第103話 王からの手紙
「お嬢様、勿論参加なさいますよね?断ったらこの令嬢は暫く家から出なくなりそうですよ…?」
ルナの目がギラリと光り、敢えてそう伝えることで私の参加を言外に勧めてくる。
どうしても私をパーティに行かせたいのね…。
ルナは私にどんなドレスを着せて、どんな飾りをつけるか毎回とても張り切っているけど…ただ私の為にってだけではなくてそれが楽しみでもあるんだろうなって最近は思うわ。
…いつもいつも公爵家の為に働いてくれてるのにその楽しみを奪ってしまうのは酷よね。
「…分かってるわよ。自分の娘が急に引きこもったりしたら両親が心配するわよね。それにここまで分かりやすく好意を伝えられたら断るに断れないわ…。」
「では、参加ということでよろしいですね!?」
私の曖昧な返答を承諾だと受け取ったルナの目が明るく輝き始める。そして彼女は一人ああでもないこうでもないと想像の世界に閉じこもってしまったので私は呆れるしかない。
…やれやれ、私がパーティに行くだけでここまで喜んでくれるなら行くしかないわよね。きっとあのご令嬢も喜んでくれるだろうし。
「公女様、本当によろしいのですか?」
私の浮かない表情から否定的な意思を感じ取ったアーグレンが心配そうに尋ねてくる。私はそんな彼を安心させるように軽く笑ってみせた。
「大丈夫よ。ほら、ルナもこんなに喜んでるのに嫌なんてもう言えないわ。」
嬉しそうなルナを見てアーグレンは怪訝そうな表情をする。
なんだこいつとでも言いたげな表情ね。でもそんなに責めないであげて。侍女の中で私を唯一好いてくれるルナに少しでも恩返しができるなら私は別に構わないから。
「侍女長、公女様に気を遣わせるとは何事…」
「…え、ちょっとまって」
私は思わずアーグレンの言葉を遮ってしまったので、彼が不思議そうな表情をこちらに向ける。
「どうしましたか?」
「ルナって侍女長だったの…?」
「はい。お嬢様に言ってませんでしたっけ?私は数年前からずっと侍女長を務めさせてもらっていますよ」
そう…道理で侍女達がルナの言うことを聞くはずだわ…。
皆から嫌われている私と仲良くしてるのに何かを言われた様子がないのはそういう理由だったのね。一番偉いから文句があっても誰も何も言えないんだわ。
「では私はまだ仕事がありますので失礼しますね。お嬢様のティーパーティ、とっても楽しみにしています!」
うん、私のティーパーティではないんだけどね…。
ルナはアーグレンには目もくれず私に満面の笑みを向けると軽い足取りで部屋を出ていった。
アーグレンが自分を注意しようとしたことがそんなに気に食わなかったのかしら…?
「…公女様、あの…」
アーグレンは私を見つめ、何かを言いたげな様子であったが、言葉が上手く出てこないようであった。
「…何?」
「…いえ、私ももう失礼致しますね。何か用がございましたら遠慮なくお呼び下さい。」
「えぇ。ありがとう。もし何かあったらその時はよろしくね」
「はい。では失礼します」
何よ?気になるわね。絶対私に何か言いたいことがあったはずなのに…。まぁ良いか。そのうち言ってくるでしょ。
それにしても人が二人もいなくなると急に寂しくなるのね。私の部屋ってこんなに広かったんだって改めて実感できる。
流石は貴族の令嬢の部屋だわ。
アルターニャと関わると…校庭を全力疾走した時よりも強い精神的疲労感があるのよね。今日はもう疲れたしベッドに寝っ転がってようかなぁ…。
【アーグレン】
公女様の部屋を出ると、真っ先に執事と目が合った。
公女様に用があり、私が出てくるのを待っていたと思った私は「公女様は中にいらっしゃいますよ」と教えたのだが、執事は困ったように笑った。
そして執事は続けて「いえ、公女様ではなくアーグレンさんに用があるのです」と告げたので私はそこでようやく先程の笑みの意味を理解した。
「…私に用ですか?」
「はい。先程お二人と別れた後に一通の手紙が届いたんです。今朝のはリティシア様宛のものでしたが今回のはどうやらアーグレンさんのもののようですよ」
そう言って執事が差し出した手紙を受け取ると手にした瞬間にそれが高級な素材で作られているものだと気づいた。
裏返してみれば宛先の欄には確かに自分の名前があった。
そして一際目を引く金色の文字で刻まれていたのは「ラウディアス=エトワール」という名前。それはエトワール国…この国の国王の名であった。
「王様からの手紙が届くなんてただ事ではないと思いましてね。こうしてすぐにお届けしに参ったんです。勿論中身は見ていませんよ」
伝えたいことがあるのであれば従者を使えばいい。王であれば自分の手を煩わせずとも私に伝えることができるはずだ。
それなのにわざわざ自分に手紙を出してくるとは…。正直なところ、嫌な予感しかしなかった。
騎士団長職を退いた訳ではないからその溜まった仕事についてかもしれない。
あるいはアレクの話かもしれない。
だが一番有力な説は間違いなく…公女様の話だろう。
私は深くため息をついた。
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