第50話 花
「そしたら使用人達が母さんと話し合ったみたいで、俺の部屋が一段階高級な物に変えられてて…。じゃぁ他の部屋も俺の分(のお金)から引いて同じ物にしようと思ったら凄い勢いで止められて『また殿下が他の部屋まで自分のお金で揃えようとしたら殿下の部屋を全て
そりゃそうよ。王子と同じ部屋を与えられる使用人なんて聞いたことないもの。客人だってびっくりよ。何かすごい裏があるのかって考えちゃうわよ。
私が
「良かった、もうすっかり元気そうだな」
「…別に私は初めから元気だったわよ」
アレクシスの笑顔を見ていられずに顔を背けて布団を口が隠れるところまで深く被る。危ない危ない。心配されて嬉しいなんて事がバレたら大変だからね。
「そうか。なら良いんだけどな。」
アレクシスは部屋の隅に置いてあった椅子を持ってくるとこちらが見えるようベッドの側に腰掛ける。
私が黙りこくっていると彼がとても言いにくそうに「リティシア、あの花なんだけど…」と口を開く。
「あの花が、何?」
花の事は私も気になっていた為、思わず布団を勢いよく剥いで彼を見つめる。
「あれは恐らく…マギーラックと呼ばれる人間の魔力を吸収する花だ。通称…魔の花。」
聞いた事ないわ…小説も花の事まで細かく書いてる訳ないし当然といえば当然だけどね。
あの花が本当に魔力を吸収するとして…それでもやっぱりおかしいわ…。だってリティシアの魔力は多少奪われても問題ないくらいあるはずなのよ…?
「魔力を奪われたくらいで目眩が起こるなんて…そんな事あるの?」
「あぁ…。本来この花は魔力を持っている人間が触っても何の問題もない。多少魔力が吸い取られるだけだからな。主にこの花が害を及ぼすのは魔力がない人間。…魔力の代わりに生命力を奪ってしまうから…らしい。知らずに触れたら最悪の場合、死に至る事もある。…そして稀に、高い魔力保持者に対して反発する事があり、目眩などの症状を起こす事もある。リティシアが感じた目眩は恐らくそれだ。」
私の場合は目眩だけに収まらず色々不運が重なったって訳ね…。
全くとんでもない花だわ。アレクシスと同じ優しい青色をしていると思ったのに…私って見る目がないのね。
彼は一通り説明した後に、何故か申し訳なさそうにこちらを見つめて口を開く。
…どうしてそんな顔をするのよ?
「…ごめん。マギーラックが植えてある事なんて知らなかった。美しい花だからよく知らずに庭師が仕入れてしまったんだろう。リティシアが次に来る時までには完全に撤去しておく。危険な目に合わせて本当に…悪かった。」
私は彼のその言葉に驚き、そして自分の中で怒りが徐々に湧き上がってくるのを感じた。私の怒りの表情が意外であったのか、彼は目を丸くしている。
「やめて。私は…自分が悪くもないのに謝るような人間が大嫌いよ」
自分でも驚く程冷たい声が口をついて出る。この声は悪役令嬢を演じ始めて一番と言っても良い程…冷酷だと感じた。でも仕方ない。私はどうしても許せなかった。
「…でも俺のミスだから…」
「悪いのは貴方にどんな種類の花を仕入れたか伝えなかった庭師。花に触った全員が倒れる訳でもない。私が倒れたのは偶然。この事態は予測不可能。貴方は悪くない」
他人のせいで私に頭を下げる貴方の姿なんて私は見たくない。私は貴方に対して…少しも怒ってないんだから。
私の怒涛の追撃に終始驚いていた彼であったが、やがて俯き、小さい声で呟く。
「…他の令嬢なら、俺を訴えるはずなのにな」
それはとてもか細いものであったが、ハッキリとそう聞こえた。私は怒りの表情を崩さずに声を発する。
「他の令嬢なんかと私が…同じな訳ないでしょう?」
私が口元だけで不敵に笑ってみせると彼は嬉しそうに笑う。そうよ、貴方はその優しい笑顔が…一番似合うわ。
「そうだな、ごめん。それから…ありがとうリティシア。お前は本当に…優しいんだな」
…うーんなんか嫌われるどころか段々好かれてる気がするんだけど気の所為かしら…そうね、気の所為って事にしましょう。まぁ最悪今は仲が良くても良いわ。問題は主人公が現れてからなんだから。
「…うるさいわね。私は疲れたから寝るわ。起こさないで頂戴ね」
一度布団を深く被ったのだが、とある事を思い出し私は彼を見つめる。
「あぁそれから、この事は私のお母様とお父様には絶対に秘密にして。心配をかけてしまうだろうから」
真剣な眼差しで伝えると彼は「でもリティシアが倒れたのに…」と少し不服そうに言葉を返してくる。
「いいから…お願い」
あのリティシア溺愛両親に伝えたら…下手をしたらお城に武器を持って押しかけてきそうだからね。それだけは避けないと。
私はなるべく平穏に生きて行くのよ。こうして生きていた訳だし、今日の事は特に気にしないようにしよう。
私はアレクシスの不服を聞き流し、目を閉じた。
今日もとても疲れたからすぐに寝れそうね…。
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