第85話 二人の王子

「そうだな…俺の妹…ターニャの護衛騎士になれば見逃してやろう。ここはエトワール国よりずっと居心地が良いと思うぞ。さぁどうする?」


「お断りします」


 間髪入れずにアーグレンが呟くので私は彼の腕を引っ張り「ちょっとアーグレン気持ちは分かるけどあんまりそういう事言っちゃダメよ!」と耳元で囁く。


「そうか。残念だな。ではリティシア嬢はどうかな?」


 突然標的が私に向いたがその発言の意図が読めず私は軽く首を傾げる。


「…私は殿下の護衛騎士にも王女様の護衛騎士にもなれませんよ」


「あぁ分かってるよ。だから代わりに私と…結婚しないか?俺は意外と強気な女性が好みなんだ。どうだ、君にとっても悪くない話だろう?エトワール国の王子よりもずっと俺は賢…」


「お断りします」


「公女様も同じ事やってるじゃないですか…」


「いやぁ揃いも揃って生意気なものだ。やはり主人に似たんだろうな。いや…その婚約者の王子に似たのかな?」


 どうしてもアレクシスをバカにしたいのね…許せないわホントに。


 てかそんな気軽にプロポーズするんじゃないわよ気持ち悪いわねホントに無理。

 この人初めて会ったけど普通に嫌いだわ。アルターニャの方がまだマシよ。


 私の事なんて微塵も好きじゃないくせによく言えたわねこのクズ王子…。


 こんなにドキドキしないプロポーズはいらないわ。こっちからお断りよ。


 初めから断られる事を前提としていたのか彼は不気味に笑い声を上げると一瞬で無表情になる。そして背筋の凍るような恐ろしい視線で私を見つめた。


「たかが公女ごときが生意気だな…俺が本気になればお前なんて簡単に奪えるんだぞ?そして王子をターニャにあげれば全て丸く収まる。まぁ…俺はお前なんかいらないけどな。だが可愛い妹の為ならなんだって出来る。なんだってしてあげられる。何故なら俺は…時期王になる男だから」


 時期王ということは…アルターニャの他に兄弟がいようがいまいが王になる確率が一番高い…第一王子ってことね。はぁ…よりによってこんな奴が第一王子とはね…。


「そうですか。ですが殿下、私は殿下にどれだけ迫られようと結婚を了承するつもりはございませんわ。つまり殿下はなんでも出来るお方ではない…そういう事になりますよね」


 お前はなんでも出来る人間などでは決してない…その意味を込めて真っ直ぐ彼を見つめると、彼は分かりやすく機嫌を悪くする。眉を吊り上げ、低い声で呟いた。


「ホントに生意気な女だな…今すぐ黙らせてやろうか」


「…あら、殿下ともあろうお方がそんな事をなさるはずありませんわよね」


 少し挑発するだけで怒るなんて幼稚ね。


 暫くリティシアとして過ごして手に入れたこの悪役令嬢スキルをなめるんじゃないわよ。私はあんたなんかに絶対負けないんだからね。


 今にも私に飛びかかりそうなエリック殿下であったが、それを邪魔する声が背後からかかった。


「…エリック殿下、リティシアとアーグレンに何か御用ですか?」


 振り返ると、雰囲気からただ事ではないことを察したのか、怪訝そうな表情を浮かべたアレクシスがそこに立っていた。


「これはこれは…王子様の登場か。全く良い時に現れる男だ」


「一体何を仰っているのか分かりませんが…もう一度お聞きします。二人に何か御用ですか?」


「その前に挨拶をするのが礼儀ってものじゃないのかな?エトワール国の王子よ」


「確かにその通りですね。ですが今は挨拶をするような雰囲気ではなかったはずです。…二人から今すぐ離れて下さい」


「それが本音か。全く…どいつもこいつも目障りだな」


 そして彼は冷酷に微笑むとゆっくりと私とアーグレンから離れる。標的が、アレクシスへと移ったのをはっきりと感じた。


「『目障り』ですか…それは申し訳ございません。ですがそれは私だけです。どうか彼らと私を一括ひとくくりにするのはおやめ下さい。」


 アレクシスは私達が彼に何を言ったのかを知らない。にも関わらず無条件で私達を庇おうとし、挙げ句に全ての責任を背負おうとしている。


 いくら婚約者や親友だからって…そんな事しなくてもいいのに。


 これでどちらが王子様に相応しいかは明白になったわね。

 こんなのが第一王子なんてルトレット王国はもう終わったも同然ってことだわ。


 まぁ…私が関わることなんてもうないでしょうけど。


「…相変わらず心の美しい王子様だな。そんなお優しい王子様に俺から提案があるんだが、聞いてくれるか?」


「ご提案…とはどのような内容でこざいましょうか?」


 怒りを隠そうともしなかったその表情を一転させ、彼は口元に笑みを浮かべてみせる。その目は一切笑っていなかった。


「リティシア嬢を私に、そこの騎士をターニャにつけると約束するのであれば、エトワール国に有利な友好条約を結びましょう。悪くない話だと思いますよ」


 コイツまたそんな事を…!お前なんかいらないって言ってたじゃない!私もあんたなんかいらないわよ!


 恐らく本当に彼が欲しがっているのは私じゃなくて戦力になるアーグレンだけね。私を奪おうとしてるのは単にアレクシスを苦しめるという目的しかない。


 正真正銘のクズだわ…。



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