第195話 誕生日パーティ編 その21

驚くアーグレンに対し、アレクは詳しい説明をする。


皇后が甘いものを食べるとすぐに太ってしまう体質であり、自分の息子がそうなることを恐れた彼女は甘いものを避けさせる為に甘いものが嫌いだという設定を押し付けた。それは勿論アレクの意思ではなかったということまで、全てを話した。


「なんだそうだったのか。じゃぁこれからは一緒に食べれるんだな」


「え……怒らないのか?」


あっさりとそう告げた親友を、彼は驚愕の眼差しで見つめる。


「怒る訳ないだろ。アレクは私の為を思ってそうしてくれていたんだろうし。むしろ嬉しいよ。これからはお前と一緒に……ケーキが食べられる」


「グレン……ありがとう。ごめんな」


「気にするな……あ、もう隠してることはないよな」


「ないない。もうないよ。お前には全部話してる。」


「よし、それなら許してやるか」


「はは、ありがとう」


これがもし本人の口からではなく他人の口から語られた事実であれば、アーグレンはきっと受け入れ難かったことだろう。


何度も思うことだが、皇后は何故そのような無理のある設定を強いたのであろう。小さい子は甘いものが好き……というかほぼなんでも食べる子が多いから、アレクは今までどれだけ我慢させられたのかと思うと胸が痛くなる。


親友は食べられるのに自分は食べられないというのも一種の拷問だ。そしてその親友ですら自分の苦しみを知らず、分かってくれないのだから。


皇后がアレクを王子として完璧に育て上げようとしたことがここからよく分かる。


「誤解も解けたみたいだし、そろそろ戻りましょう。きっとお母様達が心配してるわ」


私達は部屋を後にすると、パーティ会場へと向かう。曲がり角から飛び出してきた謎の影に反応できず、私の肩がぶつかってしまう。


「リティ!……大丈夫か?」


「えぇ。ありがとう」


アレクが支えてくれたので転倒はしなかったのだが、バランスを崩したその影はそのまま倒れ込んでしまっていた。どうやら急いでいた侍女とぶつかってしまったようだ。


「ごめんなさい、大丈夫?まさか走ってくるなんて思わなくて……」


私が差し伸べた手を侍女は「ありがとうございます」と手に取り、軽く服についた汚れを払う。


「お嬢様、大変申し訳ございませんでした。では急いでいるので失礼致しますね」


侍女は軽く頭を下げると、余程急いでいるのかそのまま走り去ってしまった。一見すれば普通のやり取りだったのだが、私は言いようのない違和感を覚えた。


「ねぇ、イサベル。今の……ルナだった?」


私は侍女の去った方向を眺めながら、イサベルに問いかける。


「いいえ?全然違う使用人の方でしたね。」


「そうよね。あんな子見たことないし…それにこの屋敷で私をお嬢様って呼ぶのは……」


私はそこで一旦言葉を区切ると、イサベルとアーグレンは何かに気づいて目を見開く。


「ルナだけ……なのよね」


「……追いかけますか」


「いやいいわ。下手に追いかけて疑われてると思わせるのもあまり良くないでしょう。」


「リティ様、もしかしたら、なのですが……私は今日一日侍女のお仕事をお休みさせて頂いているので……それで新しく雇われたのかもしれませんね」


「そう……よね。そうだといいんだけど……」


私の考えすぎかもしれない。だが次のアレクの発言で私の疑惑は確信へと変わってしまう。


「俺……この香りを知ってるような気がする。おかしいな……あの侍女を見たのは今日が初めてなのに」


嫌な予感がした。きっとあの人物は私も、アレクも、この場にいる全員が知っている誰かなのだ。だからといって今私にできることはない。


「……行きましょう。今悩んでても仕方ないもの」


苦労してアレクと両思いになれたのに、それは長い長い物語の、ただの第一段階に過ぎないような気がした。


会場へ戻ると、お母様とお父様が私を見つけて即座に駆け寄ってくる。そしてアレクの姿を見ると「あっ、殿下!いらしていたのですね」と驚いたように声を上げる。


お母様はアレクに近づき彼をじーっと見つめると「殿下」と呟く。


「こう言ってはなんですが……リティはずっと待っていたんですよ。こんなに遅くまで一体何をなさっていたのですか?」


私はお母様のまさかの発言に呆れてぽかんと口を開けてしまう。


何を言うのかと思ったらこれか。そりゃ忙しいわよ王子様なんだから。ってかそんなこと言わないでよ恥ずかしいわ!


「お母様、あのねアレクは……」


「公爵夫人、申し訳ございません。仕事が長引いてしまったのですが、以後このようなことは決してないように致します。これからはリティを……公爵令嬢を悲しませないと誓いますので、どうかお許し願えないでしょうか。」


突然大真面目にそんなことを口にしたので、私の視線は一瞬にしてアレクに移る。


ちょっと、こっちもこっちで何言ってるのよ!悲しませないって何!?


そして彼はすぐに私の視線に気づき軽く微笑んでくる。その笑顔を見ていられずに分かりやすく背けてしまう。


私本当にこの人と婚約続けてていいのかな!?恥ずかしさで死にそうなんだけど……。


「あら、勿論許すけど……二人共、何かあったわね?いつもより距離が近いわ。」


「えぇ、何もありませんよ……」


「ふぅん、私に隠し事?リティが?まだまだね。お母様に分からないことなんて何もないのよ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る