第76話 招待
そして次の日、私はいつもより早く目覚めると侍女に髪をセットするよう指示する。
パーティの時よりももっと美しく着飾る必要があるわ。大丈夫、私ならやれる。リティシアなんかに負けるような女じゃないんだから。
昨夜指示したパーティの飾り付けも既に完成されていた。
庭園の側に設置された二つの椅子とテーブル。その上には机全体を覆うほど大きい華やかなテーブルクロスがかけられている。
テーブルに置かれているのは冷めにくいように魔法がかけられたティーカップと食器。ここに後から紅茶とスイーツを運ぶ予定だ。
寒さ対策としては炎の魔法の使い手に空間を暖める魔法を頼む事にする。探せば使用人の中に一人はいるだろう。
もし魔力が少なければ絞り出してでも使ってもらおう。
殿下が風邪を引かれては大変だもの。魔力を理由にサボるなんて許さないんだからね。
さてと、殿下はお昼頃にいらっしゃる予定だからそれまでに完璧にしておかないといけないわ。
私は急いで部屋へ戻るとドレスを選ぶ。昨日は健康の為に早く寝ちゃったからちゃんと選べてないのよね。
「どれが似合うと思う?」
「…王女様はどんなものでもお似合いになられます」
「それじゃ意味ないのよ!もうこれで良いわ」
私は宝石があしらわれた流行の最先端のドレスを手に取る。お父様にお願いしてわざわざ取り寄せてもらったものだ。
私の趣味で選ぶより流行に乗っておいたほうが間違いはないだろう。殿下の好みも分からないし、もうこれにしてしまいましょう。
…侍女は私の顔色を窺うばかりでホントに使えないのよね。
これから私がやるべきことは…一つだけ。
殿下を悪女から救い出すこと。私の事を好きになってもらうだけ。簡単よ、私に出来ないことなんてあるはずないもの。
昨日のリティシアの挑戦的な目…絶対に忘れないわ。あの女はまだ何かを隠している。
少しばかり優しいふりをしてもどうせ本性が出るわ。どんな理由があろうと普通の女なら人にワインをかけたりしないもの。
きっと殿下を騙してるだけ。そうに違いない。
間違っても殿下がリティシアを好きになるなんてことがあったら困るわ。本当に私のつけいる隙がなくなってしまう。
確かに昨日の今日での誘いは急すぎたけど殿下がリティシアに興味を持ち始めた以上、私には時間がないの。多少強引なくらいが丁度良いんだわ。
そして私は飾り付けの最終チェックを行い、向きや配色などの微々たる調整を加える。どんなスイーツを出すかも厨房と入念に相談しておいた。
私は大のスイーツ好きだから何が出ても問題はないけど殿下がどんな物を好きか分からないからね。色んな種類をご用意しなければ。
今日確実に殿下の心を射止めるのよ。
失敗は…許されないわ。
時間は瞬く間に過ぎていき、気づけば殿下が城へとやってくる時間になっていた。
約束の時間数分前に来訪の知らせを聞き、私は急いで城の外へ飛び出す。私は殿下の側に駆け寄り、ドレスの裾を軽く持ち上げ、完璧な挨拶をしてみせる。
「殿下、お待ちしていましたわ」
殿下、家に帰るのが惜しくなる程に…私の虜にしてみせますわ。
「アルターニャ王女様、お城へのご招待、誠に有難うございます。それから…お誕生日おめでとうございます」
「有難うございます。ですが堅苦しい挨拶はいりませんわ。今日はお互い楽しみましょう」
形式的な挨拶などいらない。彼は私が王女だから誕生日を祝ってくれるだけ。個人的に祝ってくれている訳ではない事くらい私には分かる。
そもそも私が王子ならともかくただの他国の王女に対してまでわざわざ誕生日を祝う必要はない。殿下は優しいから毎年手紙を送ってくれるのだろう。
その優しさが辛い。私のことが好きな訳ではないことくらいちゃんと分かっているから。
でももうそれも終わり。人の心は変わりゆくものよ。
今はリティシアに興味をもっているかもしれないけど…それより興味を引けば問題はないわ。
私は殿下の腕を軽く引くと「さぁこちらへ」と庭園の近くに置かれた席へ案内する。
ここからは私のターンよ。見てなさいリティシア。あんたももう終わりなんだから。
「単刀直入にお聞きいたしますわ」
私はテーブルに腕を置き、向かい側に座った殿下の瞳を真っ直ぐ見つめる。
幼い頃と何一つ変わらぬ澄んだ瞳だ。他の王族とはまるで違う。
「はい。」
殿下はこちらの意図が読めなかったらしく、不思議そうにこちらを見つめてくる。
私には、どうしても直接本人に聞きたいことがあった。
今まで私が考えてきたことは全てただの推測。彼本人から聞かなければ事実とは言い難い。だから…聞いてみるしかない。
「リティシア嬢の事、どうお考えなのですか?」
心のどこかで信じていた。彼はただ優しいだけで、リティシアに興味を持っている訳ではないんだって。だからこそ彼の口から知りたかった。…真実を。
「リティシア…ですか?そうですね…」
彼は少し考えた後に優しい笑みを口元に浮かべる。私はその表情を今まで一度も見たことがなかった。
「彼女は…とても優しい女性です」
「リティシアが優しい?ありえませんわ!」
私は強く机を叩き、立ち上がった。
認めたくなんかなかった。
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