第157話 紹介
彼女を連れて家へ帰ると、箒を持って棒立ちしていたルナと目が合う。恐らく私を待っている間に掃除をしていたものの、近辺を掃除しつくして暇を持て余していたのだろう。
ルナだって仕事があるでしょうに、こうして私を出迎えてくれるのね。転生した当初と比べると涙なしでは見られない感動の変化だわ。
「お帰りなさいませ、お嬢様…えっと、そちらの方は?」
ルナは初めこそ私を見たものの、すぐに隣に立つ謎の美少女に釘付けになる。
分かるわ。私も時間が許される限り見つめていたいもの。この可愛さは国宝級よ。
…ってそういうことじゃないか。
誰だろうこの人ってなってるのよね。
「紹介するわ。今日からここで侍女として働くことになった、イサベルよ」
イサベルは私の紹介を受け、ワンピースの裾を軽く持ち上げ、お辞儀をする。
ワンピース自体には染みがあったりとお世辞にも綺麗とは言えないものであるはずなのに、彼女が着ることで王女が身に纏う高級で美しいドレスのようにすら見える。
「イサベル=シャルレッタと申します。リティシア公女様のご厚意で、
その言葉に、更にルナの目が点になる。
「新しい侍女…ですか?お嬢様、私では満足できずに新しい侍女を…」
「違うわよ!ただ、事情があって彼女には暫く働いてもらうことにしたの。イサベル、この人は侍女長のルナよ」
ルナお得意の謎の勘違いを即否定し、今度はイサベルにルナを紹介する。
「侍女長さんだったんですね…!」
イサベルは尊敬の眼差しをルナに向けるが、彼女はいとも簡単にその眼差しを跳ね除けると、私の方を向く。
嘘でしょ!?この主人公の可愛い眼差しを無視して悪役令嬢を見るなんて!?
やっぱりただ者じゃないわねルナ…。
ルナはその可愛さに揺らがないだけに留まらず、あろうことか深いため息をつく。
「…お嬢様、いくらお嬢様でも奥様と旦那様の許可無しで新しい侍女を雇うことはできませんよ。それに…シャルレッタなんて名字は一度も聞いたことがございません。失礼ですが、本当に貴族の方ですか?」
ルナの鋭い視線に一瞬戸惑いを見せたが、流石は主人公。彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
「…いえ、私は平民です」
「…そうですか」
「私は平民とか貴族とか関係なしに彼女だから雇いたいと思ったのよ。勿論お母様とお父様には伝えるつもり。だからルナ、イサベルの面倒を見てあげて。お願い」
「…畏まりました」
ルナは初めて出会ったあの頃と同じ様に…無表情で頷いた。
それはまるで…私に感情を悟らせないようにしているようにすら見えた。
「あぁ、そうでした。お嬢様、わざわざケーキセットを私達の為にお買い上げなさったんですよね。本当に有難うございます。」
「流石に全員分買うとお店側にも迷惑かと思ったから私が普段特にお世話になっている人の分しか買えていないのだけれどね…あぁ勿論、その中にはルナも入っているわよ」
「お嬢様…!有難うございます。大切に頂きますね」
無表情だったルナの顔に笑顔が戻り、少しホッとする。
イサベルと仲良くなってくれるといいな。
一時的とはいえ、ここで少しの間だけでも暮らすなら快適に過ごしてほしいからね。
「ではイサベルさん、正式に奥様と旦那様の承諾が出るまではとりあえず使用人の部屋をお使いください。ご案内します」
ルナはイサベルにそう告げると私にお辞儀した後にこちらに背を向ける。イサベルも返事をして、私に頭を下げると、ルナに近寄っていく。
「ルナ侍女長、どうか宜しくお願い致します」
「あぁはい、よろしく」
ルナのそのあまりにも素っ気ない返事に驚いてしまったが、イサベルは特に気にした様子もなく大人しく着いていった。
冷たい…わよね、どう考えても。
大丈夫かな…でも初めは私に対してもああだったし、イサベルなら平気よね。
悪役令嬢の私が平気だったんだから主人公は余裕よ。きっと次に会うときはルナだってべた惚れになってるはずだわ。
…うん。きっとそう。
私はもやもやした気持ちのままお父様とお母様の部屋へと向かった。軽くノックをして、部屋の中に呼びかける。
「お母様、お父さ…」
言い終わらない内に扉が開いた。私はそのまま二人に強く抱きしめられる。痛い…。何回やられてもこの親バカっぷりは慣れないわ…。
「リティ〜お帰りなさい!待ってたわよ!」
「リティ、私達の為にケーキセットを買ってくれたというのは本当かい!?」
「アーゼルってば、よく見てよ。ここにあるじゃないの。王家の騎士さんが届けてくれたリティのケーキセットが。」
お母様が部屋の中心に置かれた机を指差し、確かにそこには私が買ったものが置かれていた。
ルナも言っていたからとりあえずちゃんと届いたのだと安心していたけどここに置いてあったのね。
「だってまだ信じられなくて…あのリティがお土産を…」
お父様が感動のあまり思わず涙目になり、お母様が「もう、大袈裟なんだから」と言いながらハンカチで涙を拭っているのだが、そう言うお母様の瞳にもうっすらと涙が浮かんでいる。
これが示すことはつまりこうだ。
リティシア…あんた一度も両親にお土産を買ってきたことがないのね。
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