第193話 誕生日パーティ編 その19

私がそう呟くと、彼女は嬉しそうにこちらを見つめる。両の手を顔の前で組み、まるで神でも崇めるかのような視線を向けた。


「リティシア……いえリティ様!」


そんな眼差しを向けられるようなことを言った覚えはないんだけど……。私は彼女の大袈裟すぎる動作になんとも言えない気持ちになる。


「私もイサベルを愛称で呼ぶ方がいい?」


「いえイサベルのままで結構です!平民の間ではなかなか愛称で呼ぶということがなく……どうしても慣れないのでできるのであればそのまま呼んで頂きたいです」


「あら、そうだったのね。アレクがアーグレンのことをグレンと呼んでいたからてっきりそれが普通なのかと思っていたわ」


「平民の間では呼ばないのが普通なのですが、平民とそれ以外の方では別なのかもしれませんね。お互いに愛称で呼び合うなんてアーグレン様と殿下は本当に仲が宜しいんでしょうね。」


イサベルの話を聞いて、彼らの仲がいい意味で異常であることを改めて知る。


なるほど二人は本当に仲が良いのね。小説の中で最も仲の良い友人同士は間違いなくこの二人だったわ。


片方に好かれても、片方に嫌われれば片方が私を殺しに来る。特に嫌われたらまずいのはアーグレンだったけど、今はもう全然気にする必要もないわね。


私とイサベルは彼らに視線を向けるが、二人共なんとも言い難い表情をしていた。確かにこういう時なんて言えばいいか分からないわね。


私は視線をイサベルに戻し、彼女の小さな手を取る。驚く彼女に私は優しく微笑む。


「それじゃぁ私達はこの二人より仲良くならないとね。これからもよろしく、イサベル」


「リティ様……!はい!これからもよろしくお願い致します!」


イサベルは可愛らしく微笑むと、次いでアレクの方へ視線を向ける。そして申し訳無さそうに瞳を揺らした。


「あの、殿下。私の無理なお願いで殿下がリティ様に贈られたこの素敵なドレスを私が着てしまったのですが……お許し願えるでしょうか……?」


あぁ、そういえばそのことを招待状に書くのをすっかり忘れていた。どうやらイサベルはずっとそれを気にしていたようで、不安そうに彼の瞳を見つめている。


「イサベルさ……イサベルって呼んでも大丈夫か?」


「はい。殿下ともあろうお方にさん付けをされるような人間ではございませんので、是非そう呼んで頂きたいです」


「そんなに自分を卑下する必要はないけど……ありがとう。そのドレスはリティが着てもいいよって君に言ったんだろう?」


「はい……」


「なら気にしないよ。そのドレスはもうリティのものだから。イサベルも気にしないでくれ。君によく似合ってるよ」


「有難うございます!」


アレクは優しく微笑み、その笑顔でイサベルの不安は完全にかき消されたようであった。二人が見つめ合う姿は誰がどう見てもお似合いの美男美女カップルであった。


「……アレク」


「……ん?……はっ」


アーグレンがアレクの腕を軽く引き、耳打ちする。アーグレンが顎で軽く指し示す方向を見て彼はハッとしたような表情をする。


その視線の先には腕を組んで冷たく見つめる私の姿があった。


「ふーんそういうこと誰にでも言うのね……」


「えっ、いやそういうことじゃなくて……って妬いてるのか?」


「そんな訳ないでしょ?勘違いしないでくれる?」


「ごめん、本当にそんなつもりじゃ……」


「話しかけないでこの浮気王子」


「浮気王子!?」


困っている姿が面白くて適当に言っているだけなのだが、アレクはどうやって私の機嫌を治そうかと必死に考えている。勿論本当に怒っている訳ではない。


「公女様、口を挟むようで申し訳ないのですが、どう見ても今のは浮気とは言わな……」


「何?じゃぁ貴方がアレクの代わりに浮気の罪を背負ってくれる訳?浮気騎士?……言いにくいから浮騎士ね、浮騎士」


「浮騎士……?というか浮気の罪って人に移るんですか……?」


「あら、主人に口答えする気?」


「……そのようなつもりはございませんが……」


「アレクと全く同じ言い訳ね。男って皆そうなの?最低ね」


「公女様……」


アーグレンは私に強く言われてしまい最早何も言えないようであった。何を返せばいいか分からないのだろう。


残念ねアーグレン、今の私は何を言われても理不尽に返せる自信があるわ。


「ふふふふ」


すると、抑えきれなかったらしい可愛らしい笑い声が漏れ、一同は一斉にそちらを向く。イサベルは目に浮かんだ涙を指で拭いながら「す、すみません」と笑いながら声を発する。


「あまりにも皆さんの仲が良いのでつい……」


どうやらイサベルの目には男主人公とその親友を弄ぶ姿がとても滑稽に見えていたらしい。……本気に捉えられていないようで良かった。


私はコホン、と咳払いをし、説明を始める。


「一応言っておくけど今のは全部冗談よ。本心じゃないからね。最低なんて思ってないわ」


「……公女様、イサベルさんへの嫉妬は本と……」


「アーグレン。解雇」


「え、即解雇ですか……?それだけはなんとか……。」


余計なことを言うような奴は解雇してやるしかないじゃない。全くもう、誰が誰に嫉妬したって言うのよ。


これじゃまるで……私が誰かさんを大好きで堪らないみたいだわ。

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