第23話 パーティ編 その14

 私は静かにその場を去ると、パーティ会場へは戻らずに、そのまま外へと出る。


 彼と下手に二人でいて仲が良いと勘違いされては困るから、置いてきてしまったけど…まぁ大丈夫よね。


 かけられた上着からアレクシスの優しい香りがして、まるで彼に護られているかのような錯覚を覚える。


 …小説では文字だけだったから分からなかったけど、こんなに落ち着く香りをしているのね。全てを包み込んでくれるかのような温かい感覚は、彼本人をよく表しているようであった。


 城の外へ足を踏み出した瞬間、パーティの終わりを知らせる鐘が規則正しく鳴り響く。

 会場に戻らなくて丁度良かったわね。


 来た時はまだ明るかったはずなのに、今では街灯がなければどこを歩いているのか分からないほどに暗い。灯りというのは本当に便利な道具であり、必須アイテムだと改めて感じた。


 えっと、馬車を呼ぶには従者に声をかけるか、アレクシスに声をかけるかだったわね。

 先程まで一緒にいたのだから伝えておけば良かったと思ったが、まぁパーティが終わる時間なら流石に準備してくれているだろう。


 来た時と同じ紋章の馬車を探す為にゆっくりと歩き始める。ドレスが長いからこけないようにしなければ。


 …折角ルナと選んだからこれを着てきたんだけど…まだどうしても慣れないわね。


 アレクシスが独り言を言っている間にこっそり抜け出したから、私がいない事に気づいて追いかけてくるかもしれない。そうなる前にさっさと帰りましょ。


 城の敷地の外へ出るより前に、ある人物に唐突に呼び止められる。


「ちょっと」


 この言い方でリティシアに話しかけてくるような人物は、恐らく一人しかいないだろう。


 振り返ると、そこにはアレクシスが大好きで嫉妬深い王女様が鬼の形相で立ち尽くしていた。


「…?アルターニャ王女、どうなされたのですか」


 もう私に喧嘩を売らないでほしいと切実に願いながら、その願いは叶わないのだろうとも同時に思う。


 そもそも、彼女と私とではあまりにも身分が違いすぎる。私はどうしてもあまり強く反論する事が出来ないのだ。


 …身分なんてものがなければもっと強く言い返せるのにな。


「さっきのは一体何?どうして私に挨拶をしたのよ」


「…私はただ、ルトレット王国の未来の女王陛下にご挨拶を申し上げただけです」


「嘘よ!今まで貴方は私を王女だなんて呼ばなかったじゃない!そんな女はアレクシス様にふさわしくないと何度も言っていたのに…!」


 ルトレット王国の第一王女であるアルターニャと、アレクシスとの間に婚約話がなかったわけではない。アレクシスはともかく、彼女はそれを強く望んでいたからだ。


 国と国との縁を結ぶ良い機会であるため、当然そうなる予定であった。


 しかし王は、古い友人であるブロンド公爵家の娘とどうしても息子を結婚をさせたいと願った。念願叶って彼は、リティシアとアレクシスを婚約させたのである。


 …そういえばリティシアが死んだ後、残された公爵家は勿論破滅の一途を辿ったわ。


 リティシアの父親であり、ブロンド家当主であるアーゼルはリティシアが使いに使いまくった財産を取り戻すことに失敗し、絶望する。


 またリティシアの母親リリーは夫の経営難に伴って貧困に苦しむようになり、鏡を割るなどのヒステリー行動を起こすようになる。


 そして二人が何より悲しんだのは愛娘リティシアの死であった。


 …こんなに愛されて育ったのに、一体どこで捻くれたのかしらね。


「…さっきのパーティでのこと、貴女らしくないわ。令嬢を虐めるどころか助けていたじゃない。私にも全然つっかかってこないし…一体今度は何を考えてるのよ」


 あぁ、その事か…そうよね。リティシアをよく知る人から見たら異常な行為よね。


 だからといって私は本当はリティシアではなくて、異世界から来ましたなんて言う訳にもいかない。適当に流そう。


「何も…何も考えておりません。」


「…待って、貴女この上着…まさかアレクシス殿下の!?」


 アルターニャは私の両肩を強く掴み、上着を奪い去ったかと思うと、じっと全体を見渡す。そして想い人の物であることを確信すると、私を強く睨む。


 話題が上手く逸れたけど、良い方に逸れたとは言い難いわね。


「貴女…遂に泥棒したわね!?やっぱりさっきの出来事はただの気まぐれで…」


「違います。彼から借りた物です」


「一体どんな手を使って奪ったのよ…」


 人聞きの悪い言い方に弁解を試みるが気分が高揚した彼女には届かない。


 まずい、泥棒公女になる訳にはいかない。


「ですから、それは盗んだ物ではなく…」


「リティシア!ここにいたのか」


 …助かった。彼本人なら私の泥棒疑惑を一発で晴らしてくれることだろう。


 彼からは置いてきたことに対する私への恨みは全く感じられない。…少しは怒りなさいよ。


 相変わらず優しい王子様が、そこに立っていた。


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