁ、そうだな。早く行こう!」


彼はそう言うと、私の手を迷うことなく取り、私の手を強引に引く形で皆の所へと向かった。


そして暫くして運ばれてきた特大ケーキを前にしてアルターニャが目を輝かせていた。


そんな彼女に「王女様、ツヴァイト殿下に優しくすると誓えますか?この場で誓えるならこのケーキを差し上げます。なんと今なら王女様が食べたい分だけあげちゃいますよ。」と耳打ちする。


彼女は「えっ、ほんと?」と呟き少し考えると、「……そうね。分かったわ、考えてみる」となんとも微妙な表情で答えた。


兄弟の間の壁は、思った以上に高いらしい。私にできることは、彼らの関係が少しでも和らぐことを祈るだけだ。


…それから私達はケーキを食べ始めたのだが、アーグレンが本当に美味しそうに食べていたのでアレクと顔を見合わせて笑ってしまった。


イサベルはと言うとこんな豪華なケーキは見たことがないと驚いて、またその美味しさに更に仰天していたのがとても可愛らしかった。


特大ケーキが用意されていたことにはとても驚いたけど、今日は最高の誕生日パーティになった。


心から楽しむ私の心を表すかのように、胸元のルビーが美しく輝いていた。


【アルターニャ】


特大ケーキを好きなだけ頬張った後、リティシアと殿下に別れを告げ、城へと戻ってきた。


住み慣れた城が一番居心地がいいはずなのに、私の足取りは重い。リティシアと殿下の距離が思った以上に縮まっていたからという理由もあるのだが…単純にリティシアに言われたことが頭から離れないのである。


ツヴァイトに優しくしてほしい…彼女は本気でそう言っていた。あの日ツヴァイトに手をあげた私を叱った殿下も……私にそうすることを望むだろう。


だが今の今までずっと冷たく扱ってきた腹違いの弟を、今更本当の弟のように可愛がるなんてそれこそ虫の良すぎる話だ。ツヴァイトだって突然手の平を返すことを嫌がることだろう。


そして何より実の兄であるエリックがツヴァイトを嫌っていた。私はそんな兄に合わせて嫌ってきたのだが、そうすることで殿下やようやく少しだけ仲良くなったリティシアに嫌われるくらいならば…私のしていることに価値はあるのだろうか。


そう考えながら宛もなく城を歩き回っていると、今最も会いたくなかった人物と出会ってしまう。曲がり角から顔を覗かせた彼は私を見るなり嬉しそうに顔を輝かせた。


「ターニャ姉さん…お帰りなさい。リティシア様とアレクシス殿下には会えた?」


この間私に酷いことをされたのに、まるでそれがなかったかのように接するのね。彼の立場上仕方ないのかもしれないが、きっとそれだけが理由ではない。


相変わらず彼は本を抱えている。とても分厚く難しそうなタイトルの本だ。


「ツヴァイト……えぇ、会えたわよ」


自分よりずっと小さい存在なのに、なんだかとても立派に思えてくる。私はその気まずさに思わず目を逸らす。


「そっか、良かった。勉強がなかったら僕も行きたかったな」


招待状はツヴァイト宛に来ていたというよりはルトレット城全体へ向けたものと、私に向けたものの二つが来ていた。


お母様とお父様は多忙なために行けず、お兄様は鼻で笑って無視していたが、ツヴァイトは行きたそうに見つめていた。しかしお兄様はツヴァイトの外出を許さず、パーティ出席を諦めるしかなかったのである。


その事実は遠回しに伝えられたのだが、ツヴァイトならば理解していることだろう。理解した上であくまでも勉強のせいだと私に伝えた。彼は間違いなく…兄を庇っている。


「そうだ。姉さんの好きなスイーツを用意しておいたよ。僕とは……一緒に食べたくないかもしれないから、後で姉さんの部屋に持っていかせるね」


私はその言葉に目を見開かせる。


私がスイーツに目がないことを知ってたのね。この子は私のことをよく見ているのに、私は何も知らない……こんなの、本当に姉だって言えるのかしら……?

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