第47話 庭園
庭園へ向かうと、そこは皇后の言う通りなんとも美しい空間であった。アーチ状に作られた草木を潜ればそこはまるで夢の世界に迷い込んだかの様だったのである。
様々な色や形をもつ花々が立派に咲き誇り、
あまりにも現実離れした景色に暫く我を忘れて立ち尽くしてしまったが、どうにかここへ来た目的を思い出す。
皇后に言われた赤い花、少し気になるのよね。敵意は感じなかったし…純粋に見てほしいのかもしれないから、一応見ておかないと。
謎の義務感に襲われながら私は周囲を見渡す。私の見ている先に、赤い花は確かにあった。
だが赤い花、と一口に言っても様々な種類のものがここには存在していた。私の髪の色に似た花というのがヒントなのであろうが、何しろ数が多いし、似たような花も数多く植えられている。
…一体皇后はどの花の事を言っているのだろうか。
一つ一つ赤い花を間近で見つめてみるが、何しろヒントが少なすぎて全く分からない。じっと見ていると全ての花が同じものにすら思えてくる。
…よく考えたら、皇后は赤い花が一つだけあるとは言ってなかった。もしかしたらこの赤い花全体の事を指しているのかもしれない。
でもだとしたら私の「探す」という言葉に反応しても良いと思うのよね。赤い花は沢山あるから探す必要はないわよって一言言うのが自然じゃないかしら?
…やっぱり何か凄く目立つ花なのかな…。
それにしても、リティシアの髪の様に真っ赤な色の花なんてそれこそ触っただけで呪われそうよね。見つけてもある程度離れて観察しなきゃ。
赤い花だけをもう一度手当たり次第に観察していったのだが、やはりリティシアの様な禍々しい香りを込めた花は見当たらない。どれも爽やかな香りがするし、見た目も優しい赤色ばかりだ。
ふと、視界の隅に青い花が映った。
私は何故かその一瞬で、青い花に釘付けになった。
なんてことない花だ。そこら辺で普通に咲いている花と変わらない様に見える。なのに何故かとても魅力的に思えた。
見る者を優しく包み込む様な優しい青色。その色はアレクシスの髪色によく似ているように思えた。
私は思わず不思議な魅力をもつ青色の花に手を伸ばす。それは探していた赤い花ではないと分かっているのに、ほぼ無意識に手を伸ばしてしまったのである。
青色の花に触れたその瞬間、突如として私の頭に電流の様な衝撃が走った。
私は驚いて反射的に手を引くと、今度は視界が揺らぎ始める。
世界がゆっくりと回り始め、足元が覚束なくなっていく。ぐるぐると回る視界に軽く酔ってしまい、私はその場に立っていられなくなる。
ドレスが汚れるのも厭わずにその場にしゃがみ込むが、まだ目眩は収まらない。相変わらずゆらゆらと視界を回している。
おかしい。先程まで確かに元気だったはずなのに。
何故急に…?私は持病を持っているわけではないし、リティシアも悪役令嬢という役を立派に成し遂げる程健康体そのものだった。
…この花が何かしたのだろうか?考えても分からない。とりあえず立ち上がろう。アレクシスの所へ行かなくては。
立ち上がろうとしたのだが、驚くべき事に足に全く力が入らなかった。先程から幾度となく襲ってくる自分の中の何かが急速に失われていくような感覚。これは先程魔法を使った時とよく似ている。
しかし私は当然ながら魔法を使っていない。
いや…もしかしたら、初めて魔法を使った副作用なのかもしれない。
必死に原因を探る中、とうとう私の身体に一切の力が入らなくなった。その場に為す術もなく倒れ、意識すらも遠のいていく。なんとか気合で意識を保っていたが、相変わらず襲ってくる目眩がなんとも気分悪い。
これさえ収まってくれれば最悪地面に這いつくばって移動が出来るのに。…悪役令嬢のプライドより今は生きる事が大事なんだから。
…私、このまま死んじゃうのかな?折角生まれ変わったのに。せめて理由を知りたい。せめてアレクシスを幸せにしてから…お願い神様…。
悪役令嬢に転生するなんて相当な罰ゲームでしょう?これ以上私に試練を与えるなんていくらなんでも酷すぎるよ…。
こんな世界に急に飛ばされて生きていけだなんてさ…そんなの無理だよ。私なんてアレクシスがいなかったらすぐに死んでたんだから。
…アレク、ごめんね。こんなに早く死んじゃうなら貴方に優しくしてあげれば良かった。
私がいなくなっても幸せになってね。
…目眩くらいで大袈裟かしら。
ふと、遠くから私を呼ぶアレクシスの声が聞こえた気がした。…遂に幻聴が聞こえたのね。
彼がこんな庭園の奥深くまで探しに来る訳ないわ。赤い花を探している内に気づいたら随分と奥の方まで入って来ちゃったんだから。
「リティシア!?」
今度は近くから声が聞こえた。こんなにハッキリと幻聴って聞こえるものなのね…。
そう思った瞬間、「大丈夫か!?」と焦った様な声がもう一度聞こえてくる。こちらに駆け寄ってくる足音がよく耳に入った。
大丈夫よ、ちょっと寝てただけ。そう冗談めいて返そうとしたのだが、私の口から声が発せられる事はなかった。
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