第186話 誕生日パーティ編 その12

イサベルは下手に何か言えば私の神経を逆撫でするだけだということに勘づいたものの、どう話を切り出すべきか悩んでいるようだった。


重い沈黙が流れ、誕生日パーティに集まったとはとても思えない程の空気が辺りを漂う。そして私は一人静かに口を開いた。


「……最初から不釣り合いだったのよ。私に釣り合う男なんてそもそもこの世に存在しないんだから。ずっとそう考えていたの」


婚約破棄をしたい理由なんていくらでもでっち上げられる。重要なのは、リティシアが言いそうなことで、尚且つアレクシスが罪悪感を感じないような発言をすること。


婚約破棄を言い出したのも、そのきっかけになったのも全面的に私となれば、彼の立場が落ちることはない。


「皇后陛下も国王陛下も全く私の魅力を分かってないでしょ?私を嫌っているような人達が私の義理の親になるなんて絶対に嫌なのよね。だから破棄したいの。理由としては十分でしょ?」


本当はこんな事を言ってしまったら普通に侮辱罪で逮捕だと思うのだがアレクシスならば誰にも告げ口はしないだろう。他の二人も同様だ。


国王夫妻が私を嫌っていることは彼も既に分かっているだろうし、いかなる理由であろうと彼なら私がそうしたいならと最終的に受け入れてくれるはずだ。


「……その二人をどうにかして説得すると言ったら?」


沈黙を貫いていたアレクシスが口を開いた。全員の視線が彼に集中する。私はそんな彼を冷たく見据える。


「説得する?無理に決まってるでしょ。貴方は王じゃなくて王子。王の命令一つで殺されるくらい危うい存在なのよ。それは私も同様。王か皇后に殺されるくらいなら初めから貴方とは結婚しないわ」


どう説得したって無理よ……今私がどう行動したところで悪女だった過去は変わらない。


私ではない別人がやったことだと言ったところで悪女な上に頭のおかしい女という評価が追加されるだけだ。


……何度も思っていたけど彼の中で私が悪女だった思い出が残っているはずなのに、何故ここまで渋るの?婚約破棄なんて願ったり叶ったりな展開なはずなのに……。


……もうこうなったら無理やり押し切るしかない。


「……そうだ、イサベル。貴女が皇后になればいいのよ」


「え」


私のまさかの提案に衝撃を受けたらしいイサベルは驚いて固まってしまう。アーグレンやアレクシスも同様に心底驚いた様子を見せたが、私は淡々と言葉を続ける。


「私は皇后なんて面倒なものはごめんだけど、貴女なら向いてるわ。美しいだけでなく賢いからね」


「り、リティシア様、その……」


「アレクシス、私と別れた後はイサベルと結婚しなさい。そうすればこの国の未来は安泰だわ」


流石に発言しなければまずいと悟ったイサベルは声を発するが、私は一切聞き入れない。


「り、リティシア様、私は」


暴走する私を止めようとイサベルが何度も口を開くが、私は最早彼女の存在をないものとしてアレクシスにだけ視線を向け続けている。


「……それは本気か?」


呟かれた彼の声は動揺しておらず、あくまでも冷静だった。


「……えぇ」


「本気で、俺と彼女が結婚すればいいと思ってるんだな?」


「で、殿下違います、リティシア様は……!」


イサベルが必死にアレクシスに語りかけるが、彼の視線は私にだけ注がれている。私の口から語られるのを待っているのだろう。


「えぇ。何度もそう言ってるでしょう。私はいつだって本気よ」


「……そうか。悪い、俺、もう行くな。破棄するかどうかは……もう少し考えさせてくれ」


「えっ?ちょっと…アレク……シス」


予想外の返答に私は思わず彼の方に手を伸ばすが、彼が私に視線を向けることはその後一切なく、その言葉を最後にそのまま部屋を後にしてしまった。


「どうしてあんな表情を…」


私がそう呟くと、イサベルが立ち上がった。彼女は私を見つめると、今にも泣き出しそうな瞳で呟いた。


「リティシア様……今のはいくらなんでも酷すぎます……殿下はリティシア様のことが好きなのに……他の女性を勧めるなんて絶対にやってはいけないことです。」


「え?アレクが私を……好き?そんな訳ないわよ、彼は皆に優しいから私にも優しくしているだけだもの。だから婚約破棄したって問題ないと……そう思っていたのに」


「そう思っていたのはリティシア様だけです。執事様から聞きました。アレクシス殿下は仕事が終わった後、急いでお城からここまで来たそうです。馬車ではなく人気のないところをドラゴンに乗って」


竜は滅多に使わないって言ってたのに……私の為に?誕生日パーティに少しでも早く行く為にわざわざ……。


「これが何を意味するか分かりますか?」


イサベルは私の瞳を覗き込む。彼女の美しい瞳に全てが見透かされているようであった。


「……リティシア様。今私が述べた感情は、あくまでも推測に過ぎません。詳細は本人からお聞きして下さい。今リティシア様が何をすればいいか……もうお分かりですよね?」


イサベルの瞳が優しげに揺れた。

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