もう遅い!もう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅いもう遅い
@Nemo-M
第1話 『ノータリン共が!』
レイザー・ドラッドは機嫌が悪い。だがこれは仕方の無い事だ。
何故、彼はそんなに難しい顔をしているのだろうか?
今レイザーが食している肉と蒸した芋が不味かったからだろうか?
否。
それはレイザーが冒険者として仕事に出る前に毎日口にしている食事であり、ルーティンでもある。
今更その味にどうのこうの言うつもりは無い。
では今日出てきたエールがキンキンに冷えていなかったから不機嫌なのだろうか?
否。
確かに今日のエールは不味かった。
冷えてもいなかったし、雑味が強い。きっとろ過の過程で失敗したのだろう。金を返せとは思っている。
しかしレイザーはこの程度の事でここまでえらく不機嫌になるような人物ではない。
そんな彼が何故、ソワソワと肩を揺らし、トントンと指でテーブルを叩き、貧乏ゆすりまでしてしまうほどイライラしているのか?
一度彼の周囲、冒険者ギルドの中を少しだけ覗いてみよう──
「今更パーティに戻れだって? そんな事言われてももう遅い! 今僕はティアとリーナとパーティを組んで──」
「もう一度ギルドに戻ってこい? 今更そんな事言ってももう遅い。俺は辺境に領地を貰ってスローライフを──」
「ソンナコトイッタッテショウガナイジャナイカー」
「よりを戻したい? 今更言われてももう遅いよ。僕は冒険者として新しいフィアンセを──」
そう、これである。
ちょっと耳を傾けてみたら、どこもかしこももう遅い、もう遅い、もう遅い、もう遅い……
「じゃかぁしぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
極めつけは、先日臨時でパーティを組んだ際に居た男だ。
「あ゛ーーー、思い出しただけでドタマがプッツンしちまいそうだぜぇ……!」
もやしのような男だった。
細い手足に
自分は物知りだ、とパーティメンバーに
就寝の際にはパーティを組んでいる女魔法使いの悲鳴で飛び起きると、どうやらそいつが勝手にテントに入ってきていたようで、「寝ぼけててつい」なんて宣う。
しまいには戦闘中、自分のバスターソードに振り回されて味方に攻撃が飛んでいく事が
そして依頼を完了して次の仕事の話をしている際に、お前はクビだとやんわりと伝えると、
「戻ってきて欲しいなんて言われても……もう遅いからな!」
と……
「頼んでねーーーーーよ!! 一生帰ってくんなバカタレがァ!! 何? 流行ってんの!? 今更言われても、もう遅いキリッ。って流行ってんの!? どいつもこいつももう遅いもう遅いって! それしかねーのか!? ちょっとバズった一発屋の吟遊詩人ですか!? もう少しなんか捻れよこのノータリン共がァ!」
故に彼が機嫌が悪い事も仕方の無いことなのである。
「荒れてるわね、レイザー」
「あ゛ァ? ミリアか」
二年前からレイザーとパーティを組んでいるメンバーの一人、ミリアがエールを片手にレイザーの座るテーブルへと着席してきた。
「昨日の事?」
「たりめェだろ。あのボケもそうだが……最近のヤツらは一体どうしちまったってンだ。どいつもこいつもよォ」
「確かに、最近のコレはちょっと異常よね」
ジャーキーをつまみながらもう一度周囲を見渡す。ギルド内では相変わらずヘソが茶を沸かすようなやり取りが繰り返されていた。
「あの時は本当にすまなかった! 君にはカテゴリー4のクエストは危険だと思ったから一度パーティを離れてもらっていただけなんだ!」
「ふん、今更戻れと言われてももう遅いよ。僕は新しいパーティメンバーと、新しい力を得たんだ! これで僕は君達を超えるカテゴリー5になってやる!」
「今まで申し訳ありませんでした! 今は魔物達が活性化していて一人でも多くの優秀な職員が欲しいんです! お願いします。戻ってきてくれませんか!」
「今俺は新しい領地をもらって家を建てている最中なんだ。忙しいから自分達だけで勝手にやっててくれ」
「ソンナコトイッタッテショウガナイジャナイカー」
「違うの! 本当にあの時はただあなたへのプレゼントを一緒に選んで貰っていただけなの! 創造主に誓うわ! お願い……私にはあなたが必要なの……」
「信じられないね。それに僕はもう結婚してるんだ。可愛いフィアンセに勘違いされたくないから、話しかけないでくれるかな」
相も変わらず酷い光景だ。
「ほんと、みんな一体どうしちゃったのかしら」
「元から馬鹿なヤツらだとは思ってたが、ついにガチで頭がイカレちまったみてェだな。……だが」
レイザーは最初にこの笑止の
「どうかしたの?」
「いや……
明日の剣はこのギルド
「確かに、あの仲良しパーティが
「それもそうなんだけどよォ……二ィ四ィ六。あんなチビ明日の剣に居たか?」
「アンタね……他人に興味が無さすぎるわよ。あの子、結構前から居たじゃない」
「そうだったっけか?」
「そうよ」
そんなもんか、と空返事をしながらレイザーは残りの食事をかき込む。イライラしていたせいで余計に時間を食ってしまったので、そろそろ今日のクエストを受注しなければいけない時間になってしまっているのだ。
それに、もうそろそろあと一人のパーティメンバーもギルドへ到着する頃だろう。
「あら、来たわよ」
「アニキ!」
そう言いながら小さな体で元気に走ってきたのは、レイザーのパーティメンバー、ノエル。
ノエルはまだ冒険者として働くような歳では無いが、レイザーとは色々あって今はパーティメンバーとして一緒にいる。
「アニキは辞めろっつってンだろォが」
「いいじゃない。アンタなんかを慕ってくれてる唯一の子なんだし」
「アニキはアニキだよ!」
「ったく……」
そう言いつつも、満更でもなさそうにノエルの頭を撫でながら立ち上がるレイザー。
「目標金額まであと少しだ。今日も仕事に行くぞ」
「うん!」
「ほんと、ノエルは元気ねぇ」
「アニキと一緒にいればずっと元気だよ!」
「あーん! やっぱり可愛いわー! こんなのじゃなくて私の事お姉ちゃんって呼んでー!」
レイザーは頬ずりされながら助けを求める目を向けてくるノエルを無視し、受付へと向かう。
「よォリリ。どンな感じだ?」
彼女はギルドカウンターの受付嬢、リリ。先程の井戸端会議で元職員らしき男を引き留めようと説得していたせいか、げっそりと疲れた顔をしている。
「あ、レイザーさん。おはようございます。今日でしたら
「ガリル……東か」
「現在はギルドもこんな感じで回っていなくて……レイザーさん達に向かって頂けるとこちらも助かるんですが……」
「ふーむ、どーすっかねぇ」
じょりじょりと無精髭を擦りながら思案するレイザー。チラリとリリの顔を見てみると、不安そうな瞳と目が合った。
「そんな目ェすんじゃねェよ。安心しろ、こいつァ俺達が引き受ける」
「すみません。押し付けるつもりは……」
なおも頭を下げるリリに、レイザーは相変わらず不器用な奴だなとおもいながら笑いかける。
「だーもー! いいっつってんだろ。ちょうど今日の飯は焼き鳥が食いたいと思ってた所だ。それに東にも用事があるから俺にとっても渡りに船ってぇ物よ」
「……ありがとうございます」
後ろ手を振りながらレイザーは出口へと歩いて行く。そこへノエルとミリアも合流し三人が並ぶ。
「レイザー、仕事は決まったの?」
「あァ、今日のメシは鳥のフルコースだ」
「鳥!? アニキ、俺手羽が食べたい!」
「やーんノエルぅ! 私がいーっぱい美味しい手羽先作ってあげるからねー!」
「てめェが作ったら全部消し炭になるだうろが!」
そんな言い合いをしながらクエストに赴く三人の背中を、リリは笑顔で見送っていた。
「レイザーさん。本当に、ありがとうございます……」
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「───だから! 私の料理の腕はまだ完成していないの! 発展途上なのよ! この間だってガブリ鳥の卵焼きを」
「わーーーかったってもう!
「はやく手羽先が食べたいなぁ」
数刻後、レイザー達は依頼も完了し今日の食事をどちらが作るかで揉めていた。
「じゃあ! 今度の休みには私の料理を味見しに来てくれるのね!」
「いや、だからそれは一人で」
「味見しに来てくれるのね!?」
「ぐ……」
まずい、とレイザーは思った。こうなったミリアはてこでも自分の意見を曲げない。
現在はもう夕刻。早めに食事を済ませて野営の準備をしておきたい。しかしミリアに食事を作らせてしまうと今夜は確実に飯抜きになってしまう。
かといってレイザーが折れたら今度は炭を食べるという死に瀕してもあまり取りたくない行動をしなくてはいけないという八方塞がりの状況に陥ってしまった。そこでレイザーが取った行動は、
「分かった。味見だな? 今度だぞ」
勇気の味見だった。ミリアの機嫌を損ねてしまうとめんどくさい原始的な火起こしを自分でやらなければいけなくなるので、レイザーは折れるしかなかった。
なんだかんだ尻に敷かれているのだ。
「言ったわね! じゃあ、今日の所はレイザーに任せるから。はいフレア。ノエルー! ご飯できるまで私と遊びましょうねー!」
「くそ……このデカっ尻め」
しっかりと今日の火種を確保したレイザーはミリアに聞こえないようにボソッと今できる最大の反撃をしてから、食事の準備に取り掛かろうとした。その時、
「ん……? ありゃあ……」
先程まで楽宴鳥を討伐していた森、その入口に先日臨時でパーティを組んだ男が立っていた。
「なんでアイツがここに……?」
いぶかしげに視線を送るレイザーに向かって、男はニヤニヤしながら指をさしてくる。
「?」
怪訝に思い辺りを見回すと、置いてあった今日の食糧である楽宴鳥が無い。そしてもう一度男を見たら、男の手には楽宴鳥が握りしめられていた。
「野郎……おい! ミリ───」
一瞬二人を呼んで追いかけようかとも思ったレイザーだったが、男の一連の行動からしてレイザーをおびき寄せたいという思惑が感じられた。
ならば何の危険があるか分からないところにノエルを連れて行くより、ミリアに護らせていた方が安全だろうと考えため息をつく。
「こんな事になるならミリアにやらせりゃ良かったな」
そして、男とレイザーは黄昏の森へと消えて行った。
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