第184話 誕生日パーティ編 その10
バルコニーに上がると、あの初めてのパーティの時のことが自然と思い出される。
冷たい風に吹かれながらただ呆然と星を眺めるだけのこの時間は、あの時も今も変わらずに意外と心地良いものだ。
……とは言っても寒すぎたらその心地良さは消えてしまうのだが。
私が適度な悪役令嬢を目指してからも、目指す前からもきっとこの星の輝きは変わらない。本物のリティシアも恐らく同じ空を眺めていたことだろう。あの悪女だってこの美しい星空を見れば少しは心が浄化されるはずだ。
……ところで、ドレスを着てパーティに出るというのはそれだけでとても重労働である。何度着ても慣れない。現代のあのラフな服装が恋しくなることもあるが、一人だけTシャツにズボンでいる訳にもいかないしそもそもそのようなものは貴族社会には通用しないので諦めることにする。
私の目標は貴族社会から逸脱することではなくて、ただ婚約破棄をするだけだからね。
もうその目標にも限りなく近づいているはずなのに、当の本人が婚約破棄をするつもりがなさそうなのよね……。
何度も婚約破棄をほのめかしてきているのにその度に彼は気づかないふりをしているというかなんというか…乗り気じゃないように見えた。
恐らく皇后や国王は私とアレクの婚約破棄に賛成だと思うから、後はアレクの気持ちを変えてあげればいいのよね。
きっと一度は婚約した仲なのに婚約破棄をするなんてという罪悪感のせいだろうからそれを取っ払ってあげればいい。
そうすればもう全部終わり。この話はなかったことになる。イサべル皇后とアレクシス王は一生幸せに暮らすのよ。
……なんで私全然喜んでないんだろう。あれ程望んでいたはずなのに。アレクシスの幸せを。私はその為だけに生きているのに。それは今も何も変わらないはず……なのに。
「……バカみたい。」
それにしてもアレクは今何をしてるんだろう。もう星が見える程辺りは暗くなってきてしまっている。招待状に対する返信はいらないから参加不参加は分からないのだが彼ならば来ると信じていたのに。
私はこんなにも信じているのに貴方は来ないなんて……よく考えたら段々腹が立ってきたわ。なんで来ないのよ!ちょっとは仲良くなれたと思ってたのに……。私だけだったって言うの?全くもう……。
「そんなに私の誕生日を祝うのが嫌なの?…酷い男ね」
私は星空へ向けてポツリと呟く。その声は、空気中に溶けて誰にも聞かれずに消えていく……はずだった。
「ごめん、酷い男で」
「え…」
振り返るとそこには、正装をして立派に着飾ったアレクシスの姿があった。月の光を受けた彼の鮮やかな青い髪が美しく輝いている。
まさか返事が返ってくるとは思わなかったという衝撃と、何故ここにいるのだという疑問が頭の中を渦巻いて声を出せずにいると、アレクシスが気まずそうに呟いた。
「酷い男って……俺のことだよな。遅くなって本当にごめん」
「貴方……どうしてここに…」
「執事から場所を聞いたんだ。そしたら……ここにいるって言うから」
「……あ、そう。今更来たって遅いわよ。もうパーティはすぐに終わるわ」
「そうだよな、本当にごめん。どうしても……外せない用事があったんだ。偉い人達を前にして国の後継者同士が今後の関わり方について話し合う……楽しくもない会議がね」
アレクシスが本当に嫌そうな表情をして呟くので私はその意外さに少し驚いてしまう。いつも笑っている彼のこんな表情を見るのはとても新鮮だ。
これはつまり……私に本音を吐いているということなのだろうか。
「どの国の王子も互いの腹の中を探るような発言ばかり……本当に国のことを考えている奴なんてもしかしたら一人もいなかったのかもしれない」
彼のその言葉に、一人の王子が脳内に浮かぶ。私に適当なプロポーズをしてきた、あの男だ。エリック王子がまともに会議なんてするはずがない。彼のことだから、恐らく自国に得しかない提案でもしたのだろう。それならアレクがうんざりするのも十分納得できる。
「でもリティシアに会えると思ったから頑張れた。お前に会うことだけを楽しみにしてきたのに…悲しませたら意味ないよな。ごめん。プレゼントは侍女に渡して帰るよ。お誕生日…おめでとう」
「……待ちなさいよ」
私は言うだけ言ってこの場を去ろうとした彼の腕を掴む。ようやく来たチャンスを逃す訳にはいかない。私は転生した瞬間からずっとこの時を待っていたのだから。
私に会えると思ったから頑張れたなんて……そんなこと言わないでよね。私の気持ちも知らないで……相変わらず残酷な人。
「話すだけ話して帰るつもり?折角来たんだからこの私を盛大に祝いなさいよ。この私が誕生したという奇跡に…酔いしれるといいわ」
……最早我ながら何言ってるのか全く分からん。
とりあえずリティシアっぽい台詞をと思って考えたら凄くキザな台詞になってしまった。そんな私を見て、アレクシスは軽く微笑んだ。
「……そうだな。生まれてきてくれてありがとう、リティシア。」
「え……」
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