第80話 苦手

「アルターニャ王女?どうなさいましたか?」


 アレクシスの驚きつつも冷静なその声にアルターニャは正気を取り戻し、一気に赤面させたかと思うと素直に手を自らの方へ引く。


 そうよ。そうやって感情のままに動くのはやめなさい。傍から見れば隣国の王子様を脅す怖い王女様だったわよ。


「申し訳ございません。取り乱してしまいましたわ」


 謝るくらいなら最初から取り乱さないでよね。アレクがびっくりしちゃうでしょ。


「いえ、構いませんよ。ですがアルターニャ王女様…一つお聞きしてもよろしいですか」


「はい?」


「ありえない、とは…どういう意味でしょうか?」


 彼は冷静かつ慎重に言葉を告げる。その言葉には一切感情が込められていないはずなのに、何故だか静かな怒りを感じた。


 隣のアーグレンを横目で見てみると、彼は驚いて目を見開いていた。


「いえ、その…申し訳ございません。失言でしたわ…お詫びといってはなんですが…こちらをご用意致しましたわ。」


 上手く誤魔化したわね。まぁアレクも本気で怒ってる訳じゃないだろうけど…。

 アレクシスはそれ以上追求しようとはせず、アルターニャの行動を黙って見つめている。


 彼女は使用人を呼びつけ何かを用意するように言うと、使用人は慌ただしく去っていった。


 そしてすぐに運んできたのは…三段もある豪華なケーキスタンドであった。色とりどりのスイーツが上手に配置され、甘い物好きにとってはどの角度から見ても楽しい、たまらない一品であろう。


 私は特別甘い物好きではないが、同じく嫌いでもないので美味しそうだな…と思ってじっと眺める。


 こんなものを用意するということは…アルターニャは相当な甘党なのだろう。


 アーグレンは豪華なスイーツを眺めるのではなく、彼の親友を見つめていたので、私もその視線の先を追う。彼は平静を出来る限り装っているのだが、何故か少し固まっているように見えた。


「アレクの動きが止まってるわ。」


「…アレクは甘いものが苦手なんです。だから大量のスイーツを前にして固まっているんでしょうね」


 何故誇らしげに笑うのよ…。確かにアレクシスのアルターニャへの好感度が下がること間違いなしだけどね。


「でもこの間アレクが来た時に私が出したのは確か…クッキーだったわよ?ちゃんと全部食べてくれたのに苦手だったって言うの?」


 本当はお茶菓子を出したかったんだけどよく考えたらこの世界に日本のものなんてなかったから結局クッキーを出したのよね。


 まぁお茶と食べればなんでもお茶菓子でしょ、っていう謎の理論でそのまま出したのをまだ覚えてるわ。


「甘さが強すぎないクッキーであれば全然問題はありません。ですがショートケーキなどのなんというか…甘さの権化のようなものはどうしても好きになれないみたいです」


「なるほどね…流石親友。何が良くて何がダメかまで分かるのね」


「はい。アレクはよく私に話してくださいましたから…。それにしても公女様、アルターニャ王女様はスイーツを選ぶセンスがおありなのですね。美しいです」


 確かに…アルターニャってテーブルクロスを選ぶ才能はまるでないのにスイーツを選ぶセンスはあるのね。


 マカロン一つをとっても一色ではなく何色も用意されているし、素人目に見ても配色も配置も完璧だし…芸術点をあげたいくらいだわ。まぁこんなに甘い物はアレクじゃなくて私だったとしてもいらないけどね…。


 そこまで考えてからアーグレンを見てみると彼は親友から視線を外し、今度はスイーツを目に穴が空くほど集中して見ていた。


「…アーグレン?貴方…甘い物が好きなの?」


「…いえ、そんな事は」


「そう。バニラアイスって美味しいわよね。私、凄く好きなのよ。」


「そうですよね。私もそう思います。公女様はバニラエッセンスを口にした事がありますか?私は一度だけ口にした事があるのですが、それはそれは甘い味が口いっぱいに広がりました。これを上手く配合すると美味しいバニラアイスがうまれるんですね。」


 早口でしっかり言いきった後にアーグレンは先程のアレクシスと同じようにピタリと固まる。


 もう遅いわよ。全部言いきってたわ。

 それにしても面白いぐらい綺麗に引っかかったわね。


「あっ…申し訳ございません」


「…アーグレン」


「…はい」


「貴方…バニラアイスが好きなのね」


「いえチョコレートアイスの方が好きです」


「そういうこと言ってるんじゃないわよ」


「…すみません」


 甘い物が好きとは意外ね。アレクとアーグレンは意外と趣味が真逆なんだわ。真逆だからこそ合うのかもしれないけどね。


 それにしても…甘い物が好きだってことを隠す必要は一切ないと思うんだけどその態度は何よ…?


「アーグレン、謝る必要なんてないわ。というか貴方…隠そうとしてるでしょう。どうして?そんな必要ないじゃないの」


 私の言葉にアーグレンは悲しみとも怒りともとれぬ複雑な表情をして俯いた。





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