第116話 ティーパーティ編 その2
「…彼は優しいから自分の婚約者が心配で見に行っただけよ。」
「そうでしょうか?私が真実をお伝えしたら殿下は真っ先に探しに行ったんですよ。婚約者だからではなく、リティシア様だから探しに行ったんだと私は思います。これはリティシア様が魅力的で優しい方だという動かぬ証拠ですよ」
再び否定の言葉を口にしようとしたが、彼女には何を言っても通用しないように思えた。
彼女の微笑みがその全てを語っている気がしたのである。
唐突にデイジー嬢がその場で軽く一回転してみせると、ドレスがふわりと風を受けて舞う。その軽やかさと可愛らしさがよく彼女を表していると思った。
「そういえばこのドレス、覚えていらっしゃいますか?リティシア様が染み抜きをしてくれた思い出のドレスです。最悪のパーティが最高のパーティに変わった、あの思い出のドレスですよ。」
彼女は懐かしい思い出を蘇らせるかのように目を瞑る。誰が見ても分かる程、幸せな表情を浮かべていた。
「あの日から一瞬たりともリティシア様を忘れた日はございません。あの美しい私の恩人にもう一度お会いする方法はないかとずっと考えていました。」
デイジー嬢は目を開き、またあの可愛らしい笑みを浮かべてみせる。純粋で澄んだ瞳が私を見据える。
「伯爵令嬢だなんて大層な立場がずっと好きではありませんでしたが、リティシア様にお会いしやすい立場ではあるので、初めて自分の身分に感謝したんですよ」
そして彼女は笑う。
「リティシア様、本当にありがとうございます。もし困ったことやお辛いことがあれば、是非お声がけ下さい。私達伯爵家が持ち得る全ての力を使ってお助け致します。」
…そっか、私の行動は間違ってなんかいなかったのね。
悪役令嬢の私が、他の令嬢を助けるなんて物語が壊れてしまうのではないかと不安だったけどそんなことはなかった。
現にこうして感謝され、彼女の悲しい思い出を楽しい思い出に塗り替えることができた。
原作ではリティシアが彼女を助けることなんかしないだろうから、デイジー嬢にとっては最悪のパーティとなっていたことだろう。でも私の何気ない行動が、誰かの感情を、運命を変えた。
これが…こんなに嬉しいことだなんて。
こんな風に、こんな風に私とアレクの未来も変えられたらいいのにな。
願うだけなら…ただだよね。
「リティシア様?大丈夫ですか?」
「えぇ。ありがとう。何かあったら、遠慮なく頼らせてもらうわね」
「勿論です。この私に全てお任せ下さい。」
「なんだか私の召使いみたいね」
「リティシア様の召使い…良いですね、私時期伯爵の座を諦めるのでリティシア様の召使いにして頂けませんか?」
「良い訳ないでしょ…全くもう」
彼女は私の発言がさも名案であるかのように捉え、一切否定する様子を見せない。
私の召使いになっても構わないと願うことはつまり私の言う事全てに従うということ。
何よりも身分や役職を重んじる貴族にとって、これ程分かりやすい忠誠心の表し方はないわね。
彼女を疑う余地は少しもなさそうだわ。
「ではリティシア様、パーティ会場へとご案内致しますね。パーティ会場と言ってもちょっとした部屋ですけど…よろしいですか?」
彼女は私の機嫌を伺うかのようにちらりとこちらを上目遣いに見上げてくる。
私が公爵令嬢だから伯爵家の小さなパーティ会場では満足できないんじゃないかと思ってるのね。
実際はそんなに比べる程小さくないんだろうけど、やっぱりそういう差ってあるのかしら…。
でもそんなのって、関係ないわよね。
「通常のパーティじゃなくてティーパーティなんだからそんなに広々としてる必要なんてないわ。私が公爵令嬢だからってそんなに謙遜する必要はないのよ」
「リティシア様…」
「私は全てを了承してここに来ているの。貴女はティーパーティの主催者なんだから堂々としていなさい。これは貴女のパーティなんだから」
「リティシア様…泣いてもいいですか?」
「ダメに決まってるでしょ。パーティの時私がなんの為に貴女を助けたと思ってるの。」
聞き返されるとは思っていなかった私は少し戸惑いながらも小さく言葉を発する。
「え…なんの為でしょう…」
「…貴女の笑顔の為よ。恥ずかしいから言わせないで」
「やっぱり泣きますね…」
「やめて。」
羞恥心に耐えてちゃんと理由を話したのに結局泣かれるなんて損しかないじゃない。
リティシアとその隣で泣いている令嬢を他の誰かに目撃されようものなら、彼女にそんな気がなくても確実に私は悪者になってしまうわ。
…もう既に悪者なんだけどさ。
「殿下がリティシア様を大切にする理由がよく分かります…」
「それはよく分からないけどとりあえず目に涙を浮かべるのはやめなさい。」
「はい…絶対に殿下と幸せになって下さいねリティシア様…」
デイジー嬢が泣かないように必死になっていた私は、その言葉を聞いた途端、一気に冷静になっていく。
そして私の口から飛び出たのは、冷酷な…悪役令嬢の声であった。
「さぁ、それはどうかしらね。その相手は、私とは限らないわよ」
「…?それは、どういう…」
「貴女の家の前にとっくに着いているけど…いつまで私を外に放り出すつもりなの?」
既に着いていたのだがなかなか会話が終わらず扉の前で立ち尽くしていたことに気づき、私はそう呟く。勿論本来の目的は単に話題を逸らすことであった。
「…すみません、全然気が付きませんでした!今すぐ開けますね」と慌てて扉を開いたデイジー嬢であったが、ほんの一瞬、私の瞳を見つめてきた。
彼女の瞳には疑問の文字が浮かんでいた。
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